僕と魔物の復讐協定
「うへぇ、これはまた大層なお出迎えの事で……」
このファンタジー異世界に来て29日目を迎えた早朝、城塞都市の領地にある最後のダンジョンへ向かっているとガチガチに装備を整えた軍隊が視界に入る。
遠くからセバストさんが様子を探りに行くと、ダンジョン周辺には200人規模の軍隊が入り口を守るように拠点を構えていた。
……確かに10人20人は誤差のようなものだと昨日言ってしまったけど、流石に200人くらいの規模となると話は大幅に変わってくる。
おまけにダンジョン入り口を中心に反魔法領域も敷かれている所をみると、いつ奇襲をかけられても対応できる鉄壁の状態に違いない。
「今思ったんですけど、僕達って大勢を攻撃する手段を持っていないですよね」
「そうですな、私もリリー殿も基本は近接ですからな」
剣を粉々に撃ち砕かれ、魔法が通らない程度に破損した鎧を装着している僕を戦力として除外すると実質2対200、なんともまぁ分が悪すぎるってレベルじゃないくらい酷い状況だった。
「夜襲をかける、としても油断しそうな相手じゃなさそうだしなぁ」
アリディラさんに増援をお願いできないかと考えたが、どのような結果になろうと国を巻き込んだ大戦争を引き起こしてしまう結果になる。
一体どうしたものだろうか、どうやってあの数の人を倒す事ができるのだろうか。
早朝の森林浴でリラックスした頭であっても、なかなか有効な打開策を思い浮かぶ事はできずにいた。
「……おびき寄せる」
危うく聞き逃してしまいそうな小声で、リリーは何かを言った。
近くで流れる小川のせせらぎでかき消されないよう、僕とセバストさんはゆっくりとリリーの方へ耳を傾けた。
「いえ、お父さんとお母さんが大勢の魔物同士をおびき寄せて戦わせて、お互いが弱った所を仕留めていたのを見ていまして。なので、この辺りに潜んでいる魔物をおびき寄せ戦わせる。 ……と言うのはどうでしょうか?」
僕が1日かけても考えつかないような発想をポンと引きだしてくれたリリーは、おどおどとしながらも現実的で理想的な考えを提案してくれた。
「セバストさん、僕ちょっと泣いちゃいそうなんですけど。これが親心って奴なんですかね」
「私も幼い頃を知っているが故、すこし来るものがありますな」
2人揃って目頭を押さえながら、必死に涙を堪えた。
恥ずかしいのか怒っているのか、リリーの顔は真っ赤に染まっていた。
◇◇◇◇◇
魔物を探すためにダンジョンとは真逆の方向に歩いていくと、なんだか文明も同じように逆方向へと進んでいる錯覚を覚えてしまう。
太陽からの光を全て遮るかのように生い茂った木々、鳥の鳴き声がこだまするだけの不気味な雰囲気。
そんな人の手が一切入っていない大自然を探索していると、両手の鎌で全てを切り裂く凶悪なキラーマンティスの大群、それを率いるマンティスロードが突如姿を現した。
全長2メートル程ありそうな緑色の魔物は、今まさに敵意を持ってこちらに襲い掛かろうとしていた。
「誰に刃向かっているか理解できているか虫けら共。踏み殺すぞ」
セバストさんが樹齢1000年くらいありそうな大樹を右手拳で叩きつけると、周りの木々を薙ぎ倒しながらへし折れていった。
その光景を見てマンティス達は服従の意を示すかのように、自らの首に鎌を突き付けながらおとなしく頭を下げた。
「物わかりのいい虫で大変助かりますな!」
物わかりが悪くても同じような行動を取るだろうなとは思ったけど、あえて口には出さなかった。
◇◇◇◇◇
マンティスの大群を連れてしばらく歩いていると、オークの集落を発見した。
野良とは違いガチガチの鎧で固められた体、剣から弓まで幅広い武器の数々を装備した3メートル超の巨大生物。
そこに群れの長であるオークヒーローが金の王冠を輝かせ、全長5メートルを超える体で地鳴りをあげながらこちらに向かって歩いてきた。
「虫ケラ共が! 再びちょっかいを出して来たかと思えば、人間も居るではないか。それは前菜か何かか? クズ共にしては随分と礼儀が分かってるじゃないか! ガッハッハ!」
緑色のテカテカした肌が鼻につくオークヒーローが馬鹿にしながら笑うと、周囲を囲んでいるオーク達もつられて笑った。
後ろで並んでいたマンティス達は既に臨戦態勢に入り、まさに一触即発の状態。
「……よく見ればシャドーウルフも居るではないか。お前が我が同胞の命を奪った雌犬か? 俺様に会ったからには楽に死ねるとおもうなよ!」
――火属性の三連罠
――血の槍砲台
自然と引き金を引けば殺せる状況まで持って行った僕とセバストさんの後ろで、一番怒っているはずのリリーは何故か小さく笑っていた。
僕達の横をサラリと通り抜け、小さい体のリリーが巨体に向けて言い放った。
――ぐだぐだうるせえんだよ食肉風情が。次その臭い口を開いたら殺すぞ
オークヒーロだけでなく付近にいたオーク、マンティス、更には周囲の建物や大樹にまで死の刻印を飛ばし付けたリリー。
オーク達だけでなく、とばっちりで死刑宣告を受けたマンティス達もすっかり怯えてしまい僕とセバストさんの後ろに隠れるように体を縮めた。
「できるだげ! 楽に死なぜでぐだざい!」
オークヒーローは武器を手放し大粒の涙を流しながらそう言うと、そのままリリーに向けて大地が揺れる勢いで頭を下げた。
