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魔王城とかつての英雄

 このファンタジー異世界にやってきて31日目の朝を迎えた。


 この日を生き延びる事ができれば「俺は異世界に飛ばされても二ヵ月も生き延びる事ができたんだぜ!」と友人に自慢できるタイミングだが、残念にも目の前には魔王城がそびえ立っており、霧の海に囲まれながら僕の栄光を阻止しようと佇んでいる。


「不気味なほどに誰も襲ってきませんね。これ、本当に魔王の城なんですか?」


 全体魔法を唱える厄介な魔法使いや即死級の一撃を繰り出す狂暴な魔物が集団で襲い掛かってくる事を昨日から胃を痛めながら想定していた。

 だけどもいざ訪れてみれば、魔物どころか生き物1匹いりゃしない。

 ここまで徹底されると逆に怖くてたまらない、我慢して隠れているなら凶悪な魔物でも何でもいいから1度くらいは襲い掛かって来てほしい。

 そんな物騒な事を望むくらい、辺りは無音で、生気がなく、不気味で、異質な空間が創り出されていた。


「……おかしいですな。少なくとも数日前はそこらじゅうに魔獣がいましたが」

「マスター、辺りに生気を感じません」


 近づけば近づくほどに静かになっていく。

 深夜の田舎町ならともかく、ここは魔王城の目前。

 常にドンチャン騒ぎをしていてもおかしくないこの状況で、聞こえるのは風の音だけ。



 城門まで辿りつくと、セバストさんを拒んでいた強固な結界とやらが突然目の前に現れる。

 左手で解除しようと試みようとした瞬間、右手に刻まれた勇者の紋章が光りはじめ、城門の場所だけ切り抜いたような形で結界は開かれた。




 ――魔王城の結界なのに、通行証が勇者の紋章(・・・・・)




 ……これまでの状況をどう表現したらいいのか、残念だが僕の脳内に備え付けられている国語辞典では伝える語録が無い。

 ただただ不気味で、不可思議で、理解もできず、論理的で無い。

 好意的に、そしてポジティブにこの状況を考えれば、僕達は歓迎されているという事になるが、そうなるとその理由とやらが分からない。


 そう、分からない。

 自分の置かれた状況が分からない、相手の事が一切分からない、という状況が命のやり取りにおいて一番恐ろしい。想定の外を歩かされる恐ろしさは、ここまで十分に経験しているのだから。


 ここまで無傷で辿り着いた結果に前向きに称賛しながら、外開きで設計された大きな門をリリーとセバストさんは渾身の蹴りで内開きにしながら破壊すると、いかにも城っぽい内装が出迎えた。

 花瓶に添えられた花が枯れている点、あちこちに散らばる骨という点だけを除けば、至って普通の城内風景。


 徹夜作業後の睡眠中ですら跳ね起きそうな破壊音をチャイム代わりにならしても、相手からの反応は何もない。

 昨日の戦いでくすねた剣を右手に握りしめながら、僕の考えうる最強のパーティーで一歩足を踏み入れる。


 気づけば勇者の紋章は光ったまま。

 「この先に魔王がいますよ~」ってお知らせなのかは分からない。

 少なくとも、今までまったく想定すらしていなかったけど「魔王が不在(・・・・・)」って事にだけはならないで済みそうだった。


 うっすらと頭の中に浮かび上がる城の記憶とセバストさんを頼りに、広大な城内を警戒しながら歩んでいく。

 このまままっすぐ進み、中庭を通り抜けた後にしばらく歩くと王の間に辿りつく。

 中学生ならその辺りに飾ってある絵画に見とれて失格になるかもしれないが、小学生なら言われたとおりにまっすぐ進んでクリアーとなるくらい、シンプルで単純な最短アクセス手順。

