偽魔王軍vs
もしかしたら兵士の中にバンシーさんと戦った事のある人がいたのかもしれない。
更に強い魔物と戦った猛者がいたのかもしれない。
不意の魔法攻撃に備えて守りを固めていた用心深い強者がいたのかもしれない。
――終わらない代理戦争
それら全ての懸案事項を全て無意味な物へと塗り替えるように、闇夜に染まった世界が灰色へと明るく照らされた。
「急にバンシーが現れたぞ! 魔法部隊、反魔法陣を貼れ!」
「手配されている奴もいるぞ! 殺せ! 絶対に逃がすなよ!」
そう言いながら、彼らはお互いの体に剣を奥深く突き刺し始めた。
つい先ほどまで仲間だった人間に襲いかけられる恐怖を感じる事もなく、躊躇する事もなく、まるで心から望むように殺し合いを開始した。
小川のように血を流そうとも、腕が枝のように切り落とされようとも、足から骨が剥き出しになろうとも、全身が魔法で焼けこげようとも、彼らは極限まで腹をすかせた猛獣のように手あたり次第に殺意を振る舞った。
――いたずらしながら殺しちゃうよ!
ディスガイズ達は致命傷を負い倒れた人間の中に入り込むと、まるでマリオネットを操っているかのような不気味な動きで生きている人間を襲い始めた。
その一挙一動はとても人間とは思えないくらいに速く、強く、そして容赦が無い。
限界以上に引きだした体が自己崩壊を起こし、使い物にならなくなると他の人間に乗り換える。
巨大な負の連鎖によって支配されたこの戦場。
傍から見れば人と人が殺し合う光景を目にしか見えないが、これは紛れもなく一方的な魔物との戦闘行為だった。
「……1つ質問をさせてほしいのだけれど。貴方、この光景を見て何を思っているのかしら?」
同族が殺されていく心境でも聞きたいのか、バンシーさんは少し宙に浮きながら見下ろすように僕に聞いた。
「特に何も。もう慣れましたから」
血も、悲鳴も、断末魔も、無造作に転がった死体の山でさえ、既に見慣れた紅い景色。
人間同士が争い殺し合う光景を見たのは生まれて初めてだったが、朝食を食べながら優雅に眺めるテレビ番組のような感覚でしかとらえることができない。
我ながら薄情だなと思いながら返答すると、哀れむような表情で彼女は僕を見つめた。
「他人事では無いから言っておくけど、私の能力は死人には通用しないの。だから仲間である貴方には影響しないよう一応配慮をしてあげるつもりだった。 ……その必要は無かったみたいだけどね」
血だらけの兵士からまだ鼓動している心臓が飛び出し、そのまま宙を浮かんで彼女の元へと運ばれていく。
「言っている意味が分かるかしら? 貴方が何を望んでいるかは知らないけど、この先どう進もうと、どう転ぼうとも、絶対に貴方が望んだ未来は描かれないわ。それでも進むのなら…… いえ、進むしかないもの。貴方には立ち止まる権利も、足掻く手段もないのだから」
右手に掴んだ心臓を頭上にかざし、黒いドレスを染めるようにそのままゆっくりと握りつぶした。
全身に付いた血液は瞬時に吸収され元の黒い死の女王へと姿を戻しながら、宙に浮いた体を地上へと下ろす。
「行きなさい、貴方には時間が無いわ。ここの処理は私達がやっておくから、ダンジョンから魔力を回収したら2人を連れてすぐに魔王城へ向かいなさい」
背中をバンバンと容赦なく叩きながらさっさと行けと促すバンシーさん。
「なんだかお母さんみたいですね」
「……せめてお姉さんと呼んだらどうかしら?」
この日だけで10回くらい聞いたその言葉を背中に感じながら、ダンジョンの入り口へと足を踏み出す。
ピチャリ、ピチャリと水が弾ける音を鳴らし、救いを求めるを足で払いのけながら前へ前へと歩を進める。
悲鳴と雄たけびの音楽を耳にしながら、燃えさかる野営地の中をただ1人歩いていく。
「……僕はただの人間なんだ。できる事には限りがある。トランさんを助けたら後は全部任せればいいのさ」
誰かが聞いている訳でも、求めている訳でもないが、自然と口からその言葉が吐き出された。
それは僕の本心であり、言い訳であり、真実でもある言葉だった




