ネガティブ戦争前夜祭
世界に夕闇が訪れた頃、僕達は3つのグループに分かれた。
敵地の中心でかく乱する、僕とバンシーさんで構成された魔法部隊。
ただひたすらに人間を皆殺しにする、リリーと主にオーク族で構成された総勢100の突撃部隊。
本能が赴くままに相手を喰らい尽くす、セバストさんと主にマンティス族で構成された総勢100の突撃部隊その2。
なんだか突撃成分が多めな気がしてならない疑問を心の端に押し込めながら、月明りで輝く山頂付近で戦闘の開始を待つ事となった。
決起集会を聞いて集まってくれたゴブリンやハーピー、その他の魔物を加えると、気がつけば総勢200以上の大所帯。
100でも十分余裕で戦えると思っていた所にこの加勢、棚からぼた餅と一緒にみかんとコタツとおせち料理が落ちて来たかのような状況に僕の心は満腹になっていた。
魔物は基本的に並外れて身体能力が高い。
空が飛べたり、剣を弾く皮膚を身に纏っていたり、人間とは比べ物にならない程の力を持っている。
しかし残念と呼ぶべきか、幸運だったと例えるべきか、魔物という存在は異なる種族の間に大きな隔たりが存在していた。
同族以外とは基本的に仲が悪く、人間という共通の敵が存在しながらも決してお互いに手を組む事は無かったようだ。
そんなバラバラな魔物達を束ねる存在が、魔王。
知恵と統率力を全ての魔物に分け与える者。
オークが戦士として前衛に立ち、バンシーが魔法使いとして後方で援護するようになれば、戦力が倍々になって膨れ上がってくる。
個々だけでは発揮できなかった力が、団結によって初めて開花される。
少なくとも僕はそんな意思疎通が取れている仲間思いの魔物達とは絶対に出会いたくはない。
そんな魔王の真似事をしながら200以上の獰猛でコンビネーション抜群な魔物達を連れて、敵はたった1人だと認識している200人の兵士達相手に襲い掛かるのだ。
これに不意打ち要素が追い打ちのように加わるのだから、それはもう地獄絵図のような状況になるに違いない。
そんな恐ろしい事件の主犯になると言うのだから、なんともまぁ例えがたい感情を僕が持ってしまうのも仕方がないと断言できる。
「おじさーん! あそんでー!」
「……おじさんって言わないでね。お兄さんと呼んでね。これお願いするの10回目だからね。分かったかな?」
もう少しで大きな戦が始まるというのに、服と髪を力任せに引っ張ったり、小さな体をしならせてボディーブローをかましたりと、ディスガイズ達は容赦なく僕を玩具にして遊んでくれている。
片腕がとれていたり皮膚が剥き出しになっていたりと結構スプラッターなその姿も、数時間も立てばただの子供に見慣れてしまう辺り、僕はこのファンタジー異世界に毒されて来たなと今更ながら自覚し始めた。
「貴方達、もう少し緊張感という物を持ったらどうなの?」
眼球が無い点と、そこから涙のように血を流している点、そして空中に浮かんでいる点を除けば普通の人間に見えるようなバンシーさんは本日その言葉を10回くらい繰り返していた。
「人間、貴方にも言っているのよ? 一応リーダーなのだからちゃんとして貰わないと困るわよ。他の魔物も見ているんだから」
いつも以上にビシッと決めているつもりだが、彼女からしてみればシャキっとしていないように見えているらしい。
「大丈夫ですよ。僕がちゃんとしてなくてもきっとあの2人が想像以上の活躍で圧倒してくれますから」
「……あのね。考えてもみなさいよ? 他種族をエサとしか認識しないシャドーウルフ、魔王直属の高位な吸血鬼、その間にただの人間が突っ立っているのよ? 誰に聞いても一番ヤバそうなのは貴方だって答えるわよ。この戦いに参加している者は、他の誰よりも貴方を見ているわよ。全体の士気に関わるからちゃんとして貰わないと困るわよ」
手を腰に当てながら、まるで保母さんのように僕はお叱りを受けた。
この世界に来てだいぶ経つが、真面目にお叱りを受けたのは初めてかもしれない。
そんなふわふわとした考えを見透かしたのか、深いため息をつきながらバンシーさんは言葉を続けた。
「私が今、この場所にいるのはね、逃げても無駄だからよ。シャドーウルフや吸血鬼相手ではなく、貴方からね」
「……僕はそんな狂人じゃないですよ」
「見た目は人間、自覚も人間、だけどもあなたは人間ではないわ。 ……よくその状態で正気を保てるのか不思議でしょうがないわ。いいえ、意識を持てる事すら不可解。 ……貴方、自分の体から何かが這い出てきた経験、あるでしょう?」
まるで魔法使いのように隠し事を言い当てるバンシーさん、いや、魔法使いじみた事ができるから魔法使いでもあるんだろうけど、ドンピシャで僕が隠している事を当ててくる。
「狂うのよ。本来であれば、貴方のような人間がそんな歪な物に浸食されていれば、間違いなくソレに飲み込まれているわ。私にソレの正体は見えない、見えるのは表面だけ。だけども、それだけでソレがどれだけ異常で、面妖で、奇怪で、邪悪なものかは一目見れば分かってしまう」
「……どうしてそんな物が僕の体の中にあると?」
「私が聞きたい所よ。まだピンと来てないようだから子供にもわかりやすく例えるとね、シャドーウルフと吸血鬼よりも狂暴な猛獣が人間という檻の中に入っているという事よ。それが今まさに檻を壊して這い出ようとしているの」
ディスガイズと同じ子供扱いをされながら分かりやすく説明を聞き、僕は左手に視線を逸らした。
思い返せば、キマイラを殺した辺りから体の調子がおかしくなっていたような……気がする。
つまりはダンジョン最下層の魔力を最初に回収したタイミングって事になる……気がする。
各地に封印された力を全て集めた時、真の悪夢が再び蘇るであろう! ……なんて伏線が用意されていて、全てを集めた瞬間に腹の中から内臓を引き裂きながら悪魔が現れたりしてしまう可能性がある……気がする。
などと、思いっきりネガティブスイッチがONに設定されてしまっているからか、考えれば考えるほどに嫌な予感しか思い浮かんでこない。
冷静になりながら片っ端からOFFに切り替えても、それらの悪い予想は止まらなくなった。
……仮に術者と魔王にしか解除できない封印だったとしても、物が物だけに、なにかしらの保険はかけてるはずなのでは?
