僕とエルフの平和協定
◇◇◇◇◇
「しんどい。しんどい。本当にしんどい……」
窓から差し込む月の光と共に、僕は布団にくるまっている。
静寂の中に聞こえる虫の鳴き声が、この時だけは平穏だという事を教えてくれているようだ。
今日だけでなんとかダンジョンを10個クリア。
残り11個と考えると要するに1日で約半分を消化できた。
これから攻略しなきゃいけないダンジョンは南に位置する魔法都市に5個、西に位置する聖都に5個、北に位置する城塞都市に1個。
つまり残りのダンジョンは、若干の悪意を感じるくらいにはバラバラと配置されているという事になる。
前向きに考えてみよう、現地まで行けば最下層まで一瞬で行ける事が判明した今、特に障害と成り得る物は存在しないはずだ。
あるとしたら、労働基準法を違反し続けている僕の体が明日になって暴動を起こす可能性くらいだろうか。
ただ、間違いなく筋肉痛で動けないと確信していても次の日にはなんだかんだ動かせるのだから、僕の内面は意外と成長しているのかもしれない。
だからきっと、明日も動くのだろう、いや、動かせてしまうのであろう。
僕がおかしいんじゃない、きっとおかしいのは世界の方だ。
このファンタジー異世界、ひょっとしたらその辺のお城を壊しても次の日には何事も無かったかのように元通りになっているに違いない。
……さて、後ろ向きに考えるの止めてそろそろ寝てしまおう。
明日は魔法都市を午前中、午後には聖都を攻略、あわよくば城塞都市に行きそのまま全てを終わらせる完璧な計画。
そんな忙しい予定をこなす僕は、明日に備えて早めに寝付かないといけないんだ。
本来であれば2時間くらい前に寝る計画、それを酔っぱらったリリーとシルヴィアさんに絡まれ、魔王とはどうあるべきかという興味もない議題でセバスト爺さんから説法を受ける事によって台無しにされているんだ。
しばらくお別れという事で豪勢な食事を用意してくれていたアリディラさんには悪いが、よくもやってくれたな、という思いが感謝より優ってしまいそうで僕は自分が怖くなりそうだった。
僕がおかしいんじゃない、今日一日この世界で一番頑張ったであろう、そして明日も頑張るであろう僕をどうしても休ませたくない、そして寝かせたくないと言う運命を定めた神様が悪いんだ。
ひょっとしたらトランさんを封印した勇者とやらの攻撃がもう始まっているのかもしれない、そう考えれば今までの不運、そしてこれからの不運に納得がいく。
なるほどなるほど、戦いは既に始まっていた訳か、それもアチラさんは24時間体制で僕を攻撃し続けて来るって訳か。
やってやろうじゃんか! こちとら3徹を月に5回こなし続けたエリート社畜だぞ? なめんなよこの俺様をよ!? 返り討ちにしてやるぜ!
