平和的な結末
暴れていた巨大ゾンビは自ら頭を下げ、自己崩壊を起こしながらこの世から消滅した。
まるでこの世に現れた真の魔王に忠誠を誓い、己の存在が認められない事を悟り、自らの意思で消え去るように。
リリーもセバストさんも、最大限の敬意を表しながら頭を下げる。
セバストさんならまだしも、初見のはずの、決して僕以外になびかなかったあのシャドーウルフが、たった一目見ただけで服従の意を示す。
これが、魔王。
全ての魔族の頂点に立つ存在。
見る者すべての心を震わす絶対の存在。
「……お姉さま!」
「ショロトラ。ふふ、久しぶりだな」
赤黒い歪んだ領域も、邪悪な魔力も、おぞましい体も全て引っ込めた偽りの魔王ショロトラ。
まるで数分前の事を何も覚えていないかのように振る舞いながら、彼女は300年前の時を動かし始めた。
「私、ずっと待ってたんですよ。なかなか来てくれないから心配しちゃいましたよ」
「そうか、相変わらずショロトラは心配性だな」
「お姉さまが大ざっぱなだけですわ!」
そこにいたのは魔王ではなく、ただただ、普通の姉妹愛。
彼女の体が徐々に透明になっている事を除けば、微笑ましい家族のやり取り。
「よく頑張ったな。辛かっただろう」
「私……ッ! お父様が私の事を庇ってくれたの。守ってくれたの! 逃げろって言われたんだけど、私そこから動けなくって、それで……ッ!」
「分かった。もう何も言わなくていい……ッ!」
涙を流しながら抱き合う魔王の2人。
もし神様がこの場を見ているならば、どうか、どうか2人をこのまま幸せに暮らさせてあげてほしい。
奇跡とは、想定外とは、こういう時に使われるべき言葉だと思うから。
……分かってる、分かってるさ。
今この状況こそが奇跡で、想定外だなんて事はこの場にいる誰もが思っている事だ。
だが、これ以上を求めて何が悪いのだろうか。あの2人は300年の長い間、苦しみ続けたんだ。
これ以上の奇跡が起こるべきだし、必然であるべきだ。
でなければ、僕はやはり神の存在を信じない。
これから先の未来が必然だと言うのなら、僕は必然的に神を二度と信じない。
「貴方達がお姉さまを助けてくれたのね。ありがとう」
畏敬を抱くその風貌。
美しい白の長髪に蒼い炎のような瞳、そして天使のような白いドレスを身に纏った彼女は今、この場に相応しい魔王だった。
「名前を教えていただけますか?」
「アキと申します」
「アキさん、とても良い名前ですね。どうか、これからもお姉様をよろしくお願いしますね」
「ご希望とあらば」
握手をしたその両手は優しさで包まれており、いつの間にか差し込み始めた太陽光より温かかった。
順番にリリーとセバストさんにも握手をしていたが、まぁなんというか。
今後一生見ることが叶わないであろう緊張した表情を、もしここにカメラがあれば撮影しておきたい所だった。
きっと一週間くらいはご飯代に困りそうには無さそうだから。
「……そろそろ、行かなければならないみたいです。ふふふ、もう思い残す事は無くなっちゃいました」
「そうか。残念だがまだ私はそっちに行けそうにない」
「ふふふ、来ちゃダメですよ?」
最早触れることもできず半透明になったショロトラさんは、それでも最後まで笑顔で居続けた。
「生きてください。幸せになってください。それが妹としての、家族としての、最後のお願いです」
彼女はそう言い残すと、光の中へと吸い込まれるように消えていった。
300年統治し続けて来た魔王との闘いは、誰も死なないまま平和的に終わりを告げた。




