我が儘
「いや…… なんというか、苦労して回収した甲斐があったなと言うべきか、ここまで効果があると逆にこれは演技で罠なんじゃないかと思ってしまうと言うべきなのか……」
「カッカッカ! 確かにこれほどまでの魔力が敵に渡ったら大変だからなぁ!」
紫色の髪を指先でくるくると巻きながら、いつのまにか機嫌が戻った彼女は笑った。
馬鹿にされた直後の不機嫌が僕への殺害予告で直ったのなら、プラスマイナスで良かった事にしようと思う。
外から聞こえる大砲の音が心なしか大きくなっているような、発射間隔が明らかに短くなっているような気がするのは内心そこそこの怒りがあるからかもしれないが、この際気に留めないでおこう。
……あまり考えすぎると体に悪いからね。
「さて、あの馬鹿をここまで怒らせたアキに聞きたい。ここから先、どう動くべきだと思う?」
「差し当たっては生きた勇者を何人か欲しいですね。僕の場所を知られたくはありませんのでダミーが欲しいです」
魔王城に勇者が1人だけ存在する、だなんて知られてしまえば僕だと疑われてしまう可能性がある。
ちょうどタイミングが良い事にこの場所には多数の勇者が集結してくれている。
今ならまだ間に合う、今ならあのパワー系メンヘラ女を欺き、距離を置くことができる。
……よしよし、今日の僕は奇跡的に珍しくだいぶツイているようだ。
「あの聖女は現状を全く把握できていない事が分かっただけでも収穫でしたね。つまりトランさんに魔力が渡った事を知らないという事ですから」
「今すぐ乗り込んでも殺せそうだよなぁ? よし、アキは今すぐ頭の固い馬鹿老人を説得してきてくれ。今すぐにだ」
「セバストさんの事言ってます? 絶対に無理ですし嫌ですよ。ここまで来てあの人とは対峙したくないです。ここまで形だけは仲良くしてくれてるんですから」
玉座のひじ掛けをまるでクッキーのようにバリバリと握力任せに壊しながら、彼女は抗議を続ける。
「じゃあ、じゃあ私はどうすればいいんだ。ここでずっと待ってればいいのか? 待ってるしかないのか? もう行ってもいいんじゃないのか?」
「……その僕が許可を出せば全部許されるみたいな言い方止めて貰えません? 全部セバストさんに聞いてくださいよ」
「でもさぁ、今が好機な訳だろ? だったらもう行くしかないよ。行くしかない。うん、アキの言う通りだよ」
「言ってませんよ! ひょっとしてクズでマヌケな馬鹿と言われた事を根に持ってるんですか? 言わせておけばいいんですよ、最後に勝てばそれでいいじゃないですか」
自星を突かれたのか、ひじ掛けをクラッカーのようにバンバンと叩き破壊しながら尚も抗議を受け続ける。
「じゃあ私はどうすればいいんだ。ここでずっと待ってればいいのか? そろそろ行ってもいいんじゃないのか?」
「YESと答えるまで会話をループさせるテクニックを初めて体験しましたよ。そろそろ僕を虐める事を止めてください。そんなに自分を抑えられないなら……そうだ。どうやって聖女を苦しめられるか今から考えればいいじゃないですか」
「手足を切り落として目の前で家畜のエサにしながらこの世の絶望をぶち込んでから殺せばいいんじゃないのか?」
「それじゃあさっきの聖女と一緒の案じゃないですか……。もっとこう、魔王らしいオリジナリティを持ちましょうよ。そう、例えば……」
――300年くらい、封印してやるとか
「おぉ…… おおおぉう…… 凄いぞ、ここに魔王以上に悪い事を考える悪人がいるぞ」
「安心してください。僕は4人の中で一番の良識のある常識人であるだと自負していますから」
「知ってるか? 常識人は自分で常識あるって言わないんだぞ」
「その非常識行為を加味しても僕は一番の常識人だと断言できますよ」
「その例えを無限にループすると結果的にアキは一番常識のない人間だという事になる。だからなるべく、これからは常識ある私の指示に大人しく従ったほうが良いな」
よく分からないループ合戦に何故か負けた気がするのはなんでだろう。
僕も300年封印された実績が無ければいますぐにでも自由行動を許可する所なんだけど、なんでこの人は少しも慎重に行動してくれないのだろうか。
こんな破天荒で暴れん坊な姉をもってショロトラさんは大変だったな、と今更だけど天井を眺めながら僕は同情した。
「ふむ。聖女と同じ考えで行動するのではなく、同じ目に遭わせてやると考えれば魔王らしい復讐と言えるな。なるほど、決めた。ソレにしよう!」
「そもそもあんな封印を作れるんですか?」
「300年同じ場所にいたんだぞ? 当然創れる。ちょっと時間がかかるが、絶対に創れる。死神の錬金術によって完璧に創り出せる!」
今夜の夕飯メニューを思いついたくらいに軽い発想で、彼女は300年間の復讐手段を決定した。
いつの間にか元の状態に修復されている玉座のひじ掛けをもう1度ガリガリに、まるでせんべいのように削り折りながら、彼女は立ち上がる。
「設備が必要だからちょっと地下に行ってくる。アキ、留守は頼んだぞ」
「その前にセバストさんに許可取ってくださいよ」
