剣と魔法と機関銃
鏡に映し出されたカッコイイ暗黒騎士。
僕の動作と同期して鏡に映された暗黒騎士も動く所を見ると、目の前の物騒で素晴らしい姿はどうやら本当に僕のようだ。
数十分前、セバストさんが運んできた大きな鎧。
漆黒色で、フルフェイス仕様の頑丈そうな鎧。
肩にドクロの銀色装飾が施されたり、誰も振れていないのに小刻みにカタカタと震えている部分を視なければ立派な鎧だけで済んでいたが、見てしまったが最後、これはどんな角度で見ようとも重度の呪いが二重三重に重ねられた触れてはいけない呪いが仕掛けられた装備にしか見えない。
護身の為に身につけろと魔王チームからの要請、否、命令で嫌々ながら身に纏った……が、いやはや、なんともカッコイイ。
僕が馴染んだのか、鎧が馴染んだのか、それとも生き別れの兄弟だったのだろうか。
それくらい過剰に表現してもいいほどにジャストフィットした鎧は、見た目の割に空気のように軽く、フルフェイスなのにも関わらず装着していないかのように360度視界が確保できる、SFに片足を突っ込んだかのようなとんでもない性能を保持していた。
「凄いよねコレ! まるで悪者みたいじゃない? いや悪者なんだけどさ」
「マスター、めちゃくちゃ似合ってますよ! 最高です!」
「アキ殿、これはもう前世は魔族だと断言してもいいくらい、よくお似合いですぞ。流石はアキ殿、アッパレですな!」
最近セバストさんは僕を褒めれば何でも喜んで行動する馬鹿だと勘違いしている節が見受けられるので、どこかで訂正しておかなければならないようだ。
捻くれた性格がリリーに伝染しない前に、この戦いがひと段落したらすぐさま抗議活動を行おう。
◇◇◇◇◇
いつの間にか何処かに消えた2人を置いて、フォースが操れそうな見た目で王の間へと足を運ぶ。カチャンカチャンと厨二心をくすぐる鎧の響きを周囲に響かせながら。
「ちょうどよかった、今から呼ぼうかと思っていたよ」
玉座に位置するトランさんは、まるで男子が興奮するような鎧に興味が無いのか、SFじみた立体映像を眺めながら僕に言った。
「これはな、アキの記憶を元に再現してみた。なかなかセンスがあるだろう? 自分でも気に入っているんだ。 ……あぁそうだ、セバストとリリーには潜り込んだネズミを退治しに行って貰ったよ。斥候だろうが、戦争はもう始まったと思っていい。だからこの部屋からは出てはいけないぞ」
魔王の護衛のはずが、逆に護衛されてしまっているのではという感覚をとりあえず邪魔にならない所に置いておき、現在の状況をリアルタイムで伝えてくれる映像を眺める。
「これから決戦だ! いくぞー! おー!」とでも聞こえそうな、映画でいえばクライマッスクなシーンが始まる5分前といった迫力ある映像が映し出されていた。
「数キロ先に拠点を構えたようでな。残念ながらここからでは射程外、ちょうど射程ギリギリの位置、まるでここからの射程範囲を把握しているような布陣を敷いているよ」
「300年もあれば城の仕組みくらい把握しているんじゃないですか? 壊されなかっただけマシだと前向きに考えてみては」
「アキの口からポジティブな言葉を久々に聞いた気がするな。『魔王は悪だー、滅ぶべきだー、神は我らに付いているー』というふざけた騒音が聞こえてこなければ録音ボタンを押していた所だよ」
確かに映像からはそんな声が聞こえてきそうな意気込みを万単位の人が行っている。
これからそんな士気の高そうな敵と戦わなければならないと思うと、胃が痛くなる上に肌も荒れそうになる。ついでに頭皮もひどい事になりそうだ。
「……そういえば、結局あの聖女は姿を現しませんね。ずっと聖都に引きこもってるつもりなんですかね」
「それだ。そこだけなんだよ。そこさえクリアできれば計画の立てようもあるんだが、聖都から動く気配を見せてくれないんだよあの女は」
「瞬間移動でもしてくるんじゃないんですか? 僕ができるくらいなのできっとやってきますよ」
「右手拳の射程範囲内に飛んできてくれれば、それでも別に構わないんだがな。来るなら来る、来ないなら来ないでハッキリしてほしい所だ」
玉座に身を任せ、右手を右頬にぐったりと預けながら彼女は言った。
つまらんつまらんーと駄々をこねている魔王とモニターを眺めていると、ちょうど太陽が真上に昇った時。
軍隊が綺麗な陣形を保ちながらこちらに向けて突撃する迫力あるシーンが映し出された。
――王の遺物よ暴れまわれ
欠伸をしながらトランさんが唱えた瞬間、モニターに映し出されていた1つの小隊が大きな爆発音と共に姿を消した。
砂煙と共に現れた人間だったモノが映し出され、ようやくソレが隣にいる彼女からの先制攻撃だと理解できた。
次々と打ちあがる爆音、爆発と人の影。数発目にしてようやくソレが魔王城から撃ち込まれた砲弾だと把握できた頃には既に100人は死んでいた。
戦車隊に突撃する竹やり部隊のような、戦国時代に近代兵器を持ち込んだような、一方的で圧倒的な先制攻撃。
しかしながら、面で広がる軍勢に点での攻撃は、オーバーキルではあるが効率的も無ければ効果的でも無い。
その証拠に、既に意気揚々と数十人が魔王城の中へと侵入していった。
「右の通路はセバストが、左の通路にはリリーが担当してくれている。屋内ではなく屋外からこちらに来ても無駄だ、壁は強固ですぐに再生できるし、ついでに無数の罠とビリビリが待ち構えている。昨日アキが味わった以上の痛みがプレゼントされる訳だ」
