恩を20倍くらいで返却するファンタジー異世界感
魔王と聖女の封印が解かれて約2時間後。
付け加えて貰えるならば僕の傷口に塩を塗られた後に強火で焼かれたような痛さが約2時間もかけて全身から抜けきった頃。
「カッカッカ! だって一ヵ月とは思わないだろう!? 300年閉じ込められたのだから、もう30年くらいは我慢しようとは思ってたよ」
この世界に来る前にプレゼントした数年分のお菓子兼食料は、ほとんど手を付けられる事なく残っていた。
久々に見る日本語になんとも言えない懐かしさを感じながら、今日は祝賀会兼晩御飯としてそれらをテーブルを囲みながらポリポリと食べている。
「リリー、お肉以外食べられないんじゃなかったの?」
「マスター、これは別腹です!」
どこでそんな酷い言い訳を覚えたのだろうか、9割くらい僕のせいだと自覚はしているが、経験のない人間に子育てを知ろと言われたらこんなもんだろうと言い訳もしたくなる。
前向きに考えるならば、子供の内に好き嫌いを改めなかった僕の教育方針を今後少しずつ是正する必要がありそうだ。
1時間前に飛び出していったコウモリとトランさんから放たれた光の鳥が窓から帰って来ると、表情一つ崩さずセバストさんが状況を口にする。
「魔王様、距離と速度から考えると人間は明日の昼頃に到着するかと」
「どうやらそのようだな。数と質を考慮するとこのままでは負けてしまうかもしれないな。というか確実に殺されてしまうな! カッカッカ!」
光の鳥の目が輝き、剣と魔法のファンタジー異世界に相応しくないSFチックな要素を含んだ映像がプロジェクターのように壁に映し出された。
「……僕は逃げたほうがいいと思いますけどねぇ!?」
まるで本当の映画を見ているかのような、数を数えるのを諦めるくらいの軍隊が魔法のようなものを使い恐ろしい速さでこちらに向かって来ているのが見える。
いままで不意打ちで数人相手にするのとは訳が違い過ぎている規模のソレが、明確にこちらを目標として進軍しているようだ。
まるで悪夢。死神の行列。魔物もビックリ百鬼夜行。
……トランさんが復活した後の事を一切考えていなかったツケが、今ここで大量に請求が来たようだ。
普通に考えれば、そりゃあ魔王が復活した直後なら衰弱と分かれば速い内に殺しにくるだろう。
魔王と同時に聖女が同時に現れるだなんて、このファンタジー異世界にきてから31日。
どこにも情報が無かったのだから、これは必然のトラブルだ。
……いや、いやいや、よく考えればあったかもしれない。
そういえば集合都市でアリディラさんと会話した時に懸案事項として話題になっていた。
魔王の封印が生きているなら、封印した術者も生きているはずだって分かりやすい忠告のような伏線があったような気がする。
だからどうすればよかったのか、だなんて考える余裕もなければヒントも無かったのだからこの状況は仕方ない。
そう、こうなってしまったのは仕方ない。
アレに対して今後どう動いていくべきか、対応すべきか、考えるしかない。
……主に、魔王であるトランさんが考えるしかない。配下のセバストさんが考えるしかない。端的に言えば魔王サイドが考えるしかない。
僕はチョコを口に放り込みながら、どうやったらこの戦いから隠れる事ができるのかを一生懸命考える事しかできないし、ここまで命を賭けて頑張ってきた僕にはその権利があると考える、いや絶対にあるに違いない。
「この危機的状況を打破する方法が1つだけある。この場にいる皆が、少しだけ協力してくれるならの話だが」
紫色の髪をくるくると指で丸めながら、とても言いにくそうな表情で僕を見つめるトランさん。
「……もちろん命の危険が無ければなるべく積極的に協力しますよ。痛いのはもう絶対に嫌ですけどね」
「マスターがそう仰るなら、何処であろうとついていきます。この命尽きるまで、何処までも」
「我が身は既に魔王様の所有物。このセバスト、如何なる戦場でも御身の為に駆け巡りましょうぞ」
この状況を打開できる方法が本当にあるのであれば、僕は謹んで協力しよう。
それが本当に少しだけ協力レベルで済む話であるならば尚更だ。
「ありがとう。君達なら無条件きっとそう言ってくれると思っていたよ」