奪った者になにかしら呪いが欠けられるような仕組みがあったのでは?
そもそも、絶対に解除されないという絶対的な自信があったのか?
それともそんなたいそうな物じゃないから保険はかけなくてもいい、と言う軽い考えがあったのか?
わざと抜け道を作っておいて、気がついた1人に魔力を回収させて一ヵ所に集めさせよう! なんて意図があるのではないか?
全てのダンジョンを耐え抜いた体であれば、きっと我の魂を受け入れられるはずだろう! ……なんて考えがあったのか?
……だとしたら、だとしたらだ。
ダンジョンを全力フルマラソンで攻略するべき場所で、近道を使う所か快速電車を指定席で走り抜けるが如く瞬間移動した僕にはきっと耐えられないぞ!?
そんな悪魔の如き力が軟弱な体に収容してしまったら最後、あまりのショックに一週間くらい寝込んでしまうに違いない!
「コップに注ぐ水がいつかは溢れるように。一度壊れた器は元に戻らないように。貴方は数日以内に必ず自己崩壊を起こすわ。貴方の中に巣くうモノがこの世界に災いをもたらすのと同時にね」
暴走した思考に横槍を入れるように、冷静なバンシーさんは鋭く、そして冷たく言葉を放った。
「この子達が私より貴方に懐いた理由が分かる? 死の香りが漂っているだけじゃなく、それ以上の何かを私以上に感じ取っているからよ」
ふざけた事を考えているようだけど事の重大さを理解してる? とでも訴えかけているような表情をしているバンシーさん。
眼球がなくとも、それがハッキリと分かってしまうくらいな表情を創りだしながら言葉を続ける。
「貴方の異常性について今まで誰からも言われなかったの? あの2人以外に同等くらいの強さを持った魔物とは会わなかったの?」
「……アリディラさんですかね。集合都市で一番偉いエルフなんですけど、特に何も言われなかったですね」
「雷帝アリディラ!? あのババアまだ生きてたの!? 私が生まれた時から何年経ってると思ってるのよ……!?」
この場にアリディラさんが居たら周囲丸ごと消し炭にされるような暴言は慎んでほしい、そう思った所で遠くを見つめていると人間の軍隊に動きが見え始めた。
どうやらセバストさんとリリーが率いる部隊が動き出したみたいだ、あの2人が動き出したって事は既に火蓋が切られ戦いが始まったと見ていいだろう。
空気を察したのか、先ほどまで遊びほうけていたディスガイズも目を紅く光らせながら戦場を無言で眺めはじめた。
見た目が子供なだけで中身は完全に魔物なんだなぁと感心しながら、僕も続けて戦場を眺めた。
――――旅立ちの空 滅した夢 死後途絶えることなく語り継がれる絶望の果て 未来にすべてを託す命脈 その果てに瞑目を拒否し流転の命を迎え入れる器となれ
永い詠唱を唱え始めたバンシーさんの周囲に、魔力だけでなくあたりに漂っていた魂らしき物までも可視化しながら、自身の体へと集めていく。
僕もそれに合わせ、遠く離れた戦場に直列でつなぎ合わせ転移の罠を設置した。
「1個で届かない距離ならば、3個繋ぎ合わせればいいじゃない」そう教えてくれたバンシーさん。
ぶつくさ文句を言いながらも全力で戦いに挑もうとしてくれる彼女に対して、僕は敬意を払いながら一歩前へと歩を進めた。
――転移罠の星座
山頂から眺める魔法の罠は、確かに綺麗な星の輝きを放っていた。




