計画的な地獄の再会
計画的に行かないって事は、ついてないって事だ。そしてそれはだいたい1日が終わるまで引きずってしまうんだ。
それならば逆に考えよう、最悪のケースを想定すればいい。
そうすれば、最悪のケースを計画的に考えた僕には最悪のケースが訪れないハズなのだから。
そんなハチャメチャ理論の計画が功を奏してか、何事もなく無事に、そして平穏に聖都周辺の3個目のダンジョンから魔力を回収する事ができた。
いつの間にか地平線がオレンジ色に染まる時間まで魔力を纏い走り続けた僕だけど、なんとも言えない充実感が疲労感を上回ってくれていた。
どうやら聖都からの精鋭数千人で構成された聖騎士隊は配備されず、大地を揺るがす魔法使いとも遭遇せず、殺しても殺しても再生するアンデットの姿も見えないまま、何事もなく無事に、そして平穏に1日を終える事ができそうだ。
これでいい、そう、これでいいんだ。
何も毎日トラブル続きでなくちゃいけないなんて道理はどこにも存在しないのだから。
景色が茜色に染まる頃、ようやく4個目のダンジョンへと到着した。
そのまま最下層に移転し、魔力の塊を吸収する作業へと入る。
何のトラブルもなく終わり「よし残り1個、気合いをいれて頑張って行こう!」と意気込んだその時だった。
――反魔法領域
背後からその言葉が耳に入った瞬間、四方全ての壁が青紫の色へと変化していった。
ギギギと重い扉を開ける音をさせる事なく、そのまま力任せに勢いよく巨大な扉が開けられたその先から、3人の冒険者が姿を現した。
「よう勇者さん、お前はどこから来たんだ?」
がたいのいい男が話かけてくる。
「ねぇねぇ、貴方のスキルはなんだったの?」
その後ろから黒いローブで着飾れた、いかにも魔法使いのような女性が声をかけてくる。
「勇者様、あぁ光の加護を受けた勇者様! 神への信仰に興味はありませんか?」
マルチ商法も真っ青なうたい文句でうさんくさい神官が歩み寄ってくる。
――初日からお世話になったガレンさん、モルガナさん、セーショさん。
想定すらしたくなかった、そして絶対に対峙したくなかった3人の姿がそこに現れた。
「こりゃまたえらい所で再会したな。一ヵ月ぶりくらいか?」
「まさか勇者様がそこから現れるとは! ホッホッホ、いやはや、私達も予想していなかったですよ」
「相手が誰であろうとやる事に変わりはないわよ。アキ、貴方を捕らえさせてもらうわ。抵抗してもいいわよ、苦痛を味わうのが趣味ならね」
空っぽになった思考を叩き起こし、目の前の3人に火属性トラップを仕掛ける。
……が、創り出した瞬間から何故か全てが無効化された。
「そんな顔するなよ、トラップを無効化する魔法くらいあるに決まってるだろ? まさか知らなかったのか?」
「狩人の罠を相手にするのですから、当然の対抗策ですよ、勇者様」
トラップを解除する能力を持つ勇者がいるのであれば同じような魔法もあるのかもしれないとは思っていたけれど、いざ一般常識のように提出されると僕の心はおかしな方向に曲がりそうになった。
「まだこの世界に来て一ヵ月、何も知らないのも無理は無いわよ。この世界はそんなに狭くは無いもの」
「逆に言えば俺達もお前の事はよく分かってねぇ。まぁいいさ、これからじっくり時間をかけてお前の体に直接聞けばいいんだからな」
くるくると大剣を回し周囲の空気を切り裂ながら男は言った。
「俺の名はガレン=フレイズ。城塞都市ゲートラント 第一特殊部隊の隊長だ」
両脇に氷の竜を創り出し、白い吐息を吐き出しながら彼女は言った。
「我が名はモルガナ=バースルミ。第一魔法特殊部隊、隊長よ」
光り輝いた無数の十字架に囲まれた、聖なる神官は右手に聖書を携え言った。
「私の名はファタリテート=ルオータ=フィルテ。第一特殊支援部隊、隊長」