何故か無条件という言葉だけを強調しながら、トランさんは満面の笑みを浮かべた。
いや、僕は無条件で賛成した訳ではない、命の危険性と痛みが無ければ協力するといったのだが、理解できているのか聞かなかった事にしているのか、それともこれから始まるナニカに対して言質でも取ろうとしているのか。
……そう、この時、この笑顔の意図を理解していれば、数分後に僕は苦しまずに済んだのかもしれない。
「まずはアキ、左手を前に出してくれ」
何をやろうとしているのか説明されないまま、1つの手順を提示された。
嫌な予感はしかしないが、僅かでも危険性があれば逃げればいいと思い、言われるがままにおずおずと魔王の紋章が刻まれている左手を前に出した。
「次にセバスト、アキの手足を固定しろ」
この間コンマ数秒で、セバストさんは何の躊躇もなく、何の疑問も持たず、ただひたすらに目の前にいる悪魔の命令に従い、仲間である僕を遠慮なくガチガチに紅い血で固定した。
鉄の匂いと加齢臭が僕の体を不快感と共に大きく包む。
「最後にリリー、アキの後ろから抱きついてくれ。愛情を表現するようにだ。リリーの愛ならば、決してアキからは離れないと思うが、念のために言っておこう。思いを表現するように、決して離さず、アキに抱き着いてくれ」
流石は魔王と称賛するべきか、何をさせたいのかはよく分からないがこの世界に戻ってきてたった2時間でリリーの扱い方を僕以上に熟知していた。
これから起こる惨劇の姿形がおぼろげながら想像している最中、大きな胸の感触を背中に感じながら程よい圧迫が体を締め付けた。
「……何をするつもりですか」
「300年ろくな食事をしていない衰弱しきっている私がだな、一瞬で元気になる方法が1つだけあるんだよ」
なんだかえっちなインキュバスみたいな事を言い出した魔王。
あれ? 何か苦痛を味わうハメになると思っていたが、なんだか雲行きが良い方向に運び始めたぞ?
なんて思いながら心臓をドキドキさせると、会心の一撃がトランさんの口から放たれた。
「その左手に宿っている魔力さえ貰えれば、私は元気になれる。私の為に集めてくれたんだろう? ありがとうアキ、復活祝いにそれは喜んで頂こう」
「……僕から見れば元気すぎるくらいに見えますけど、いいですよ。僕には意味のないようなのでご自由に持って行ってください」
「大丈夫だアキ、安心してくれ。些細な問題だ。肌に直接触れなければいけない事以外はなんの問題も無い。大丈夫、少し大きな注射を打ち込むようなものだ」
痛いのはもう嫌だと数秒前に言った事をもう既に忘れているらしい。たしかにこれは衰弱どころか頭に損傷を抱えている可能性が大いにある。
まぁ僕の見立てとしては、忘れているのではなくて都合良く聞かなかったことにした可能性の方に全財産と今日と明日の夕飯を賭けてもいい。
……なんて事はどうでもいい! 少し大きな注射ってなんだ!? それを打ち込むってなんだ!? 医療器具をミサイルみたいに表現するなよ!?
「それが一番問題なんですよ! 2時間前の出来事をもう忘れちゃいました!? 僕がどれだけの苦痛を味わったか覚えてない? ご存じない? まさかね? 魔王ともあろう方がこんな大事な事を覚えてない訳がないですよね? 記憶にないなら今すぐ病院にでも行けばいいさ!」
「大丈夫だアキ、痛いのは最初だけだ。2回目からはきっと気持ちよくなる」
……だめだ、えっちなインキュバスみたいなセリフを吐き出す魔王とは言葉が通じない。
思い返せばコイツは初対面の相手に背後から殺しにかかるような奴だったのを思い出した、常識が通じないのは世界の理だけで無く、その世界に住む住民も一緒だと僕はどうして今まで考えなかったんだろうか。
「セバストさん! お願いですから離してください! 仲間でしょ!? 今まで一緒に戦ってきたじゃないですか!?」
「魔王様の命令ですからそれは無理な注文です。それにこのままでは我らが全員殺されてしまいます。アキ殿、漢の覚悟という物を見せつけてやりましょうぞ!」
何言ってんだコイツ、お前から漢を見せようだなんて類の言葉を僕は初めて聞いたぞ!?
あまり調子のいい言葉だけを並べてんじゃねーぞ!