 そう、まさに簡単。敵さえ出てこなければ、初めてのお使いレベルの単純な一本道。


 広い城内を堂々と歩いていても、相変わらず外と同じ、不気味なほどに静かな空間。


 ――だが、ようやく。

 想定していた様な、熱望していた通りの、あちこちが干からび、腐敗した人間が視界に入り始めた。

 完全に白骨化してしまった物もある所を見るに、長い間この辺りは手入れをされていないみたいだ。


 ――コロスコロス コロスススス

 ――コロシテヤル ゴロズゥゥ


 左奥の壊れかけていた扉を開きながら、一言で表現するなら大半がゾンビと答えるその集団は姿を現した。

 先導していたセバストさんの右手と左足で2体の魔物は軽々と壁へと叩きつけられ、半身がベチャリとへばりつく。


「……やっと敵がでてきましたね」

「にしても、弱すぎますなぁ。まぁこれだけで終わり、という訳ではないと思いますがな」


 最強2人組の前ではどんな生き物ですら弱者扱いされる、なんて事を一瞬考えたが、僕の目で見ても今襲い掛かってきたゾンビは弱い。

 正確に言えば、ラスボス付近で出てくる魔物としては弱すぎる、と言ったところだろうか。


「マスター、今少し、ほんの少しだけ、辺りの死人が動いたような……」


 耳をピクリとさせながら、リリーは目を見開きながらそう言った。

 瞬間、生ぬるい風が前の方から吹き込んでくる。

 この不快感はなんなのだろうか、なんて深く考えるまでもなく、それらは静かに動き出す。


 ――――ガアヴァァ!!!


 腐肉を吐き出しながら、今まで静かに横たわっていた多くの死体が一斉に動き出す。

 その数……いや、数なんて分からない。床の模様を数えていられる程こちらは暇じゃなかったし、そんな根気も持ち合わせていなかった。

 少なくとも、一昨日戦った100という数字よりかは遥かに上なのは確かではある。


 ……だけども、それだけ。

 状況を考慮すれば、最強の存在が2人の前では全ての存在が霞んでしまうし、敵と認識するには些かお粗末な戦力だった。



 ――――ギグガダァァァ!!!


 静寂な空間に木霊するゾンビの叫び。

 騒音と違わないソレを止めようとした瞬間。



「これは……」



 ――ゾンビたちの右手が光りだす。

 ――それは僕と同じ、紛れもなく本物のような、勇者の紋章(・・・・・)




 ……あぁ、そうか。

 これらはきっと、魔王に敗れた勇者だろう。

 なるほどなるほど。

 当たりを見渡せば、どのゾンビも例外なく勇者の紋章を刻み込んでいる。


 魔物を拒み、勇者を迎え入れる結界。

 そんな異質なものが、どうして魔王城に張られていたのか、今なら理解できる。



 ――ガガガガアアアアアア!

 ――コロシテクレエエエエ!

 ――ヤダ、シニタクナイ! シニタクナイヨォォォ!

 ――マダツヅク ツヅクツヅク マダツヅクノカヨォォオ!



 その心にまで響く嘆きの叫びは、この場だけでなく、城中のあちこちから聞こえ始めた。

 この気味の悪い静寂は、彼らの叫び声を響かせる為に用意されたものだと考えたら納得がいく。



 ――オワラセテクレエエエ! ゴロジデエエエ!

 ――シニタクナイ! タスケテクレエェ!



 先ほど潰した2体のゾンビが、体を修復させながらこちらに近づいてくる。

 これほどまでにおぞましい光景を僕は見たこともないし、聞いたこともない。

 ……おぞましいという言葉にも限度ってものがある。

 これはそんな一言では済まされる次元なんかじゃない。


 今朝、何も食べるものがなくて本当に良かった。

 食べていたら絶対にこの場で吐いていたに違いない。

 嘔吐物と共に弱音までセットで吐いていたに違いない。




 ――改めて認識する。

 ここは紛れもないファンタジー異世界。剣と魔法で出来上がった、残酷な世界なのだと。


 僕達はゆっくりと顔を合わせる。

 ふたりがここまで危機感を持った表情を表にだしたのは、僕は初めて見たかもしれない。

 ここで余裕そうな言葉でも言い放ってくれる事を期待したけど、どうやら今日は販売を中止しているらしい。

 言わなくてもわかってるよね? なんて言葉が無言で交わされたような気がしながら、ゆっくりと前へと向いた。


「……行くぞ!」


 セバストさんが前、僕は狼姿のリリーは乗り、その後を追う。

 全力でゾンビから逃げながら、全速力で前へと進む。


 倒しても倒しても蘇って来るなら、倒しても意味は無いし切りがない。

 更に言わせて貰えば、この後にはこいつらを大量に操る想定外の魔力を保有する魔王と戦わなければならない。

 故に、ここで少しでも体力を消耗してなんかいられない。


 最強の部隊でありながら、戦闘を回避しなければならない歯がゆい状況。

 流石は魔王城と称賛したい所だが、できればついでにラスボスらしく扉の前に回復の泉を創ってもらいたい。

 ファンタジー異世界っぽく、僕は神と魔王にそう願った。

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