……さて、いい加減に悪い方向に暴走するのを止めて寝よう。
出口のない迷宮の入り口にようやく思考が戻れた所で、僕は意識をゆっくりと手放した。
その手放したはずの意識を、暴力的に救い上げようとする衝撃が何らかの方法で均等に全身へと響き渡った。
「夜這いにきたぞ、アキよ」
「……アリディラさん、何しに来たんですか?」
「夜這いって言ったじゃろうが」
「……もう眠いので明日の朝にしてもらってもよろしいですか?」
暗くてよく分からないが、おそらく右足で蹴られているであろう暴力が僕の背中に突き刺さってくる。
半分休眠していた上半身を起こして声が聞こえる先へと視線を向けると、緑色の髪を月の光でキラキラと瞬かせているアリディラさんが視界に入った。
「1つ、お願いがあってじゃな」
何やら真面目な話を続けそうな話のトーンだったので、なんとなく僕は眠気眼をこすりながら正座になった。
「儂ももう歳じゃ。昔は雷帝のアリディラなんて呼ばれておったが、今は見ての通り魔力が弱くなってしまってな」
客観的に見れば鬼がフルアーマーでサブマシンガンを両手に担いだような強さに見えているが、どうやら全盛期はもっと凄かったらしい。
なんとも恐ろしい話だ。何かの間違いで200年前くらいにこの世界に来ていたら、どう転んでも僕はきっとただじゃすまなかったに違いない。
「だからの、魔王が復活した後に戦乱の世が再び始まるのであれば、アキ、お主にこの集落を守って欲しいのじゃ」
「……トランさんが復活したらお願いしておきますよ」
「それは当然じゃ、ここまで協力してやってるんじゃからの。だが今はお主にお願いしてるんじゃ」
「僕なんかで良ければいつでも力をお貸しますよ。アリディラさんの為なら全力で頑張りますよ。その為にも、まずは今すぐにでもぐっすりと眠り明日に備える必要性があると思います」
その言葉に満足していただいたのか、口元を緩ませながら僕の肩をポンと叩く。
「お主は独りじゃない。困った時は仲間を頼れ。儂もまたお前の助けになろう」
そういうと、アリディラさんは光と共に何処かへ行ってしまった。
言いたい事だけ言ってこちらの質疑に応じない辺り、知り合って日は浅いけど"らしいな"と僕は思った。
なんだか眼が冴えてしまった僕は、何故か部屋に備え付けられていた"今から始める人間ハント ~拷問編~"を月夜に照らしながらパラパラとページをめくる。
前準備がめんどくさそうな解説を眺めていくうちに、今更だけども一国の王のような存在と軽い気持ちでとんでもなく重い約束をしてしまったのではないか、等と物騒な思考が頭の片隅からすくすくと育っていくのを感じた。
「……寝よ」
このファンタジー異世界で「貴方の特技は何ですか?」という質問が来たら、僕は迷うことなく「現実逃避です」と答えるだろう。
そもそも異世界に来ている時点である意味現実逃避のようなものかもしれない。
そもそも逃避とは何なのか、現実とは何なのか、そんな意味のない考えまで到達したあたりで、僕の意識はプツリと途切れた。
◇◇◇◇◇
朝にはスッキリ目が覚め、軽い朝食をいただいた僕達はすぐさま魔法都市周辺のダンジョンに向かった。
途中、数人の冒険者と出会ったけど、特に深い事情を知る者はいなかった。
……いや、ひょっとしたらいたのかもしれない。
拷問というのは、痛みを与えて情報を吐かない対象には、精神的にいたぶるしか方法はない。
3日以上寝かせなかったり、長時間水責めをしたり、目隠しをして不定期に攻撃を繰り返したりと、なんだかもう拷問という作業はとにかく時間をかけないといけないらしい。
そんなめんどくさい事を出会った人間一人一人にやってられる余裕なんてこちらには当然存在しない。
腕を切り落としても情報を吐かなかったら、残念ながらそこで取り調べは打ち切るしか道は無かった。
「リリー、本当のところを聞きたいんだけど、本当にそれ以上大きくならないんだよね?」
「本当の所を申しますと、本当に分かりません」
どちら側なのかはわからない腕をファーストフードのようにバリバリと食べ歩きながら、彼女は言った。
何やらぶつぶつと呟いている両腕をへし折られた女性の足を引きずりながら、僕は大きくため息をついた。
ダンジョンの入り口で人間の気配を感じれば、潜って脅して殺して食べる。
死神も恐れる凶悪集団の現在地は本日5個目のダンジョン下層、つまりこれを攻略すれば魔法都市周辺のダンジョンは全てクリアしたという事になる。
「……よくよく考えれば、僕達の正体や目的が割れてたらもっと強い人達を送り込んできますよね」
