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3-1 葬送行列

 昨日まで遮るものが欠片もなかった大空には、朝から厚く重い雨雲が垂れ込めている。

 何だって都合良く解釈する街の連中は、魔王様のお迎えが近付いているからだと笑いながら天を仰いでいた。


 ――何が「花嫁は幸せ者」だ。ふざけるな。

 

 領主館から伸びる大通りに、待望の主役が姿を現したのは昼前のこと。

 男衆に担がれた輿の上、「魔王の花嫁」が行儀良くちょこんと座っている。

 リイを知る人も知らない人も、本当の意味を知る人も知らない人も、数刻後には死を迎える花嫁の登場で大いに沸き立った。

 リイは、少し緊張顔だ。

 群集を見下ろすという非現実的な体験と、安定感の悪い足場に気が気ではないのだろう。

 

 ――良かったよ、リイ。雑魚共に笑って手を振るほど間抜けじゃなかったんだね。


 僕は安心した。そんなことでと自分でも突っ込みたくなるような、そんなことで。

 

 リイから聞いていたとおり、「魔王の花嫁」の周囲は大量の生花で埋め尽くされていた。

 大小様々な花の色は全て白。

 春の短いこの街で、よくぞここまで白い花だけをかき集めてきたものだ。僕たちが入り浸っていた丘の上も、毟り取られて禿げ山にされてしまったに違いない。

 そこまで白に拘るのは、花嫁の証たる黒を際立たせるため。

 リイのドレスは黒い。

 その背中に流れる黒髪、血の気の失せた小さな顔に揺れる黒い瞳。

 両親の教えを守って必ず編み込んでいた長い髪が、嵐を予感させる生温い風に遊んでいる。


 輿を前後から支えるのは、白い衣装を身にまとい、念入りに顔まで隠した連中である。

 もちろん、顔を覆う頭巾も白。

 上から下まで、肌の露出を極限まで抑えた出で立ちは僕から見ても不気味なのだが、誰一人として言及する者はいない。

 よくよく沿道を見渡せば、体に白い布を巻き付けた人間の多いこと、多いこと。

 白は神の色。

 つまり、ここにきて、神の加護を乞うというわけだ。

 耳を澄ませば、いや、耳を覆っても祝福を叫ぶ声は押し寄せるけれど、楽器の音はどこからも聴こえない。

 よその町ならともかく、ここは音楽の都と謳われるロンバルト。街の平和を託した花嫁を送り出すのに、あまりに不自然な光景と言えた。


 ――なるほど?


 行儀悪くも、僕は唾を吐き捨てる。

 人間の、人間らしさが顕著に表れていて。

 間違えて魔王に連れて行かれないようにという、涙ぐましい努力だ。


 ――無駄なことを。


 しかし、花嫁と共に城壁の外へ出る男衆に至っては大真面目だ。

 今さらすぎる罪悪感で胸が潰れたのか、それとも存在感を消したいだけか。俯きがちに一言も漏らさず、民衆が作り出した花道を足早に進む。


 ――まるで葬送行列だね。


 熱狂する観客との温度差はあまりに滑稽だった。



 

 城壁を抜けると、彼らの足は一段と速度を上げた。雑草を蹴散らして、駆け足にも近い速さで荒れた道を突き進む。

 やがて景色が変わり、一行は森に入った。

 そこでいきなり足が止まった。

 見れば、即席で切り開かれた小さなスペースに、これまたにわか仕立ての粗末な祭壇が組まれている。準備万端の挙式会場に着いたのだ。

 男衆の緊張は今やピークに達していた。

 そこに、侵入者を察した獣が、どこからか警告の声を上げた。


「ひ、ひぃぃっ!」


 耐えきれず沈黙を破った者もいれば、驚きに飛び上がり、震え上がった者もいる。

 お役目を終えた白い集団は、後ろを振り返りもせず我先にと来た道を戻った。


 そうして、遂に。

 リイは一人になった。




 珍しくも背中を丸め、祭壇の前に佇んで路頭に迷っているリイ。


「……どう、しようかしら?」


 奮い立たせるように紡がれた声が、鬱蒼と茂る木々の間に吸い込まれて消えた。

 同じように、僕の中の微かな期待も吸い取られて消えた。


 ――肝の据わった娘だな。

 

