中庭パラサイト
「速い速い速い、速すぎるだろあのゾンビ! 普通はなんかもうちょっと、ノロノロとした動きになるべきなんじゃないの? 陽の光が苦手だから夜しか動けないとか、動けても3歳児の全力疾走のような動作をするとか、不死身という超絶チートの代償として動きが超絶遅いとか、そうあるべきなんじゃないの!? なんでオリンピック選手もビックリな、片輪溝にはめ込みながらドリフトするレーサーも驚きの、そんな速度で襲い掛かって来るんだよ!? おかしいだろぉぉ!? 世の理をもうちょっと配慮しながら遠慮してもいいだろ、ゾンビだってさぁ!?」
……なんて言葉を吐き掛けたくなるくらい、おおよそ元が人だとは思えないくらいの動作で背後から襲い掛かろうとしてくるゾンビ達。
屋内で多少速度が出ないとはいえ、それでも吸血鬼とシャドーウルフの速度に追いつこうとするその速度。
スペック以上に能力を出し、体が崩壊しまうのと並行に体が修復していくその執念。
死ぬ気で頑張れば何でも成し遂げられる、なんて言葉が3番目くらいに嫌いな僕でも、認めざるを得ない。
死んでいるとはいえ、操られているとはいえ、元が人間の生物がこんなにも恐ろしい力を発揮できる冗談のような現実を認めなければいけない。
だが、所詮は人間。所詮はゾンビ。
追いつけなければ攻撃は届かないし、届いたとしても簡単に振り払える。
いくら数が多くとも、こちらがその気になればいくらでも殺せる。
お化け屋敷が苦手な僕でも、物理が効いて簡単に倒せる存在だと分かれば、それほど恐怖を感じない。
今までの出来事に比べれば些細な、本当に些細な状況なのだから。
……なんて心境を、当然ながら魔王は把握しているに決まっている。
そう思い知らされたのは、ちょうど中庭に足を踏み入れた瞬間だった。
この状況を端的に伝えるならば、どんな言葉を選べばいいか。
広大な中庭、それらを囲む建物の屋根からには、端から端までビッシリとゾンビが待ち構えている。
ついでに言えば詠唱らしきモノも唱えている。
先日、集合都市での強襲で味わった既視感、デジャヴのようなこの状況。
……つまりは敵の思惑にまんまとハマってしまった事が確定した瞬間とも例えられる。
不死身のゾンビが魔法を使う時点で頭がおかしくなりそうなのに、それらが360度逃げることも隠れることも許されない典型的で効果的で効率的な布陣を敷いている現実。
逃げようにも後ろからは無限のゾンビが隙間なく突き進む。
つまり前に進むしかなく、敵の罠に足を踏み入れる他選択肢は無い。
「……リリー! 先に行って!」
背中をポンと叩き合図をする、察したリリーは着地した瞬間に影の中に素早く溶け込んだ。
同時に建物を埋め尽くすゾンビが己の体を焼け焦がし、凍り付け、切り裂きながら発せられた魔法が正確無比に襲い掛かってくる。
「アキ殿、いきますぞ!」
襟首をつかまれ、力のみに頼り切った暴力で上空へと僕を投げ飛ばす。
事前の相談も警告も無く投げ飛ばされた事に、驚きはしないし驚いてはいけない。
これが最良の手段。これが魔王を守る最強の吸血鬼セバストが考え抜いた、最強の行動。
中庭に足を踏み入れ、リリーと別れ、僕を上空へと飛ばす、ここまで5秒ほどの時間が経過。
そこから地上に魔法が着弾、大地がえぐり取られ、凍り付き、まともに喰らえば糸切れ一つ残さないレベルの爆発が聞こえるまでに約3秒。
すぐさま次弾の詠唱を開始しているゾンビを確認するまで約2秒。
この絶望的な環境の中で、僕と言う足手まといを引き連れながら10秒以上、しかも無傷で生還している事は奇跡と表現してもいい。
しかしその奇跡も約3秒後に放たれるであろう総攻撃魔法を乗り越えなければ意味が無い。
爆風で逆さになりながら宙に浮いていようとも、ここからは自分の身は自分で守らなければならない。
左手を爪が喰い込むまで強く握る。
骨に到達するほどに、強く、強く願いを唱えながら逆さになった世界を視る。
――闇の盾よ!
