触れることもできない世界戦争
長かったと言うべきか、短かったと例えるべきか、個人的には長かったという事にしておきたい。
このファンタジー異世界にきて31日目の昼、胸にため込んでいた空気を一気に吐き出しながら、ようやく僕の冒険は終わりを告げた。
今どんな心境ですか? とインタビューを受けたとしたら「最高ですッ!」……と答えたい所だが、生憎そんな元気満々に返答はできそうにない。
例えるならば「一般市民にこんな酷い事をさせるんじゃねーよ! 前世が戦士とか魔法使いにやらせろよ!」とか「なんで普通のリーマン無職にこんな大変な使命を押し付けやがったんだよ!? 結果的に上手くいったからいいものの、なんというか、もっと良い人選があっただろう?」とか、そんな類の文句と悲鳴しか吐き出てこない。
……なんにせよ、ようやく重荷を下ろす事が出来た。リレーのバトンを渡す事が出来た。
この場で1つ確かなのは、従来の目的は達成する事ができて、約束は果たされて、こんな凄い事を成し遂げた自分を褒め倒したいという嘘偽りのない事実だ。
号泣するセバストさんの横で、僕は興奮を隠すようにそう考えていた。
「カッカッカ、久しぶりだな、アキ」
「元気そうで何よりで」
そう、長い事別れていた訳じゃない。
たった一ヵ月会わなかっただけだ、お久しぶりという軽い言葉が一番この場に相応しい。
「まさかこれほど早く解放してくれるとは思いもしなかった。 よほど私に会いたかったに違いないな」
「まぁ、確かに会いたくてしょうがなかったですよ。ここに辿り着くまでに僕が何度死にかけたか教えてあげたいくらいです」
ゆっくりとこちらに歩み寄りながら、両手を広げるトランさん。
こちらも一歩前へ、主人公とヒロインが感動の再開をするような、要するにここは抱きしめ合う感動のシーン。
――だと、思った。だと、思っていた。
一瞬目の前が眩しくなったと思ったら、いつの間にか石壁に叩きつけられていた。
何が起きているのか把握できない。
気づけば仰向けに倒れており、床から受ける冷たい冷気が全身に行き渡りあらゆる神経を凍りつかせている。
――痛いなんてレベルじゃない。
極めて物凄く、そしてとてつもなく一歩間違えば死ぬくらいの苦痛を3回くらい味わったレベルの痛み。
呼吸すらままならないそんな状態で全力を尽くしながら視線を移すと、3人の魔物は口をポカンと開けながら驚いたような表情をしていた。
そのうち一人が「……あぁああああ!!! そうか! アキはもう勇者でもあるのか……!」
なんて意図の分からない言葉を発した意味を、いつもなら5分くらいかけながら理解する所を、走馬灯を押しのけながら一瞬で理解できてしまった。
――魔王が保持する勇者殺し
勇者に触れただけで死ぬ超絶反則級なこの能力。
このファンタジー異世界に来てから31日目にしてようやく、3日目くらいで把握しておかないといけないような超重要事項を今さらながら思い知らされた。
そう、要約すると魔王に触れたら僕は死ぬのだ。勇者は魔王に触れたら死んでしまうのだ。
……僕は死ぬのか!? あぁ!? こんな所で!?
「マスター! 大丈夫ですか!?」
「……ぜんっぜん! 全然、大丈夫じゃない! すっげぇ痛い。死ぬかもしれない。あと今もう本当に、マジで触らないで。風が触れただけで、すごく痛いの」
ヤモリのようなポーズでうつ伏せに倒れた僕は、もはや喋ることすらしんどくなっている。
喋るどころか呼吸すら痛い。呼吸が痛いってのは大変な事だ、要するに生命活動に必要な部位が大きなダメージを負ってしまっているという事だ。
「半分魔王だから、たぶん大丈夫だと思う。見た感じ大丈夫だから……」
医者から聞いてはいけない言葉を2つくらい並べて言われたような気がする。
先っちょだけだから大丈夫みたいな感じで言われても何の説得力も無いし、今はそんな事を気にする余裕なんて何処にも無い。
このファンタジー異世界とやらは、本当にあらゆる場所が残酷でできていて、僕の事を常に裏切ってくれているみたいだ。
……だがまぁいいだろう。
たぶんこれくらいなら死なないだろう、指先の感覚から徐々に戻ってきたような気がするし、見た感じは血も出ていないようだしね。
数分後にはきっと元通りの健康体に戻れるだろう、じゃないと僕が救われない、ここまで頑張ってきた英雄が報われない。
――そんな甘い考えを踏みにじるように、突如部屋中が強い光で覆われる。
呼応するように、勇者の紋章がサイレンのように暴れ出した。
ボロボロの絨毯のようにうつ伏せになった状態でも、直接目視で確認しなくても把握できるくらいのとてつもない発光量。
……この世界にきて31と半日を過ごしている僕はそろそろ感づく事ができているぞ。