「リリー離せ、今すぐ離せ! そしてこいつらに痛い目を見せてやってください! お願いします! マスターとしてのお願いです!」
「これもマスターを想っての事です。そうしなければマスターは死んでしまいます。……これはマスターの為なんです!」
物凄く満足そうで嬉しそうな声で言われても何の説得力も無い! 親を捨てる気かこの女は!?
痛い! 痛すぎるよその愛は! 僕にはちょっと重すぎる! 誰か別の人に分けてあげてほしい!
そして物理的に痛い! 抱きしめられている場所が間違いなく痣になるくらい痛い! なんで僕がこんな目に遭わなければならないんだよ!?
――――ヴァ!?
瞬間、声にもならない叫びが僕の口から零れだす。
人間は痛覚が限界を超えると悲鳴をあげる事すらできないらしい。
「セバスト、残りはいくつだ?」
「19個でございます」
「……おいおいおい。 まさか全部やる気じゃないだろうな!? 殺すぞ、マジで殺すぞ。いい加減にしろよ魔族だからってやっていい事と悪い事くらい判断が付くだろ? いくら人間相手だからって僕は命の恩人だろ? 仲間だろ? 家族だろ!? これ以上僕に触れるような事があればてめぇら来世でコボルトの鼻毛にでも転生してや――」
――ギィイ!?
間髪いれずに、性格の悪すぎる魔王が僕の左手に触れた。
「……お前ら、ほんと、いつか、絶対に、殺すからなッ! 絶対に殺す!」
ハッハッハと、この場にいる僕以外の存在はご機嫌要素をたっぷりに笑っていた。
僕の発言を冗談半分で聞いている辺り、やっぱりこいつらはどうしようもなく魔族なのだなと理解できた。
ともかく、18回。
あと18回も、僕はこの地獄を体験しなければならなかった。
◇◇◇◇◇
――――。
――。
「……分かってますよ、こうする事しか手段が無かった事くらい。説得してもダメそうなら無理やりにでもやるしかなかった事くらいは僕だって理解してますよ。だから今日は独りにさせてください。明日になったら今日の悪逆非道の行いは水に流して忘れますから。スッキリしときますから」
このファンタジー異世界にきて31日の夜。
ちょうど一ヵ月で魔王復活という任務を達成、この世界で為すべきことを全てこなしたパーフェクトな僕は、1人孤独に夜空を眺めていた。
命がけで回収した魔力が、まさか僕を痛めつける拷問器具になっただなんて、とても笑える話ではない。
頑張って苦労して手に入れたのにこの仕打ち、この世界に来てからそんな理不尽が多々あったような気がしてならない。
300年ぶりに世界を堪能する為に、トランさんは散歩に出かけた。
昼頃に出発してまだ帰らない所を見ると、存分に楽しんでいるに違いない。
護衛としてついて行った2人の苦労が眼に浮かぶような気がする。
いや、案外一緒になって楽しんでいるのかもしれない。
温かいお湯で内臓を労わりながら星々を眺めていると、後ろに妙な感じの気配に気づいた。
まーた狩人の罠の索敵に引っ掛からない存在が現れたのかよ、この能力ほんと使えねぇなぁとため息をつきながら、伺うようにゆっくりと後ろを向いた。
――ありがとう。
人間のような形をした半透明の何かが、こちらに感謝の念を伝えて来た。
お礼を言われるような善行を人間相手にしてきた覚えはないが――。
――状況を整理するにこれはきっとゾンビだった人達の霊だろう。
囚われ続けていた、かつて勇者だった者達の魂。
「……これだけの不幸を味わったんだ。来世ではきっと、いや、絶対に、幸せになれるはずだよ。だから、頑張ってください」
なんて気の利いているかわからない言葉を返しながら手を振ると、彼等は小さな光となって夜空に消えて行った。
……別に助けたくて助けた訳じゃない、結果として勝手に助かっただけのこと。
それに、明日はもっと多くの人間を殺す事になる。だからお礼を言われても少し困るのだが、そんな無粋で無神経な言葉を見送りに使える訳もなく。
火属性の罠で温めなおした白湯を全身に浸み渡らせながら、流れ星のような彼らの魂を眺め続けた。
吐く息は白く、視界が空を曇らせる。
いつの間にか肌寒くなった風に気づいた僕は、彼等の来世の幸せを願いながら、一足先に城内に戻る事にした。