2人を飲み込んだこの闇は、既に盾と呼ぶには相応しくない黒い闇。
盾でも鎧でもなく、これは空間と例えるべきだろうか。
左腕を中心とした球状の闇は全ての魔法を拒絶するスペースとなり、今この時だけは魔王城で唯一の安全地帯となった。
想定内には想定内を。想定外には想定外を。
今まで出来なかった事を、やろうともしなかった事を、偽の魔王と僕が共に想定外の事を成し得なければ、この戦いは乗り越えられない。
常に限界以上の能力を引き出し続けなければならない。これは、そんな戦い。
「アキ殿、三発目が飛んできますが」
「よし、そろそろ行きましょう」
真下にはゾンビの大群。
真横からは魔法の砲弾。
そんなふざけた戦場から脱出するように、ゆっくりと落下しながら左手に力を込めながら祈る。
――転移の罠
「マスター! 無事で何よりです!」
赤い絨毯の上にぴょこんと立っているリリーが視界に入る。
癒し成分たっぷりの光景に名残を惜しみながら後ろを見ると、中庭からこの城内に通じる唯一の木製扉に小さい穴があけられ、リリーは柔軟な体を使って既に潜り込んでいた。
「見た目は木製ですけど想定していた通り魔法で強固にされていました。私でも小さく穴を開けるだけで精一杯です」
その小さな穴からは、中庭側からゾンビが這い出てこちらに襲い掛かろうとしているが、束縛の罠で指先1つ動かないように固定する。
「セバストさんの言う通り、めちゃくちゃですねこの城は。何処も風化していませんし劣化も見えない。花瓶ですら割れてなかったですよね、どういう原理なんですか?」
「魔王様の城がいちいち攻撃で壊れていたらやってられません。当然魔法で守られておりますし、そこの扉もそのうち自然と修復されるでしょう」
300年間朽ち果てずにそのままの姿で佇む魔王の城。
そんな反則的な建屋に敷いてある、ゾンビという装飾が無ければ埃一つ付いていない新品同様の赤い絨毯を汚しながら、前へと走る。
玉座に直接繋がる通路くらいには強敵がいるかなと想定していたが、ゾンビ一匹見えない所を見るとどうやらこの先には敵が存在していないかもしれない。
「……偽物の魔王とは、平和的に話し合いで解決できたらいいんですけどね」
「ホッホッホ、なかなか平和的な歓迎でしたからな! その選択肢もアリかもしれませんぞ」
「マスター、とりあえず手と足をかみ砕いてあげれば大抵は素直に解決すると思います」
心地よい笑い声だけが反響する静寂の廊下を、カタンカタンと音を立てながら走っていく。
まるで嵐の前の静けさ、ラスボス前のセーブポイント。ここに回復の泉でもあれば文句一つ無い親切なゲーム設計だっただろう。
一歩一歩、また一歩。
足を踏み込むたびに、左手の魔王の紋章が大きく光りだす。
「心の準備はいいですか? 僕はあまりできていませんが」
「どのような状況であれこのセバスト、魔王様の為に全てを撃ち砕く所存です」
「常にマスターと共に」
なんとも心強い返答を聞きながら、大きな扉の前に到着する。
偽物の魔王を殺す事が目的じゃない。世界を滅ぼす事が目的じゃない。
魔王を救うことが目的。トランさんを連れ戻す事が目的。
これから先、何が起ころうとも、これだけは見失ってはいけない。
この先何が待ち構えていようと、それだけは成し遂げなければならない。
魔王を倒しただけで終わりではなく、手がかりがなければ親玉を締め上げてでも吐き出させなければならない。
覚悟と共に大きく息を吸い、体内の迷いを全て吐き出しながら、ゆっくりと扉を開けた。
軋んだ音と同時に現れたのは。
どこかで見た事のあるような顔のついた、得体のしれないナニカだった。