モニターに映し出されたセバストさんは、複数の兵士と同時に戦っている。
『セバスト? 聞こえるか? 話は聞いていたよな? 部屋から出るからな』
『な り ま せ ん ! 何の為にリリー殿とこの場を守っているか、よく考えて行動してください。現時点で、そこが最も安全なのです』
「なぁアキ、聞いたか? アキがOKを出すなら地下に行ってもいいらしいぞ」
「言ってねぇよ」
油断するとすぐに現実を捏造してくる彼女は「ここでは私がルールのはずなのに!」と駄々をこねながら玉座の周りをうろうろと歩き出す。
「流石に2人だけではカバー仕切れないんですから、大人しくここで待ってるしかないですよ。 ……ん? ちょっとまってください。ここ、モニターのここを拡大できません?」
モニターの片隅に小さく見覚えのある3体が木の影に隠れているのが見えた。
オークヒーロー、マンティスロード、そしてバンシーさん。この戦場に相応しいようで相応しくない人たちは、全身を木の葉で隠しながらもこちらの方角をじーっと眺めていた。
僕の囮となって逆方向に行ったはずだが、一体どういう訳であの仲の悪い3人が仲良くその場にいるのだろうか。
「あれが例の魔王軍か?」
「魔王軍かどうかはおいといて、あれが先日協力してもらった魔物ですね」
世界で一番危険な地域にわざわざピクニックでもしに来たのだろうか。
バンシーさんが他2名を止めているような動作をしている所を見ると、満場一致で決まった旅行先では無いような気がするが。
『いますぐそこを通ってこちらにこい! 走れ! ダッシュだ! 今までで一番忙しく行動しろ!』
魔王がモニターに向けてそう叫ぶと、彼等の足元に大きな穴が開かれる。それはまるで地獄に通じるブラックホール。
一寸先に何があるか分からないその落とし穴に、名乗らずただ命令をしてきた声の主に対して ――彼らは躊躇なく足を踏み入れた。
恐怖が無かった訳ではなく、疑心が無かった訳ではなく、ただそうするべきだと本能が働きかけたような、命令を受けた機械のような。
何においても優先すべきは声の主に辿りつく事。
次にダッシュすること。
最後に可能な限り素早く行動する事。
命の危険はその次に置かれているような、そう、それはまるで魔王に従う魔物のような――。
「……あんな遠くに隠し通路があったんですね」
「あちこちにあるぞ。むしろ地上より地下のほうが広く立派に創られている。子供の頃はよく探検したものだ」
1日かけても構造が理解できない城の地下には更に広い空間が存在しているらしい。
僕は到底探検しようとも思えない、罠が散りばめられた庭と地下にだけはこれからの人生絶対に行く事は無いだろう。
◇◇◇◇◇
瀕死のオークヒーロー、マンティスロード、そしてバンシーさん。
以前の戦いでもこんなにボロボロにはなって無いんじゃないか? というくらい全身傷だらけのその姿。
この短い30分で一体何があったのだろうか、地下には一体何が仕掛けられていたんだろうか、何が待ち受けていたのだろうか。
興味はあるが、これっぽっちも知りたくは無かった。
「よくぞたどり着いた。諸君、私が魔王だ」
何様なんだこの人はとツッコミたくなるくらい、隣の魔王は玉座にふんぞり返りながら偉そうにそう言った。
もう少し言葉を選べないのかと思っていたが、酷い目に遭っているにも関わらず目の前の3人は内心とても嬉しそうだった。
待ちに待った誕生日、夏休み、クリスマス、お正月。そんな表情を浮かべる彼等を見ると、やはりこの中で一番常識人なのは僕なのだと再認識できた。
「アキを通して貴様等には私の力が供給される。ようこそ魔王軍へ。貴様等には今からこの城の護衛を命ずる。ネズミ一匹通すな、全てを排除しろ」
僕の左手が輝きだすと、そのまま3人の左手にも同じ紋章が刻まれる。
どうやら勝手に何かをされたらしい。魔王ってのは本当に非常識で恐ろしい存在だ。
「これでこいつらはアキの部下という事になった。上司としてアキからも何か言ってあげたらどうだ? ほら、伝説の演説とやらを私も生で聞いてみたいからな!」
目を輝かせている魔王の隣で、僕はため息を吐くように「……あまり無理しすぎないようにね」とだけ、焼け石に水滴をこぼすような言葉をプレゼントした。
彼らは無表情で、黙って頷いて中庭に向かった。
発言を許可されていないから喋らないのか、ただただ不満なのか、命令に従うだけなのか、魔物の本能なのか、魔王から見えないカリスマ性やオーラが放たれて緊張しているのかは分からない。
「アキは優しすぎるなぁ。じゃあ私はいまから地下に行くからさ、代わりにこの場所を守っといてくれよ。玉座が留守ってのもなんか魔王城っぽくないだろ?」
「……魔王城の玉座に人間が座っている事のほうが魔王城っぽくないような気がしますけどね」
後でセバストさんに怒られるのは僕でもリリーでもなく、直属の上司であるトランさんだけだと判断した僕は何食わぬ顔で地下へと行こうとする魔王を止めることなく見送った。
望んでいた形では無かったが、結果的にこの城で一番安全で安心な場所に僕は1人残された。