「間違っても絶対にそこには行かないので後で精密な地図を作ってください」
なんて恐ろしい物を仕掛けてくれているんだ、迂闊に散歩もできそうにない。
見えないダメージ床でも仕掛けられていたら僕は気づく事無く踏み込む自信がある、早急に弱者にも優しいバリアフリーな設計に作り変えて欲しい。
「通路を避けて中庭に立ち入れば、私の考えた最強のトラップの数々がお見舞いされる。まぁ強者であればギリギリ突破できるくらいには威力を抑えてはいるがな」
「……なんで抑えたんですか?」
その解答が答えられる前に、王の間の扉が蹴り開かれる。
「ようやくたどり着いたぜ! 聞け! 俺の名はジール! 神の加護を受けた勇者だ! これから貴様を――」
――魔王城へようこそ
刹那、赤い閃光と連射音と共に勇者の身体が空間ごとえぐり取られる。
その光がトランさんの右手に握られたモノから発射された攻撃だと、その実物を見たとしても理解する事が困難だった。
「セバストが危ないからここから出てはいけません! と五月蠅いんだよ。だから暇つぶし程度に何人かはこの部屋に辿り着いてくれないと退屈でしょうがない。まぁ来たら来たで容赦なくこのマシンガンで蜂の巣にしてやるだけだからすぐに終わってしまうんだが」
そう、魔王の右手に握られたのはマシンガン。あらゆる生物を例外なく殺せる最強の対人兵器。
剣と魔法の世界で別世界の近代兵器を持ち出した異世界の魔王は、笑いながら弾丸の豪雨を死体の上に散らばめた。
「……トランさんの能力ってなんでしたっけ?」
「死神の錬金術、知識が物を言う魔法具生成の力だ。嬉しい事にアキの記憶がこの力を底上げしてくれているよ」
火遊びを覚えた子供のように、リロードの必要性が無い最強武器を次から次へと自発的に運ばれる的に向かって放ち続ける。
……これは、わざわざ理由もなく危ない橋を渡っている訳でもない。
これくらいでは戦いにすらないと理解している魔王の、絶対的な自信、そして圧倒的な力。
人間に用は無い。眼中に標準を定めているのは、聖女ただ一人。お前の大切な人間が、魔王の手によって壊されているぞという挑戦状。
そう表現したいかのように、扉の周囲には死体の山が詰みあがっていく。抵抗する事もできず、未知の攻撃に、ただただ死ぬ事だけを強要されていく。
剣は銃では勝てない。魔法は銃の前では無力に等しい。
剣と魔法の異世界において、おおよそ魔法のようでいてその正反対に位置する科学の力は殺害能力に限っては圧倒的有利を誇っていた。
「当面の問題は外から魔法を打ちこまれ続けている事くらいだな。そろそろ結界の何処かにほころびが生じてしまいそうだ」
銃口から噴き出る魔力を息で吹き消しながら、トランさんは窓の外を眺めながらそう言った。
僕も続けて同じ方向へ視線を移すと、ポツポツと雨が水溜りに落ちたような小さい波が空に広がっていた。
何処から撃たれているのか見当もつかないあたり、超遠距離からの魔法攻撃じゃないかと推測するが、確信が持てない。
なんてったってこの世界にきてまだ日が浅い上に9割以上を不意打ちで殺し続けて来た毎日。
このファンタジー異世界について、僕はこれっぽっちも理解していない、その上、自分の身体の事すら理解できていないと言うのだから、自分の事ながら本当に困った存在だ。
――闇の盾よ
欠片も理解していないのにも関わらず、そしてできるかできないかと考える前に、左手から溢れた闇を壁から結界の方へと流し込んでみると、黒い闇は全てを理解したように結界を広く薄く守り始めた。
根拠のない直感からの行動。いや、直感ではなく身体が自然と最適解を解いたと例えたほうが正しいのかもしれない。
「ちょっとだけ視界は悪くなりましたが、これで結界は大丈夫そうですね」
「……そうだな」
初めて活躍らしい事をしたというのに、トランさんはなにやら不満そうな表情をしながら死体の山を燃やし始める。
焼けこげた肉と布の匂いが鉄臭い部屋中を上書きするように充満した。
「大きな問題は後回しにするとして、これではキリがないな。夜になっても攻撃が続くようなら困る。せっかく世界に戻れたのだからふかふかのベッドで眠りたいのに」
「だからって前線に出るとか言わないでくださいよ。何のために僕達がここにいるのか分からなくなります」
魔王が城から出ていく状況を作り出す事が相手の思惑だとしたらたまったもんじゃない。
人間側が圧倒的有利の状況であるはずなのにこちらに一切損害を与えられていないこの状況は不自然そのもので、この状況こそが人間側の思い描いた展開で戦略であると考えるのが妥当。
理由や目的は見えてこないが、この戦況を完全に予想しているであろう聖女に対してこちらから先手を打つ事はリスクが大きすぎる。
「……おいアキ、見てみろよ! なんだか聖女が面白そうな事をやっているぞ! カッカッカ、これなんだかとても楽しい事になりそうだな!」
窓の外を眺めながら深刻な表情をしながら考えていた僕に、面白い番組を見つけた子供のようなリアクションを取りながらトランさんはこの日一番ご機嫌な声を響かせる。
面白くて楽しい事なんてこの戦場に転がっているとは思えないとあまり期待を胸に抱かないようにしながら、やれやれとモニターの方へと視線を映した。




