殺す側と殺される側
2人が現れてくれた時、僕はこう考えていた。
反魔法領域で囲まれてしまい、おそらくリリーとセバストさんへの魔力供給が止められた状態になってしまった。
セバストさんは僕を助ける為、又は助けないと魔王を救出できない可能性がある為に必ず何かしらの行動をとってくれるだろう。
リリーはいわずもがな、僕のピンチには必ず駆けつけてくれるはずだ。
リリーは嗅覚を頼りに、セバストさんは空から僕を見つけだそうとする。
しかしいくら足が速かろうと、僕を探しながら、そして結界が張り巡らされている中、更に聖都周辺で溢れる光属性の阻害を受けながら、ついでに何時何処から攻撃される事も警戒しなければならない状況ではなかなかゴールへとたどり着く事ができない。
そんな京都人にぶぶ漬けを投げつけられているような環境に、僕お手製の転移トラップが地上にちょこんと現れる。
遠くの結界すら感じ取るリリー、そして空から探索するセバストさんならすぐさま気づいてくれるだろう。
僕と言う足枷が無くなった2人はきっと驚くくらいの速さで駆けつけてくれるに違いない。
察しが致命的に良すぎる2人なら、ダンジョン前に置かれた転移トラップの意味する所に気づくはずだ。
僕がなんらかのトラブルに巻き込まれて、そして地上に出る事ができない事。
そして、転移先にその原因となる障害が存在する事を。
「マスター! 助けに来ましたよ! 大丈夫ですか!? いますぐそいつらやっつけちゃいますね!」
「アキ殿、たかだか人間数匹相手に苦戦しすぎではありませんか? 仕方ありません、今回だけは助太刀いたしましょうぞ!」
なんて事を言いながら、不意打ちでモルガナとセーショに致命傷を与えてくれるに違いない。
数秒前、確かに僕はこう考えていた
◇◇◇◇◇
リリーは一瞬でモルガナの上半身全てを喰らった。
セバストさんは一撃でセーショの頭部ははじけ飛ばし、腕をナイフのようにしならせそのまま体を真っ二つに両断した。
瞬く間に肉片へと化した2人よりも、対象を殺す事以外全ての機能を停止したかのような2人の姿が眼に入る。
基本的に笑顔を絶やさなかった2人が一言も言葉を発しないまま人間を殺す光景。
そこに感情は無く、慈悲もなく、容赦も存在しなかった。
その光景にただ1人思考停止する事なく動き出した男は、たった1回の踏み込みで10メートル程の距離を移動し大剣を振るう…… が、そこには既に誰も立ってはいなかった。
部屋中の空気が搔き乱され、視界が闇で染まり上がったタイミングで男のつま先から頭まであらゆる箇所に見慣れた刻印が付けられる。
まずいと思ったのか、分が悪いと思ったのか、僕を人質にしようとしたのか、それともひとまず殺そうとしたのか。
こちらに向かってこようと振り向いた瞬間、ガレンの右足がこの世から消滅した。
恐ろしい事にそれでも構うことなく左足の跳躍力だけで鬼神の如くこちらに飛び掛かってくるが、天井の闇から繰り出された一撃で鈍い音を立てながら床へと叩きつけられる。
その瞬間、床から出現した牙によってもう片方の足も失った。
きっと何をされたのかすら理解できなかっただろう。
せめて相手の正体が分かっていれば対処の仕様があったのかもしれないが、たった今両腕すら刈り取られた今となってはそれすら叶わない。
先ほどまで僕を苦しめていた3人が瞬殺されているのを見ると、こんなに頑張った後で言うのも何だけどもうこの2人に全部任せちゃえばいいんじゃないかなと思ってきてしまった。
「マスター無事ですか!?」
「……この姿が無事に見えるなら、僕はこの先ずっと健康体として見られる事になるけどね」
「それだけ軽口が叩ければ大丈夫そうですな!」
ようやくいつもの表情に戻ってくれたかと思うと、眼だけはまったく笑っていなかった。
気づけば死を予兆するような黒い幻覚も消え、遺されたのは傷口から広がるおびただしい紅い現実。
どうやら死神から見放された僕はまだ生き続ける事ができるらしい。
何とも運がいい。と言うか運だけで今までやって来た節がだいぶあるから、きっと僕は運命の神様とやらに愛されているに違いない。
「おい人間共、薬の類を持って居たらすぐに渡せ。無ければ殺すぞ」
セバストさんが片隅で震えていた聖騎士に、殺意を込めながらそう言った。
顔を真っ青にしながら、おそらく人生で一番効率的に動いたであろう速度でこちらに大量の医療品を運んできた。
いつもより美味しくなさそうなポーション、いつもより色が悪いポーション、いつもより匂いがきついポーション。
