ショートカット・ダンジョン
「よくも好き勝手に暴れてくれたなこの人間風情がッ!」
無事に最下層までたどり着いた僕達の前に、ボロボロの黒いドレスを身に着けた女性が姿を現した。
眼球が無い点と、そこから涙のように血を流している点、そして空中に浮かんでいる点を除けば普通の人間に見えるような魔物は、明確な敵意を持ってこちらに殺意を飛ばしてきた。
「魔物って喋れるんですね。初めて見ました」
「魔に落ちた大妖精、元と辿れば人間の魂と言われているくらいですからな。と言いますか集合都市に住んでいる獣とは会話できていたではありませんか」
「ついでに言えば私も喋ってます」
言われてみればそうだな、なんて納得しながら一歩一歩近づいていくと、バンシーが手を掲げながら詠唱を始めた。
――我に集え 腐敗の劫火 全ての敵を地獄へと招く 恐怖の檻!
「……本来であれば炎と共に幻覚が見えるはずなのですが、何の変化もありません。魔王様の力とはそれほど大きいものなのですよ」
「状態異常が効かないとはますます便利ですね。この世界に来てから一度もお腹を壊さなかったのも魔王のおかげなんでしょうか」
「それは少し違うのでは」
バンシーのかっこよさそうな魔法が見えないのは少し残念ではあった。
僕は右手に剣を握り、約1時間程かかったダンジョンの探索に終止符を打つ準備をする。
「な……なんなんだキサマラは! 何故魔法が効かぬのだ!」
眼がついていればきっと見開いていたであろう表情で、バンシーは大声で叫んだ。
そのまま別の魔法を唱えていたが、どうやら状態異常に特化した魔法しか扱えないようで僕達には何の効果も無かった。
「ついでに申しますと、バンシーは倒してもこの世界のどこかで復活します。昔は不死身の転生者とも呼ばれていたらしいですな」
「なんだか物知り博士みたいですよね。勉強になります」
「無限に食べられそうですけどあまり美味しくは無さそうで残念です」
射程範囲内にバンシーを収めた僕達は、全身に魔力を流し込む。
「どうか、来世では頑張ってください」
いつの間にか頭部と胸元がこの世から消え去ったバンシーに、追い打ちをかけるように光の剣で斬り込んだ。
元を辿れば人間の魂とやらは、どんな徳を積めばこんな目に遭うのだろうか。
もし次に会う機会があれば、参考に聞いてみたいと僕は思った。
◇◇◇◇◇
ダンジョン外は湯船にトロールが飛び込んだような衝撃が常に降り注ぐ大豪雨。
ダンジョン内は水を大量に吸い込んだ鉛のような衣類引きずりながら片道1時間もかかるハイキング。
流石の魔王の紋章も水や湿気までは吸い込んでくれないみたいで「じゃあ雨が止んだら出発しましょうか」とは言わなかった数時間前の朝食を呑気に食べていた僕を軽く問い詰めたい気分だった。
――はーはっは! 無限に存在する罠を乗り越えよくぞここまでたどり着いたな小物共よ! 聞け! そして刻み込め! 我が名はダークマジ……
「うるせーな! めんどくせーダンジョン作りやがって! さっさと死ねよ!」
セバストさんが胴体、リリーが頭、僕が最後に光の剣でとどめをさした。
さようならダークマジなんとかさん、二度と僕の前に現れないでいただきたい。
「……疲れた。 これでやっと6個目? ですよね? はぁ、もうやだ…… 凄く疲れた……」
「この辺りで残るダンジョンは残り4個ですな、頑張りましょう。なぁに、既に魔法都市分は半分も終わらせているのですからもう少しの我慢ですぞ」
ダンジョン3個目あたりから辛すぎて考えるのを止めた僕は、残り4個もある現実に絶望を覚えた。
魔物自体はそれほど強くない、だけども最下層までの道のりが長すぎる。
1時間も硬い石の上を歩き続ける体を残念ながら僕は持ち合わせてなんかいない。
そりゃそうだ、約一ヵ月前まで無職でぐーたら過ごしていた正真正銘の怠け者だったのだから。
「マスター大丈夫?」
「ダメ! 大丈夫じゃない! 全然大丈夫じゃない! 僕は疲れたよ! だから休憩しよう!」
ダンジョン奥の魔力を回収していく毎に、2人はますます元気になっている。
反比例するように、僕はどんどん元気がなくなっていくこの状況。
不公平だよトランさん、なんで僕にも元気を分けてくれないのだろうか。
「……アキ殿、転移トラップは行っていない場所と遠い場所には使えないと申してましたな」
