ギリギリ単独潜入
――――。
定期的に考える事がある。
人間である僕が、人間の敵となり、人間を滅ぼす行為について。
それが正しいのか、それとも取り返しのつかない過ちを犯しているのか。
「マスター、そろそろ地上に到着しますよ」
「分かったよ。もう大丈夫だからリリーは帰ってもいいよ。今日一番頑張ったんだから体を休めないと」
何処まで続いているか分からない地下道を、暗黒騎士から聖騎士の色へと塗り替えて貰った鎧を身に纏い音を立てないように進んでいると、リリーは心配そうに僕を見つめた。
「これは僕一人で行かないと意味が無いんだって。分かってくれよ」
「でも。だけども。やっぱり私が」さっきからそればかり口にするリリーをなだめながら、地上に通じる出口へと到着する。
いや、この場合は出口ではなく入口と表現したほうが正しいのかもしれない。
お呼びでない客人が神聖な地上へと足を踏み入れる。
……ふむ、やはり地上に通じる入口と表現した方がこのファンタジー異世界には合っているようだ。
どうでもいいと思われそうだが、これは非常に重要な定義だ。
これから行われる小事に比べれば、それはもう最重要事項と断言してもいい。
『アキ、こちらの準備は完了した。いつでも対応はできるが、まぁ、なるべく早く終わらせようじゃないか』
「300年待ち続けてたんですから、せめて1日くらいは堪えててくださいよ……」
何処からか頭の芯から響いてくる聞き覚えの有りすぎる声に、右手に握った剣を慣らすようにブンブンと振り回しながら僕は続けて答えた。
「トランさん、暇だからってお菓子を全部食べたりとかしないでくださいよ。特に船の絵柄が描かれたチョコクッキー、少なくともあれだけは絶対に残しておいてください。お願いします」
なにぃ!? と叫び声と共にポリポリと音が聞こえてきたが、その正体を今は確認せず、帰ってきたらゆっくりと問い詰めたいと思う。
不必要な雑念を天井を見ながら吐き出し、背後に立つリリーに手を振りながら、夜光が降り注ぐ大地へと足を踏み入れる。
絶対に生きて帰って来てください! という声が聞こえるが、それは些か難しすぎるお願いだった。
なんてったって、これから僕が行おうとしているのは、数万の軍隊相手にたった1人で乗り込む無謀な行為。
なんでもありの剣と魔法のファンタジーを題材とする漫画や小説でさえ扱う事を躊躇する程に、圧倒的な戦力差が開いたこの状況で戦いに挑もうとしている。
文面だけを受け取れば自殺行為にしか見えないが、全てを終わらせるためにはこの方法しか思いつかなかった。
これ以上魔王が勇者を殺さないように。これ以上聖女が勇者を殺さないように。
何の因果か、これ以上勇者に犠牲を出さない為に、勇者を守るために、僕は剣を振るわなければならない。
とてつもない力を保有している聖女をおびき寄せて退治しなければならない。
300年のハンデを巻き返す為のリスクだと思えば、なんてことはない。
問題なのは、僕がただの人間で、さほど戦闘経験のない、この世界に来てまだ一ヵ月しか経ってないヒヨッコなんちゃって勇者という真実。
逆に言えばそんな小さな1つの命だけで300年続いた劣勢をひっくり返せる可能性があるというのであれば、なんともお得すぎる買い物とも言えなくもない。
「あぁ、見えてきちゃった。野営が見えちゃった。明るい光と活気のよさそうな音が聞こえてきちゃった。はぁ、嫌だな。本当は嫌なんだよね。こうやって勝ち目の薄いと言うか、自分で何とかしろって言うのは嫌なんだよ。僕は圧倒的な戦力で危なげなく勝利する戦法が大好きなんだから、神様はそこんとこちゃんとしておかないと困るよ」
夜空に輝く星に一人愚痴を吐き出し、そのまま引力に従い汚い愚痴が顔に付着してしまったような嫌悪感を抱きながら、僕は光の下へと吸い寄せられるように歩いて行った。
◇◇◇◇◇
「誰だ!?」
敵拠点の目の前に来てようやく見回りをする兵士に声をかけられる。
随分とお粗末な警備体制…… と言うよりも、こんなガバガバにしなけばいけない何かが起こっていると考えた方が正しいのだろうか。
安心と信頼の証である右手を見せつけながら近づき、数人の中で一番偉そうな奴に手紙を渡す。
「我らが神からの命を受けてここに来た。これを一番有能な者に渡せとの事だ」
「……なんだこれ? 指令書か?」
「内容は聞かされていない。魔力で文字が書かれているとだけ説明を受けている。反魔法で創られており、触れれば消えてしまうので注意してほしい。あとは魔族に秘密が漏れないよう開くと数十秒で文字が消える仕組みになっている。消えた後は念のために燃やせとのことだ」
「……分かった、俺が預かろう」
彼は最大級の危険物を扱うように、両手でゆっくりと運びながら明るい野営へと姿を消した。
ここまでは計画通りだなと一安心した所に、その様子を眺めていた兵士達が集まってきた。
「お前って何処の所属なんだ? なかなか質の良さそうな鎧じゃねーか」