だいたいコレが光る時というのは大抵ろくでもない事、そしてトラブルが舞い込んでくるタイミングだ。
神様はこれ以上ここに問題を持ち込む気か!? パンパンで満員オーバー重量過多なので辞めてくれと祈っていると、ギリギリ横目で確認できる玉座の上方に1人の透明な人間が姿を現した。
『まさか私が復活する前に封印が破られるとは、想定していませんでしたよ。やはり魔王の臣下も残さず皆殺しにしておくべきでしたか』
白のドレスに金色の装飾物を身に纏い、長い金髪を腰まで伸ばした得体の知れないその女は、現れて早々礼儀も知らない態度でそんな言葉を発した。
『ですが大きな問題ではありません。永き時を経て私は力を手に入れました。勇者を越えた真の英雄として。真の支配者として生まれ変わる事ができたのです』
……どこかで見たことがあるようなその服装は、31日前に見たものと似ているような気がする。ついでに言えば300年前の魔王の記憶とも合致するような覚えがある。
『魔王の力はもはや私にはもう通用しません。クックック。怖くて声も出せないでしょう?』
魔王を封印した勇者4人組。戦士、魔法使い、ハンター、聖女。
その内の1人、魔王を封印した聖女が、今まさに、300年の時を経て魔王と再会を果たしている。
『衰弱しきった魔王を倒すだけで、この物語は終焉を迎えます。 ――神となった私の創る、新たな世界の礎となるがいい!』
言いたい事を一方的に捲し立てた彼女は、光となって姿を消した。
……と思ったら今度は慌ただしく外から強烈な光が差し込み始めた。
『地上の民よ 我が名はメッサ。全ての闇を打ち滅ぼす光の神。 たった今、新たな魔王がこの世界に生まれました。……だが安心しなさい。この無限に続く魔王との闘いは終焉を迎えます。 ――これからすべての勇者に神の加護を与えます』
なんだか大変な事になってきたぞと思いながら外から選挙カーばりに大きな演説を聞いていると、勇者の紋章が更に力強く光りだした。
……痛い、痛い、痛い痛い痛い! 痛すぎる! 痛いっつーの! タイミングが悪すぎる! この勇者殺しを受けている体調で勇者成分が多くなってしまえば継続ダメージで僕は死ぬ事になってしまうかもしれない!
やめてほしい、本当に勘弁してほしい、なんなんだこの世界は、マジで神様見てるんだったらいますぐ僕を元の世界に返却してくれよ!?
『神の加護で魔王は今、衰弱しています。 さぁ人間達よ! 勇者達よ! 今こそ、永く続いた戦いに終止符を打つのです!』
痛みに耐えながら窓の外を注意深く覗くと、オーロラのような光の帯と共に、まるで3D映画のように聖女が青空に映し出されていた。
急にSFファンタジー異世界っぽい展開になってきた事に更に頭を悩ませながら、ゴロンと冷たい床に視線を戻した。
……どうやら聖女様は寝起きから血気盛んのようで、どうしても、いますぐにでも魔王を殺したいらしい。
魔王VS聖女の戦い ~神々が望む闇の彼方~
そんなタイトルのゲームや映画があったらミリオンセラーだね! ……なんて事を考えながら現実逃避をしてしまいたいくらいに、外から大音量で僕達を炊きつけるような言葉が聞こえてくるにも関わらず――
――すぐ隣で窓の外を眺め続けるトランさんが、ここまで何一つ言葉を発し無い事に強く恐怖を感じていた。
「今日は、とてもいい日だ」
玉座の間に広がっていた静寂を切り裂き、彼女は言った。
「何もない牢獄から抜け出せる事ができた。この愛しい世界に戻る事ができた。そして愛する者とも再会する事ができた」
素人でも分かるように周囲の魔力を殺気で捻じ曲げながら、彼女の周りに殺意の結晶が作られる。
――そして何より! 殺したくて殺したくてタマラナイ憎きゴミ虫が!! 自らの手で握りつぶせると知れたのだからな!!!
あらゆる負の感情が込められた魔力がそのまま壁を貫き、空に映る聖女の姿を打ち消した。
何をしたのかは理解できるが、どんな力があれば分厚い壁を貫通して遠い空まで撃ちぬけるのかはまったく理解が及ばない。
……怖い、怖すぎる。恐怖という言葉しか浮かんでこない。
というかその攻撃力をもってしても衰弱していると表現される魔王の力って一体なんなんだよ。
今まで見て来た生物をまとめて戦わせても勝利の可能性を一切感じさせないような凶悪な存在でも勝てないって、どんな世界観だよ。
命を賭けて断言するが、これはもう僕レベルの人間が立ち入っていい戦いではない。
神と神の戦いに、神以外の存在が立ち入る隙なんか有るはずも無いのだから。
戦闘が始まるのであれば、少なくとも半径数キロ圏内には僕は絶対に居たくない。
遠く離れた外野席を今のうちに予約しておこう、僕は仰向けになりながらそう決意した。