 賞賛と落胆。

 心許ない後ろ姿には恐怖の気配を感じない。

 街の人間は話に聞くだけの魔王を頑なに恐れていて、その怯えようが僕には不思議でならないけれど、至って普通の反応だということも知っている。

 人間に刻まれた防衛本能だ。

 だから、もしかしたら僕は、リイに一度でも泣きついてほしかったのかもしれない。

 リイが僕を頼るのは僕にとって些末なことで、肝心な時には歯を食いしばる子供だったから。


「まずは、水と食べ物……?」


 生きようと粘るリイ。

 人の気配が絶えた薄暗い森でない知識を絞っている。

 闇に閉ざされたら終わりだと、ちゃんと危機感を抱いているのだ。


「あとは焚き火かしら……」


 声に諦めの色が滲んだ。

 身一つで放り出されたリイに火をおこす術はない。叔父に強いられた台所仕事も、火を扱うことだけは古参の使用人が手出しをさせなかった。


「火がないと……」


 森を根城にする凶暴な野生動物を思い浮かべたのか、尻すぼみに言葉を切るから。

 その後を引き取ったのは、やっぱり僕で。


「そうだよね、死にたくないなら火をおこさないとね」


 するとリイは。

 前触れもなく隣に並んだ僕に驚きもせず、平然と頷き返したのだ。


「燃えそうなものはたくさんあるけど、燃やし方が分からないのよ」

「じゃあ、手っ取り早くこれを燃やしてもいいかな?」


 そう言って持ち上げた僕の指先、何を燃やすつもりか理解したリイに、可愛い笑顔がようやく戻った。


「それがないと、魔王様は困るんじゃないかしら?」

「むしろ喜ぶんじゃない? だって、どう見ても神様用の祭壇でしょ。教会の模倣品で我慢させようなんて失礼だよね」


 僕は、ピクニックにでも来たかのような明るい声で、食料を探すよう指示を出した。

 祭壇を丸ごと燃やせば大火事になる。僕に備わる最低限の常識が、そんなに大きな火は必要ないと言っている。

 だから、祭壇の解体作業をする間、リイにはなるべく離れていてほしかったのだ。


「どうやって火をおこすの?」


 そもそも、組まれた木材はどうやってばらばらにするのか。

 僕の出で立ちを上から下まで観察して、リイは心底不思議そうにしていた。

 それもそうだ。

 僕の装いはいつもどおり下級貴族の普段着で、斧も鋸も持っていない。

 普通に考えて、僕に任せろと胸を叩くには格好からして説得力に欠けていた。


「こう見えても旅人だから。まあ、大体のことはできるよ」

「そうなの? じゃあ、私も見学していいかしら?」


 今後の参考にでもしたいのか、不安がられたのか。

 その場から動きそうにないリイに、仕方なく、少し考えた僕は条件を出す。


「見てもいいけど僕の後ろに隠れていて。絶対に出てこないで。火が移るかもしれないから、ドレスの裾も広がらないように。約束だよ」


 真剣さを伝えるため、黒い双眸を覗き込むように念を押した。

 するとリイは、動くたびに波打つ黒い布地を豪快にたくし上げ、昨日まで僕の影があった位置にすんなりと収まった。


「それから、大丈夫だと思うけれど、作業中の僕には触らないでね」


 多分、当たり前すぎる注意に困惑したのだろう。

 そんな雰囲気を背中に感じながら、しかし返事は待たず、僕は作業に取りかかった。


 作業なんて言っても簡単なことだ。

 まずは、欲しい木片の形状をイメージする。

 次に、右手を前に突き出して、広げた手のひらを閉じながら一捻り。

 その動作だけで。

 僕は、破壊をもたらすことができる。

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