僕はすぐさま、頭の片隅にしまっていた人生のメモ帳に赤文字で書き示す事にした。
リリーが怒りを通り越して笑い始めたら、あらゆる手段を用いて誠心誠意謝りなさい、と。
◇◇◇◇◇
マンティス族40匹、オーク族40人。
想定以上の大所帯になる事ができた僕達は、大きな破壊音を立てながらダンジョンに向け歩んでいた。
当たり前と言うべきか困った事と例えるべきか、目の前に魔物どころか小動物一匹すら現れる事は無くなった。
逆にこの軍隊に襲い掛かってくる魔物を見てみたい気もするな…… なんて考えた所で、小さな影が死角から飛び出して来た。
「ニンゲン! ニンゲン!」
幻惑の世界に引きずり込む小さな悪魔 ディスガイズ。
死んだ子供が動いているような見た目をしているが、れっきとした魔物の一種。
「ニンゲンコロス! コロス!」
「……これからお兄さんたちはたくさんの人間を殺しに行くんだけど、協力して貰えないかな? 君達にも悪い話じゃないはずだよ?」
幻惑が効かなくなったディスガイズはポカポカと僕の体を叩いてくる、それをリリーとセバストさん、更にオークやマンティ達と一緒になだめながら僕は協力をお願いしてみた。
「村長に聞かないと分からないカナ!」
「じゃあ会わせてくれないかな? 僕と一緒にお願いしてみれば大丈夫かもよ?」
まるで誘拐を企てる悪い大人のようにお願いすると、とことこ歩きながら先導してくれた。
もし仲間になってくれるのであれば、知らない人について行っちゃだめだし、連れて行っちゃだめだよと教えてあげよう。
大きなお節介かもしれないし、これが実は罠なのかもしれない可能性もあるけれど、僕はそう心に決めた。
「な、何故アンタ達がここに!?」
「なんか見覚えがあると思ったら、この前のバンシーさんじゃないですか、お久しぶりです」
「まままま、まだ私に何かするというの? というか何故ここが分かったの!? もう終わった話でしょ!? アンタ達に私の魔法が効かないんだから抵抗も復讐もする気なんか無いわよ! お願いだから静かに暮らさせてよ!」
村長だと案内されたのは、3日前にダンジョン最下層で瞬殺したバンシーだった。
死ねば何処かで蘇るとは聞いていたけど、まさかこんな形で再会するとは思ってもみなかった。
「ちょっと人間を殺すのを手伝って欲しいんですよ。ちょっとだけです。すぐ終わりますので」
「嫌! 絶対に嫌! もう貴方達とは関わり合いたくないの!」
半ばヒステリックになりながらバンシーは大声で喚き出す。
それを見たリリーがバンシーの喉元を押さえつけながら、こう言った。
「五月蠅い女だな、マスターの言葉には「はい分かりました」とだけ答えて実行すればいいんだよ。殺すぞ」
「はい分かりましたァァ!!」
たぶんバンシーさんは前世で想像を絶するどんでもない悪徳を積んでいたに違いない。
僕はなるべく悪い事に手を出さないようにしようと心に決めた。
◇◇◇◇◇
――――。
――。
「人間が憎いかー!」
『グオォォォー!!!』
周囲の空気を震わせながら、魔物達は高らかに声を上げる。
「人間を殺したいかー!」
『ウオォォォー!!!』
何故、どこぞの高校生クイズ番組のようなノリを高台から嫌々やらされるハメになったのか、いつの間にそうなったのかは僕には分からない。
後ろから生温かい眼で見つめてくる主犯格2名から無言の圧力を受けながら、僕は無理矢理言葉を続けた。
「何故、人間である僕がこのような事をしているのか。何故、憎むべき人間に命令されなければならないのか。納得できない者もいるでしょう」
緑の自然に闇を広げ、なんとなく魔王っぽい雰囲気を創り出しながら右手を空に掲げた。
「理解しろとは言いません。ただ、真の魔王復活の為、この時だけはそれぞれ種族の垣根を越えて協力して欲しい!」
後ろで火属性トラップを爆発させ、なんか物凄い事してるぞ感を無意味に演出する。
「我々は同士であり、仲間だ! 我らを迫害した人間共を! 家族を殺したクズ共を! 殺しても殺しても殺したりないゴミ共を! ただただ感情の赴くままに喰らい尽くせ!!!」
『ギガォォォー!!!』
マンティスは羽を広げ、オークは怒号を上げ、ディスガイズは全身を使って感情を表現した。
いつの間にか誘っても居ない魔物もちょこちょこ集まった所をみると、僕の演説はそこそこ上手くいったのかもしれない。
「マスター! 見違えました! これまでとは気迫が違います!」
「ホッホッホ、まるで本物の魔王のようでしたぞ」
「……この場限りの魔王として演じられたのであれば、幸いですよ」
虎の威を借る狐の気分を味わいながら行った演説も、なんとかお気に召していただけた様子。
これから頑張ってもらう2人に何か文句の1つでも言いたい所だったけど、剣も鎧も失った僕にできる事と言えば今日はこれくらいしか無い。
行き場の無くなった消化の悪そうな文句を飲み込んで、僕はゆっくりと腰を下ろした。
100の魔物と200の人間。
数だけでみれば誤差のようなものだ、大丈夫大丈夫、問題なんて何も無い、きっとなんとか戦える。
僕を癒そうとキラキラ流れる木洩れ日を浴びながら、ポジティブにそう結論付ける事にした。