まるでラスボスに挑む勇者のような3人は、薄ら笑いで僕に改めて自己紹介をした。
「貴方は悲しまなくていいし、悔しがらなくてもいい」
「この世界で最強の3人がこの場に集結しているんだからな。あ、酒場の姉ちゃんには内緒だぜ?」
「もっとも、勇者様は残念ながらこの先 会う事すら叶いませんがな」
……どうすればこの場を生きて逃げられるんだろうか、なんて事を今まで生きてきた中で断トツトップに躍り出るくらいに必死で考えた。
闇で纏えばこの反魔法領域はどうにかなってくれるのだろうか、できたとしても転移するには少しの時間と集中が必要だが、その隙を目の前の人達は許してくれるのだろうか。
そんな打算を熟考する前に、一瞬で間合いに踏み込まれ首先に大剣の一撃が繰り出された。
「――やはりお前はセンスがある。勇者なら死ぬ前に足掻いて見せろ」
体が引きちぎれそうなくらいの魔力で力任せに後方跳躍で避け、その影響で死ぬ程痛い強烈な痛みが背中に走る。
センスがあるだなんて、僕を高く見積もりすぎだ。
身近でとんでもない化け物クラスの生命体を見て来たおかげで、今の一撃だってギリギリ偶然に避けられたようなものなのだから。
ついでに言わせてもらえば、魔法が使えない今の僕はほとんど無力に等しい存在だ。
剣の扱いなんて心得ていないし、できる事と言えば力任せに振るう事だけ。
僕は一ヵ月前はただの一般人だったんだぞ? そんな高等技術なんか持っている訳がないだろう、剣道をやった事も無ければ竹刀を握ったことすら無いのだから。
ゆっくりとこちらに歩いてきたガレンさんに、この世界に来て個人的に一番ベストな形で素早く斬りかかった。
それをまるで幼子をあやすかのようにいなされ、鉄のブーツと共に重たい蹴りが僕の腹部へと放たれた。
まるでアクションスターのように口から血を吐き出していると、無慈悲に次の一撃が真横から繰り出される。
反射的に剣で受け止めようとすると、まるでトラックが衝突してきたかのような剣撃で体ごと吹き飛ばされた。
吹き飛ばされている最中に目を凝らすと、3人の後ろには数十人の聖騎士が待機しているのを確認できてしまった。
そこまで大所帯で待っていたという事は、僕の所業は最初からばれていたのだろうか、一体どこでばれてしまったのだろうか。
絶望の上に更に絶望をトッピングしたような状況に、鉄臭い液体だけでなく弱音も吐き出してしまいそうだ。
……あぁ、もうどうでもいい。これ以上考えたって状況は変化しそうにない。
「そろそろ飯の時間だな!」
何度か殺されかけた後に、今までは遊びだったと言わんばかりの比べ物にならない速度で踏み込まれ、お手本のような剣捌きで太ももを両方まとめて切り裂かれた。
切断こそされなかったものの、もはや両足だけでなく全身に力が入らなくなった僕は前のめりに倒れる事しかできない。
死ぬまで手放さないと心に決めていた魔法の剣は目の前に転げ落ち――
――その剣を、僕の希望と共に大剣で粉々に粉砕しながら、ガレンは言った。
「お終いだな! 賭けは俺様の勝ちってことでいいな?」
「買いかぶりしすぎたのかしら。すり傷くらいは付けてくれると思ってたのに」
「ホッホッホ、まぁ相手が悪かったですな!」
どうやら僕はまた賭けの対象になっていたらしい。
なんとも分が悪そうではあるけれど、一応今回は賭けとして成立しているみたいだった。
頬と同化していた冷たい床に、血液と涙がいつのまにか浸みこんでいた。
心と体が全てを諦め体温が徐々に冷たくなっていくのを感じていると、左手がじんわりと温まりだした。
視線を移すと魔王の紋章と追加の刻印が紫色に光っている。
――ハヤクシネ ヨ
――キミモ コッチニ オイデ ヨ
――シンダホウガ ラクダヨ ?