その辺に散らばっている砂よりも最悪な味付けとなっていそうだ。運命の神様とやらは一体何を考えて今の僕にこれを与えたんだろうか。
「遅い!」
運んできた聖騎士を理不尽な理由で首を刎ねたリリーの横で、勇気を持ってポーションを飲み込んだ。
まるでジェル状の泥砂を流し込んでいるかのようなのど越し、こんな理不尽な医薬品がこの世にあってはならないと強く思った。
「安心しろ人間、お前らの家族は簡単には殺さない。苦しめて苦しめて苦しめて、死を望んでも生かせ続けてやる」
「地獄での再会を、ゆっくりと待って居ろ」
いつの間にか角に追い詰められた聖騎士達は抗う事も許されず一方的に殺され続けていた。
せめて綺麗な景色であればまだこのポーションも美味しくいただけるんだけどな、なんて思いながら2本目を飲み込んでいた最中に予想外の人間から言葉を投げかけられる。
――クックック、なるほどな。シャドーウルフも吸血鬼もあの時からお前の仲間だったって訳か。どうりでただの勇者にしては都合が良すぎた訳だぜ。
手足をもがれても尚、どこから溢れているか分からない強気を込めながらガレンさんは天井を眺めそう言った。
「これで3対3、更にそっちは聖騎士もいたんですから恨みっこ無しですよ」
「いやいや、別にお前を怨んじゃいねーよ。完全にこっちの不手際で負けたようなものなんだからな」
まるで正々堂々と戦っていたら勝っていたかのような主張だが、ひょっとしたらそうだったかもしれない。
まぁ二度と同じ状況には成らない、偶然かもしれないけど結果的に僕が勝者なのには変わりはない。
「完全に気が緩んでた。油断していたぜ。ヘヘ、そろそろ殺す前に遊ぶ癖もどうにかしねぇといけねぇなぁ」
「ガレンさんに次はありませんよ。命乞いをしても貴方を必ず殺しますので。じゃないと次は確実に僕が死んじゃいますよ」
放っておいても確実に死ぬだろうけど、情報を吐き出してもらったらこの手で確実に始末しておきたい。
じゃないとこの先安心して夜も眠れなくなってしまうだろう。
「――ここで俺は殺される。だけども俺はここでは死なない」
先行き不安で意味深な、そして少なくとも今夜は安眠できなさそうな言葉を確かに僕は聞いてしまった。
「それは怖いですね、でしたら殺さずにずっと生かしておくことにします。もちろん手足はそのままで」
「悪いが戦闘での痛みは大好物だが拷問の苦痛は好きじゃない。悪いが先に逝かせてもらう」
少し離れた場所に飛ばされた大剣が不気味に光りだし、ガレンさんの元へと瞬間移動したと思えばそのまま首を切り刎ねた。
……何を見ているのかは分からない、何をしたのかは分からない、少なくとも僕には自害したと見えるのだが、果たしてそうなのだろうか。
死して尚僕を苦しめようとしているのか、まったく色々な意味で後味が悪い、味覚も悪けりゃ状況も悪くないといけないのか。
念のためガレンさんの細胞を全て液状になるまで叩きつけてもらいながら、僕は残りの薬を不安と一緒に胃の中へと流し込んだ。
◇◇◇◇◇
「応急処置は致しましたが、なんとか歩けそうですかな?」
「膝下からの感覚が無い上にピクリとも動かないです。これ痛覚が戻ってきたときの事を考えると死にたくなりますね……」
「マスター、せっかく助かったのですから冗談でもそのような事は言わないでください」
いつのまにか膝枕をされていた状態で待つこと数十分、傷口の縫いも、ポーションも、全ては本当にその場しのぎの応急処置に過ぎなかった。
超高効率の栄養剤を飲んだからって切断寸前まで切り裂かれた傷が完治する訳がない、結局は医者か魔法の力でも借りなければどうしようもない。
残念な事にここには上等な医者も便利な魔法も存在しない、まったくこのファンタジー異世界はどうも痒い所に手が届かない仕様になっているらしい。
おかしな話だ、もし次があるならばもっと便利な世界に飛ばしてほしい所だ。
「アキ殿、これからどう動きますかな?」
「相手はまだリリーとセバストさんの存在を把握していなかった。ですが結界に入った時点である程度はバレてしまったと思うので対策を打たれる前に動きたいですね。なので今から次に向かいましょう」
鈴の音を鳴らし地上へと転移すると、すっかり景色は夜になっていて上空には星々が煌びやかに輝いていた。
上半身を駆使して一生懸命リリーの背中によじのぼりながら、僕は今日を機にネガティブよりもポジティブに物事を考える事に努力しようと決意した。




