魔王城前夜
最後のダンジョンに封印されていた魔力を無事回収、そのまま魔王城へと向かった僕達3人。
出発前に魔物達が圧勝できた記念として祝勝会でも開こう! ……のような雰囲気を360度隙間なく漂させていたが、誠に残念ながらそんな事をしている時間が無い。
今回はあくまで想定外の上に奇襲を重ねてできた成果であり、次はこんなに上手く事は絶対に無い。
敵が多くの魔物を連れている事が知れれば、次はそれなりの戦力を投入するに決まっている。
だから今回の勝利は二度と訪れない偶然の奇跡であり、奇跡に二度目は適用されない。
つまり、次に戦う時は魔物側が負ける可能性が無視できない程に高くなってしまう。
……という事で、悪いけど魔物の方々には囮になってもらい、魔王城とは反対の方向に向かってもらった。
当然城塞都市のお偉いさんは魔物の中に僕がいると思い追撃を開始するだろう。
そうでなくとも、大量の魔物を放っておく事はできないハズだ。彼等は必然的に人として魔物を退治しなければならないのだから。
囮と言ってしまえば聞こえは悪いが、むしろ好待遇だと僕は思う。
多くの仲間と群れるか、それとも少数で魔王城に乗り込むか。
どちらか選べと言われれば捻くれたB型以外は漏れなく前者を選ぶだろう。
魔王城に乗り込むだなんて、表現を変えれば快速列車に飛び込むくらい狂気の沙汰だ。
友好的ならまだしも、相手は一切の魔物の侵入すら許さない城に引きこもり、約300年この地を支配してきた存在、即ち不法侵入が冗談では済まされない間柄だ。
そんな素敵な相手に、これから喉元に剣を突き立てなければならない。
「おい、お前は誰なんだよ。なんで魔王の真似事なんかやってるんだよ。説明しろよ偽物野郎!」から始まる異種族交友。
こんな面白くなさそうな展開のイベントに首を突っ込むモノ好きなんてB型の捻くれた奴しかいない。
リリーの背中に乗っている間、そんな事ばかりを考えていたらあっと言う間に1日が経過。
周囲は不気味なほどに静まり返り、闇の霧に覆われた邪悪な建造物を遠目に、このファンタジー異世界に来てから30日目の夜を山の頂上付近で迎えた。
仮に同じ冒険をもう一度やれと言われたとしても、ここに辿りつく事は不可能に近いだろう。
綱渡りで、命がけで、奇跡の連続だったんだなと思い返せば胃が痛くなるような出来事ばかりだったような気がする。
「アキ殿、私の言葉が聞こえてますかな?」
いつの間にか小さなコウモリに小突かれている事に気がつくと、たき火に薪をくべながらセバストさんは僕の方へと顔を向けていた。
「……すみません、ボーっとしてました」
メラメラと静かに燃える炎、時よりパチパチと奏でる音色を聞いていると、疲れがどっと押し寄せてくるのも無理は無い。
2日前にガレンさん達を打倒し、昨日は200人くらいを間接的ではあるが殺しまわった。
この2日間に限らず、この世界に来てから30日、毎日がハプニング大賞のオンパレードだ。
そんなハードワークを繰り返していたからか、今になって味わった事のない頭痛や不快感、ついでに関節痛と筋肉痛までオマケについてきてしまった。
この体調を端的に説明できる言葉を僕は知らないが、あえて表現するならばしんどいと言った所だろうか。
そんな極悪非道の状態異常が数時間前からお節介にも顔を出してくれている。
……だからこれは、決してボーっとしてた訳ではなく、うへぇ~としてただけだ。
ここが異世界でなければインフルエンザを疑って病院に行ってる状況、流石の僕でもインフルエンザなら会社を容赦なく休む決意と覚悟を持っている。
「アキ殿、大した話ではありませんでしたので気になさらないでいただきたい。ただ、ここまで長かったですな……と」
「僕とリリーは一ヵ月ですけど、セバストさんは300年ですからね。そう考えると気が遠くなるほどの年月を待って居た事になりますね」
なんて笑いながら話してしまったが、よく考えれば300年って年月は大きすぎる。
日本に例えれば江戸時代、生類憐みの令とか出しちゃってる時代。
「魔物にも命はあるんだよ。だから殺さないでおこうね」なんてファンタジー異世界で言えばどんな反乱が起こっていただろうか。
興味はあるが、当事者には絶対になりたくない案件だと即断できる。
「……マスターはここに来る前は何をしていたんですか?」
隣に座っているリリーが、珍しく僕の過去を尋ねてくる。
これまでの間、お互い過去の事は効かないでおこう的な、そんな暗黙の了解っぽいものがあったと思うが、リリーは真面目な表情で僕に尋ねて来た。
最終決戦が近いからか、悔いの無いようにしておきたいのだろうか。
別に隠す事もないので、かいつまんで期待に応える事にした。
「毎日毎日夜遅くまで退屈な仕事をして、家に帰ったらすぐ寝て、起きたらまた仕事して…… これの繰り返しかな。面白くはなかったよ」
「ハッハッハ! アキ殿、まるで奴隷みたいですな! 本当に微塵も面白くはなさそうですぞ」
「事実つまらなかったんですよ。生きてる意味を見失っちゃって、結局は自殺したんですけどね」
リリーが隣によってくると、体を寄せてくる。
「ダメですよ」
「もうしないよ」
あんなに小さかった子がこんなにも大きく成長したのかと今更ながら驚愕する。
頼られる所か最近は頼ってばかりのリリーから感じる熱は、目の前のたき火と同じくらい温かかった。
「興味深いですな、死んだ魂が勇者として召喚されているという事でしょうか」
「まあ、僕も他の勇者がどうなってここに来ているかはわかりません。聞いたことがありませんので」
飛び降りたりトラックに轢かれたり、要するに死ぬ事だけが異世界に辿りつく条件ではないのかもしれない。
そんな他愛のない会話ができる知り合いといえばガレンさん達くらいだろうけど、彼らは残念ながら勇者ではなかった。
「……ただ、最近思うんですよ。つまらなかったのではなくて、面白くしようとしなかっただけなのではないかと。きっとそのまま何も考えずに生きていれば、この世界だって退屈だったに違いありません」
元の世界はこのファンタジー異世界よりファンタジー要素があった気がする。
魔法より凄い技術があった様な気がする。
「この世界は探せば探すほど新鮮で、驚きに満ちていて、輝いていた。リリーやセバストさんとも出会えて、僕はたまらなく嬉しくて、楽しくて、面白い。だからこの幸せをくれたトランさんを、僕は全力で助けてあげたい」
それは紛れもなく僕の本心。
一ヵ月前は存在しなかった感情。
「魔王様が貴方に託した理由が少し理解できた気がしますな」
「全力でお守りします!」
結局のところ、魔王城に行けば全てが解決できるかどうかなんて保障は何処にも無い。
こればっかりは明日が王手でありチェックメイトだと神に祈るばかり。
首元に突き付けられた薄黒い死神の鎌から逃げるように空を見上げると、雲一つない空には数えきれないほどの星が光り輝いていた。