「聖女様に仕えていたが、今は神様だな。この鎧と剣は直属の証として授かったものだ」
適当な嘘を並べながら、何でも切れそうな剣を彼等に見せつけた。
左目だけが青い女戦士がそれを見て、ワクワクしながら問いかけた。
「へぇ~! 大出世だねぇ! 神様ってどんな感じだったんだい?」
「ステンドグラスに囲まれた空間に天使のような羽を広げたあの姿、まさしく神々しいの一言だったよ」
「羽も生えてるんだな! 一度は直接お目にかかりたいな、ついでに願掛けもしてみたい」
「今は止めておいたほうが良い。今の神様は機嫌が良くないようでな……」
少なくともアレに願掛けなんかしたら、却下された挙句に凝縮された不幸が数年くらい続きそうな呪いをかけられそうだよ。
なんて悪い冗談を想っていると、やる事もなく暇な所への珍しい来客だったからか、更にゾロゾロと周りから人が集まってきた。
「あの指名手配でだろ? 勇者のくせに神を裏切ったらしいぜ。なんか魔物を連れて歩いているとかなんとか」
「アキって勇者だろ? なんてったって賞金がすげぇよな、人生3回は遊んで暮らせる金だぜ? 夢があるよな、夢が」
「俺様の情報によると相手はこの世界に来てたった一ヵ月のヒヨッコらしい。しかも最後の目撃情報はボロボロの体に刃が欠けた剣と鎧、まさに満身創痍って話だ」
「あまり大きな口では言えねえけどよ、ここを離れてそいつを探しに行くって奴も少なくない」
「そりゃそうだ、魔王退治より遥かに夢とロマンがあるぜ。 俺も馴染みが上官やってなきゃ今すぐ犬でも連れて捜し回ってるぜ」
「見つけただけでも大金だからな。明日はきっと女子供まで目を輝かせながら探すだろうよ。神様お墨付きの宝探しって奴だ」
……なんとも、まぁ。
良くも悪くも僕と言う存在が間接的に戦力を奪っているようだ。
いやほんと、苦労した挙句に何度も痛い目に遭いながら、朝まで続く激痛に耐えた甲斐があったというものだ。
この世界にきて初めて、皮肉にもこの状況でなんともいえない達成感がこみあげてきてしまう。
「……知らせただけでも賞金か、そりゃ凄いな」
「お前知らなかったのか? まぁついさっき出された情報だ、お前が移動中の出来事だろうからその辺のテントに張りだしてある伝令を見てくればいいさ」
「危なっかしい内容だから絶対に見たほうが良いぜ。ここで配られてるこの魔法具に思いっきり魔力をぶち込むとな、大きな光が放たれるらしい。そいつが発見した知らせになる」
「誤報だったら反逆罪で死刑になるって話よ。怖い怖い、大金が掛かって無ければこんな危ない物なんか持ってらんないわ」
火を付ければ打ち上げ花火になりそうな筒状のソレを手にしながら、彼女は苦笑いをしながらそう教えてくれた。
片手で収まる小さなソレを誤った使用方法で扱えば死刑だなんて、僕ならいくら積まれても持てそうにない。
……ただ今回に限っては、喉から手が這い出てくるくらいには欲しい品物だった。
「な……なんの爆発だぁ!?」
不意打ちのような爆発音と共に、剣や鎧が月明りを反射しながら宙を舞った。
まるで地上にできた星々のように煌びかで、見る者すべての興味を引き付ける美しい景色。
ただ一人、そう、僕だけは、その景色を予想できた僕だけが、この場で動ける唯一の人間。
だからこそ、簡単。
背後から切れ味のいい剣を、首に向かって振るうだけ。
この世界に来て一番最初に習った殺し方を、お手本通りに行うだけ。
この世界にきてたった一ヵ月のヒヨッコ勇者でも、これくらいなら余裕でできる。
不意打ちとバックアタックを免れた兵士も、行動を縛る事ができれば魔王お手製の剣が綺麗に首を切り落としてくれる。
動物は切れない、魔物も切れない、人間を斬る事だけに特化した呪いの剣。
この鎧を着ていなければ使い手の僕でさえも切り落とそうとする悪魔の剣。
これがあれば聖女なんて一発で黙らせる事ができるんじゃないか? と勘違いしてしまうくらいの圧倒的な力を保有する魔剣。
星と混ざるように刎ね上げられた首が引力によってそのまま大地に落とされる。
この場にいる全ての生物を排除した事を剣から通じて把握できた僕は、女戦士が握っていた筒状の魔法具を手にしようとする。
死後硬直なのか、それとも神経がイカレてるのか、それとも魔力で縛ってあるのか。
考える余裕は無く、手首から下を切り落としながらまだ生暖かい血がこびりついた魔法の筒を拾い上げる。
「来い。全てを終わらせてやる」
なんてカッコイイ雰囲気を醸しながら魔力を込めると、本物の花火のように空に何かが打ち上げられ、ブラックライトを光らせた空は一瞬にして白く染まった。
こんな上等な魔法具を間違って使ったら、そりゃ死刑もされちゃうよね、なんて他人事のような考えで見上げていると――
――「まさか標的自らが 知らせてくれようとはな」
一生のお願いの事前注文が可能であれば1時間後くらいに頼みたかった嫌な声が、眩い光の中から聞こえて来た。




