僕が僕で無くなる前に
聖都近くのダンジョンには、地上に10人、地下に20人の衛兵が守りを固め待ち構えていた。
たかが10人、所詮は20人。あの3人と比べてしまえば全ては誤差という言葉で片付けられるようなもので、残念ながら僕達相手では障害というカテゴリにすらハマりはしなかった。
あっと言う間の虐殺劇、その合間合間に衰弱した僕へ、まるで雛に餌を与える親鳥のように生きた勇者を持ってこられながら順調に歩を進める。
追手や増援が来なかった所を見るとダンジョンより都市の防衛を優先したんだろうか。
おかげで圧倒的な暴力を振るうだけで、滞りもなく魔力の塊を回収できた。
特に問題なく無事に聖都から離れる事ができ、偶然見つけた一軒の山小屋。
ここで一晩を過ごし、明日は城塞都市付近にある最後のダンジョンを攻略する流れになった。
「マスター、何処に行くんですか?」
「……ちょっと外の空気を吸いたくてね。すぐ戻るから寝てていいよ。明日もたくさん走ってもらう事になりそうだしね」
「アキ殿、一応病み上がりなのですから程々にお願いしますぞ」
「ついて来ないでいいですよ。人間の成人男性には1人の時間が必要なんですよ。察してください。すぐ戻りますので」
深夜2時くらいの時刻、物音を立てないように移動したつもりが速攻で気づかれる辺り僕は忍者の才能がまったく無いみたいだ。
いや、これは間違いなく僕に才能が無いのではなくて相手が極端に悪すぎるせいだな、なんて事を考えながら「大丈夫ですよ」と手をヒラヒラさせながら、明りの無い森へと一歩足を踏み入れた。
10分程歩き続けると、月の光で輝く銀色の花々が周囲を照らす幻想的な芸術作品が目の前に広がった。
周りに気配は無く、まるでここだけ世界から切り離されたかのような空間に触れた事で、この日初めて、肩の力を抜く事ができた。
――瞬間、足元から待ってましたと言わんばかりに黒い腕の集団が止めどなく溢れ出てくる。
「……君達のおかげで夜も眠れそうにないよ」
徐々に体力が回復したあたりから、ソレは、悪意と共に外に出ようとひたすら体の中から叩き続けてくれていた。
肩こり腰痛に効くならまだしもただ単に痛いだけなのだから本当に純粋100%の悪意としか感じられない。
そんな言う事の効かない猛獣のような黒腕は、僕を神輿のよう持ち上げ、そのまま玩具のようにくるくると回し始めた。
船酔いのように、三半規管に重大なダメージを与えて満足してようやく下ろしてくれたかと思えば、何かを察知したのか一本の腕が数メートル先まで伸び、野兎を引きずりながらこちらに戻ってきた。
……ここで1つ判明した事は、どうやらこの腕達は僕の幻覚では無いという事。
僕だけならまだ頭がおかしくなっただけだと説明がつくが、野生動物を引き連れてこられては、もうこちらからは何も申し上げる事ができない。
「いや、食べないよ……」
なんて言葉を発しようとすると、月を眺めていた複数の腕が拳を作り、そのまま固形物が存在しなくなるまで野兎を殴り続けた。
食事なのか、遊んでいるのか、それとも僕に対するメッセージなのか。
意味は分からないが、ただただ不可思議としか感じなかった。
更に1つ判明した事は、僕はこの異常と狂気で成り立っているような雰囲気が嫌いではないという事だ。
何故か落ち着く、落ち着いてしまう。まるで慣れ親しんだ布団にくるまっているような気分。
気が狂ったのかは分からない…… が、冷静に考えればただの一般人がたった一ヵ月でこれだけの悪行を働いていれば多少おかしくなるのは必然なのかもしれない。
まぁ、これくらいの状態異常があってもいいのかもしれない、逆に代償がある程度あったほうが分かりやすくてむしろ安心感がある。
綺麗な銀花を片っ端からむしり取っている暴君を見て安心感があるというのもおかしな話ではあるけれど、僕にはそうとしか思えなかった。
……このまま病状が進行して制御できなくなり周囲に害が及ぶのであれば、その前に僕は死ななければならないのかもしれない。
となれば、僕はまた自殺する事になるのか? だとすれば、僕という人生の結末は揺るがない事になっていそうだ。
仮に死んだとすれば、次もまたどこか違う異世界に飛ばされるのだろうか?
だとすれば、そうだな……。
作成関係のスキルを貰ったら、商売でも初めてみようかな。
強力な武器防具を作ったりするのも面白そうだ。
回復系なら医者にでもなろう、今度は危険な前衛ではなく安全な後方支援に徹する事にしよう。
こうやって考えてみるとなんだかとても楽しそうな異世界生活が始まりそうだ。
そうそう、人を殺すようなスキルなんて人が持ってはいけないものだよ、特に僕みたいな人間が持ってはいけない。
平凡に、そして平和に1日が過ごせれば、それが一番なのだと考える人間なのだから。
銀色の花々を全て根本からズタズタに引き千切った事でストレス発散できたからか、僕のストレスとも言える黒い腕は消えるように影へと吸い込まれ帰って行く。
この世界にきて28日、いや、日付が変わって29日目になる。
……これは勘だが、あと数日が僕のタイムリミットだ。
僕か僕でいられて、僕で無くなるまでのタイムリミット。
僕の理性が働き、記憶や感情を全て失うまでのタイムリミット。
誠に残念な事に、この手の悪い予想はこのファンタジー異世界に来てからというもの、かなりの的中率を誇ってしまっている。
そうなると更に残念な事に、この度の人生もハッピーエンドで終わりそうにないみたいだ。
――数時間ぶりにスッキリした頭でまず考える事がネガティブ全開フルスロットルとは、なんともまあ僕らしい。
灰色に脱色した花々を踏みつけながら、僕は山小屋へと足を進めた。
あちこちに叩きつけられて死んだ小動物が、綺麗な紅い花をあちらこちらに咲かせていた。