「確かにそうですな、いやはや、気づきませんでしたぞ」
本当かなぁ? なんて考えが頭の中を疾走しようと躍起になっていた所を、僕は止めた。
最近の僕はすぐに疑いの目で見てしまう癖が付いてきてしまっている。
いけないけない、そんな考えに陥ってしまったら人間としてお終いだ。
「リリーこれあげるよ」
「ありがとうございます!」
「アキ殿!? 順番的にそれは私の物だったのではありませんか!?」
渡した直後、流れるよう自然と両腕で首の骨を折るリリーの仕草を見て、なんだかとても美しいなと思ってしまう辺り、実は僕は既に人間としてお終いになっているんじゃないかと思った。
◇◇◇◇◇
帰還の鈴の鳴らしジメジメしたダンジョンから脱出すると、雨だった昨日とは打って変わって、空には雲一つない青空が広がっていた。
ちょうど真上に位置する礼儀正しい太陽が、午前12時の時刻と、今日はスケジュール通りに物事が進んでいる事を丁寧に教えてくれていた。
平和な日常では感じ得なかった些細な幸せ、今ではダイヤモンドの如く僕の心を光り輝かせてくれていた。
「アキ殿、良い知らせと悪い知らせ。先にどちらから聞くタイプですかな?」
ダンジョン潜入前に斥候として飛ばしていたコウモリを取り込むや否や、セバストさんは僕に向かってそう話しかけてきた。
嫌な予感しかしない。いい知らせも含めてなんだか嫌な予感しかしない。
どちらから聞いても僕のダイヤモンドが弾力性の高いスーパーボールくらいにまで落ちぶれる予感しかしない。
「悪い知らせの方でお願いします……」
「聖都から巨大な結界が張られています。そこそこ高位の類かと思われますので、仮に私やリリー殿のような存在が立ち入れば即座に位置がバレてしまいます」
「マスター、確かにそのような気配を聖都の方角から感じます」
「……リリーが言うなら間違いないだろうね」
魔法都市周辺にいる時点でそれが分かってしまうのであれば、説明の通りそれなりに大掛かりのものなのだろう。
……まったく、このファンタジー異世界にきて27日目、いったいどういう訳か分からないが、順調に物事が運んだ事なんて一日たりとも無かった。
「……いい知らせの方は?」
「私とリリー殿にかかればあのような即席で創られた結界を破る事など容易い、という事です」
予想以上にとてつもなくいい知らせだ、まさかセバストさんの口から景気のいい話が聞けるなんて夢にも思わなかった。
別に聖都を強襲する計画なんてないし、するつもりは無い。
そういう大がかりな争いは、トランさんが復活したら魔王としてやってもらおうと心に決めているからだ。
「問題はその結界が常識外れに広範囲でして、既に聖都と魔法都市の中間あたりまで張られている事ですな」
「……それ先に言ってくださいよ! 悪い知らせでしょ!?」
「悪い知らせは2点ありましたので、分割してみました」
「そんなサービス望んでなかったですよ! 僕は美味しい物は最後に食べるタイプなんですよ! 後味悪くなっちゃうでしょ!?」
「ついでに申しますと、聖都と前面戦争を避けるのであれば、これから先はアキ殿1人で行ってもらうしか方法はありません」
「3個もあるじゃねーか!」
雑草の上に溜まった雫を蹴り上げると、そこに小さな虹が姿を現した。
願わくは数十秒前の心境でその姿を拝見したかったし、その程度では今の僕には口直しにもならなかった。
「マスター落ち着いてください。地図をみるとそんなに距離は無いみたいなのですぐ終わりますよ」
「今までと比べればね! リリーの足があればね!」
ダンジョン内で誰かが待ち構えている可能性は考慮していたけど、まさか1人で移動までしなきゃいけないだなんてこれっぽっちも想定していなかった。
それ込みで考えていたし、計画も立てていたし、心構えもしていた。
突然スポーツカーから降ろされて「後は自分で歩けよバーカ」なんて言われたらどんな心境になるのか、きっとこのファンタジー異世界では僕にしか理解する事はできないだろう。
「……僕が危険な目に遭いそうだったら絶対に助けてくださいね」
かくれんぼを開始した虹を眺めながら、僕は2人にそうお願いした。
駄々をこねても状況は変わらない、そんな事はこの世界に来る前から学んでいた。
でも、どうしようもない大人でも、どうしようもないくらいに駄々をこねたい時だってあるんだ。
……トランさんが復活したら、まずは最初に聖都を滅ぼしてもらおうかな。
それくらいの駄々なら、きっと神様も聞いてくれるはずだよね。