僕を助けてくれるのかと思ったけど、物騒な事を囁いている所を見るとそうではないみたいだ。
どうやらあちらさんもお手上げ状態って事らしい。……左手だけにね。
「簡便してくれよ、そのつまらない芸人魂と根性無しは誰に似たんだ」と右手が囁いたような気がした。
……そういえばアリディラさんがあの魔力の塊とやらは暴走するととんでもない規模の災厄を引き起こすだとかなんとか言ってたっけ。
左手を切り落とせば命と引き換えにこいつら全員を道連れにするのも1つの案。
僕如きの命で将来有望なエリート戦士達を3人も葬る事ができるのであれば、悪くない選択なのかもしれない。
まぁ、トランさんを復活してあげることができなくなり、更に言えばアリディラさんと集合都市を守るって約束も破ることにも繋がってしまう事だけが気がかりになる。
この2人は約束を破ったら地獄の底まで追い詰めてきそうな性格だから、死しても尚楽にはさせてくれそうに無い。
悠長な妄想に我慢できなかったのか、とうとう周りの空間から黒い腕が伸び、体と意識を寄越せと訴えかけながら僕の全身を掴みだした。
……周りの人達が気づいていないあたり、きっとこれは幻覚なのだろう。
これらがダンジョンの最下層で眠っていた物の正体なのか、それとも僕が今まで殺した人の怨念なのかは分からない。
……はぁ、生きるってめんどくさいな。
何度思い描いたか分からない言葉を浮かべながら、僕は一度明け渡せば二度と戻れそうにない闇に意識を手放そうとした。
「あのひよっ子がたった1人でよくここまで成長できたな。そこだけは褒めてやるぜ」
「そうね、てっきりその辺の魔物に殺されているのかと思ったもの。悪運だけはあるのかもね」
……聞き逃せない言葉が眠る直前の耳元にゴロゴロと転がってきてしまった。
……たった1人だって? おかしいな、ここまで計画がバレていたとしたら3人で行動しているのも知られていると思っていたけど。
――今思い出したが、そうだ、僕は1人なんかじゃない。
僕は少し笑いながら、幻覚を打ち消すように左拳を振り上げ、そのまま思いっきり床へと叩きつけた。
血しぶきと共に部屋全体が瞬時に闇に覆われ、部屋全体を隈なく支配してくれた。
――聖なる束縛よ
――氷河の住処へ
そんな状況でも少しも動揺せず、モルガナとセーショは高速で何かを呟くと僕の体は指先1つ動かせなくなった。
「てめぇ、何をしやがった!?」
この空間を創り出しても、そして闇で自身を纏っていたとしても問答無用で束縛されるような魔法を施される。
というかこの闇はなんでも魔法を無効化してくれるんじゃないのかよ、とことん僕をイライラさせてくれるなこの異世界ファンタジーって奴は。
想像通りの最悪なケースが、粛々と進められていく様は気持ちのいいものなんかじゃ決してない。
「こいつをこのまま移送するぞ! おい聖騎士共! さっさと仕事しろや!」
僕の首に剣を突き付けながら、ガレンはそう命令した。
一瞬の隙すら逃さないよう束縛魔法を仕掛け続けている2人の横を、後ろで待機していた騎士達がこちらに向けてぞろぞろと集まってきた。
「お前を甘く見ていたようだ。これから地獄のような拷問を楽しませてやるぜ」
ガレンは勝ち誇った悪者のような口調で、そう言った。
……きっと鏡を見れば、僕も同じような表情をしているんだろうな。
なんて事を、モルガナとセーショの背後に転移した見慣れた2人見て、僕は思った。




