ギリギリ一人作戦会議
窓の外からは綺麗な夕焼けが差し込み、赤い絨毯と流血を一層色濃く装飾する。
今朝早くから続いたこの戦争もようやくひと段落つきそうだと感じる事ができる程度に、人間側の猛攻は徐々に収まりつつあった。
「聖女専用の棺桶を創ってやる!」と息巻きながら地下に引きこもったトランさんがいつ戻って来るか分からない。
僕は何の因果か、この戦争中の状況で玉座を空席にするのもなんか死にゆく人に悪いしなと思いやり、魔王の玉座に座っている。
かっこいい暗黒騎士の鎧を身に着けてよかった。ギリギリ魔王に見えなくもない。たぶん。いや、きっと魔王に見えるはずだ。
そんな気遣いも、今の今まで何の役にもたっちゃいない。
この王の間に辿りつける人間はあれからたったの一人も居ないのだから。
左には鬼神、右にも鬼神。
中央には3人の魔物。いや、今更だが人と数えて良いのか非常に迷う所ではあるが、敬意と評して人と数える事にする。
2人は左右を、3人は中央を守る。360度隙間なく放たれる罠を味方につけながら、彼らは全てを叩き壊し、切り裂き、正面から真っすぐ殺す。
5人が僕の関与しない場所で進軍を遮るどころか複雑怪奇に返り討ちにしている現状を鑑みるに、人間側の猛攻という表現は少々行き過ぎた表現なのかもしれない。
飛んで火に居るなんとやら、という偉い人が作った名言のほうがピッタリな気がする。
今更だが、魔王の配下は例外なく強い。僕と言う例外を除けば全員強い。
なんで僕だけ強くないのかと一瞬考えたが、元が人間なのだからしょうがないと結論を付けた。
飛べないし、鋭い爪も牙もないし、血も吸えないし素手で壁を破壊できないし、剣も魔法を遮る屈強な皮膚も持っちゃいない。
僕ができる事と言えば、一番安全な場所で偉そうな椅子に座り続ける事で精一杯。彼らの助けに入れば逆に邪魔になるに違いない。
だけども、まぁ、それも悪くは無いと考える。
今まで頑張ってきたご褒美と考えれば、それでもお釣りとお土産と午後の終わりに豪華なディナーが付いてきても良いほどに悪くない。
言い訳をさせて貰えば、決して楽をしている訳じゃない。「そろそろ1人くらい来ないかな?」と思いながら、今か今かと待ち構えている僕の心境を察して欲しい。
いくら待ってても結局誰も来ませんでしたって状況の方が、彼等よりいくらか精神的負担は大きいと断言できる。
外では正確無比に放たれる魔法砲台。
中に入れば悪夢のようなお出迎え。
地獄絵図が映し出されているモニターを見ながら、ひじ掛けに体重を乗せ状況を見守る。
「……それにしても、おかしいな」
ふと、思っていた事が口から漏れ出してしまう。
そう、おかしい。おかしすぎる。この戦い、この戦場、何故かここまで上手く事が運びすぎている。
それはもう不気味なほどに、まるで誰かの筋書き通りに事が進んでいるかの様に。
僕が仮に指揮官であれば、ここまでいたずらに兵を消費するだろうか?
しかも中には勇者もいる、限られた数の勇者が先ほどから無意味に殺され続けているように僕には見える。
退く事を許されていないからか? そんな馬鹿な話があるのか? 状況が変わらず、ただただ悪化しているのであれば別の作戦を考えるべきなんじゃないのか?
……あまりネガティブに考えすぎて最悪な未来を描いてしまうのは精神衛生上よろしくないが、前線で一生懸命戦っている人と一生懸命棺桶を造っている魔王を除けば僕1人しか暇人はいない。
両者ともに遊んでいるような楽しささえ感じられるくらいの表情をしているようにも見えるが、第三者から見ればどう見ても玉座に座っているだけの僕が一番暇だとクレームを付けられるだろう。
だから僕が考えなければいけない。
人間である僕が、魔王の立場になって、人間と自称神の聖女とやらの意図を推測しなければならない。
なんとも複雑怪奇極まりない事態だ、一ヵ月前の僕はこんな事になるなんて夢にも思っちゃいないだろう。
少なくとも今の僕は受け入れられていないんだ、何の因果があって魔王城の玉座になんか座らなきゃいけないのかすら未だに理解すらできてない。
そんな意味の分からない状況でできるだけ冷静に深く考えても、思いつく事なんて何もない。
あちらの兵は減り、士気も下がった。
こちらは兵が増え、士気も上がった。
良いことだらけの良いこと尽くめ。
相手にとってなんの得にもなりゃしない。
こんな悲惨で残酷な状況が奴らの計画通りなのだとしたら、どんな意味があるのか是非とも僕にご高説いただきたいものだ。
瞬間、背筋にゾクリと大蛇が絡みつくように、思考が凍った。
勇者がたどり着いた訳でもなく、不意打ちを受けた訳でもなく、何処からか見えないナニカから心臓を掴まれているようなこの感覚。
そう、よく考えれば、この戦いの始まりを考えれば。
簡単に理解できる真実、そして辿りつける結末。
――人々が死、勇者が死こそが聖女の狙いだとしたら?
聖女とは、神ではない。あの聖女は、勇者である。
勇者とは人々の願いと祈りによって生まれる者である。
だから、そう。
勇者の数を減らせば、残された勇者に願いが集中し、強くなるのではないか。
絶望の状況で、頼れる存在が聖女しかいなくなれば、願いが更に強くなるのではないか。
更にダンジョン奥深くにあったように多くの魂を捧げれば、聖女はより強くなるのではないか。
戦いに出向かない勇者を殺せという酷い命令も仮にソレなら納得できる。
「魔王なんか今はどうでも良い」という言葉の意味も、なんだかとてもしっくりくる。
……。
…………。
……ステンドグラスの下で山積みになった死体を見なければ、辿り着けなかった。
あの残酷で滑稽な聖女の姿を見ていなければ、辿り着けなかった。
辿り着いたとしても、遅かっただろう。
圧倒的で平和的な戦争なんかじゃない。これはもう一分一秒を争うレベルにまで僕達は追い詰められている。
こうしている間に魔王はどんどん追い詰められている。
……はぁ。
……危ない危ない、危なすぎる。なんなんだこのファンタジー異世界ってやつは、油断ならない世界じゃないか。ほのぼのとスローライフを決め込む世界じゃないのかよココは。
どんな状況でも相手を侮るな、油断するな、思考を停止させるな。
何処かの偉い人が言っていた名言を思い出す。いや嘘だ、本当は今自分で考えた。自分で考えたこそ言葉に重みがある。
今までもそうやってたんだから、これからもそうしろと自分に釘をさすように、玉座から重い腰をあげながら大きくため息を吐く。
「カッカッカ! できたぞ! 我ながら見事な出来栄えだ! 聖女であろうが勇者であろうが神であろうが、あの空間に閉じ込めれば絶対に逃げる事は絶対にできまい!」
ちょうど同じタイミングで、大きな扉を蹴破りながら満面の笑みで現れた。
「あとはクズでマヌケなあの馬鹿を放り込んで手足を切り落として目の前で家畜のエサにしながらこの世の絶望をぶち込んでやれば完成だ。カッカッカ! アキよ、この計画、いつ頃おみまいしてやろうか?」
シャドーボクシングをしながら近づいてくるトランさんに、僕は軽い感じでこう言った。
「今すぐです」
「……へ?」
セバストさんに怒られそうなセリフを、数時間前とは真逆の方針を僕は彼女に伝えた。