「そうですよ? 紋章を持っているセバストさんとリリーの元へは行けるようですけどね。 ……あ! なるほど! 2人だけでダンジョンを攻略してもらい、着いた頃に転移すればいいって事ですか!? 凄い、というかなんで思いつかなかったんだろう! こんな簡単な事になんで考えが至らなかったんだろう! ありがとうセバストさん! ナイスなアイディアですよ!」
何故か顔を逸らしながら、ポリポリと頬をかきながらセバストさんは続けた。
「……いえ、私の古い友人は行ったことが無い場所にも転移することができましたぞとお伝えしたかったのですが」
「だから無理ですって。まず転移先の想像がつかないと僕にはダメみたいなので」
「封印の部屋は全ておなじ作り、そして非常に分かりやすい目印となっている巨大な魔力の塊。これらがあれば大丈夫かと思った次第でございます」
……何を。一体何を馬鹿な事を言っているんだ、そんな便利な魔法がこの世に存在する訳が無いだろ。
そう思った僕は休憩をキャンセルし、すぐさま帰還の鈴を使って雷雨の中で希望の光を目に宿しながら次の目的地を目指した。
7個目のダンジョンに到着する事には、指先が雨を吸い過ぎてしわくちゃになっていた。
そんな指先を地面に触れながら、最下層の見慣れた部屋を思い浮かべた。
――転移の罠
雨音が聞こえなくなった事を確認、ゆっくりと目を見開くと、そこには見慣れた部屋と魔力の塊が浮かんでいた。
◇◇◇◇◇
「僕、セバストさんの事嫌いになりそうですよ。ひょっとして最初から知ってて口にしなかったんじゃありませんか?」
瞬時に7個目を攻略した後、ダンジョンの入り口で雨宿りをしながら僕はセバストさんを問い詰めた。
「いえいえ、決してそんなことはありませんぞ。ついさっき、偶然思いついたのです」
「……マスター、そういえばコイツ朝食に全然手を付けてなかったですよ。いつもは完食してるのにほとんど残してました」
左目を見開きながら「あぁ!?」というような表情をしながらセバストさんを睨みつけると、血色が良くツヤツヤした顔色がどんどんと青ざめていった。
「300年分の空腹が満たされて無いからって僕を利用してません?」
「決して! 決ッして! このセバスト、神に誓ってもそんなことは致しておりませぬぞ!」
「じゃあ魔王にも誓えるんですね!?」
「ぐぬぬ、それは……」
「誓えねーんじゃねーか!」
全身に魔力を流し込み、足元に転がっていた小石を怒りに任せて粉砕する。
ここまでやられて人に当たらない僕は、きっと来世ではいい人生が送れる事だろうと確信した。
「ふっざけやがって! 2人は規格外の身体能力だからいいさ! 僕は人間だ、ついでにいえばまだこの世界にきてから一ヵ月も経ってない人間なんですよ!」
「アキ殿、貴方は勇者であり魔王の盟友ですので、身体能力は人間とは比べ物になりませ――」
「心の問題も言ってるんだよ! 2人はあちこちに美味しそうなご飯があっていいですね! 僕はなんだと思います? はい、ここにあるのは何日前に買ったかも覚えてないくらいに古い干し肉でーす、もう食べ飽きちゃってまーすってコラ! なんで僕だけ仲間外れなんだよ!」
「……マスターは生肉食べられない」
「知ってるよ! リリーには悪いと思ってるよ! 移動は全部リリーに乗っちゃって罪悪感あるから! ごめんね! 僕が能力低くって! ダメなマスターでごめん!」
「そんなことはありませんぞ」
「貴方に言われたくないんですよ! 目の前で美味しそうにチューチューチューチュー吸いやがって! なんだ? 移動で体力使ってないのでアキ殿のご飯は必要ないですぞ(笑) とでも思いながら飲んでたんですか?」
干し肉で口内の水分を奪われ、びしょ濡れになった体で言葉を続けた。
「僕はね、今日一日中我慢してきたんだよ。みんなも我慢してると思ったから我慢したの。でもね、最後になって「実は転移できるのでは(笑)」なんて言われてみてくださいよ。どう思います? あ、答えなくていいですよ、分からないと思いますのでね!」
「アキ殿、聞いてくだされ。これには地獄より深い理由があるのです。私は魔王ミクトラント様の教育係、そして直属の部下なのです。そんな私が弱ったままの状態でアキ殿の足を引っ張る訳には行きません。これから勇者と戦い、そして偽の魔王に挑むのです。ならば体力を回復して戦力の増強を図る事こそが、魔王様を救出する最良の手段ではありませぬか? それに……」
「それに?」
「弱った情けない姿を魔王様の前に晒す事など、私は己を許せませぬ!」
「行きつく先はそこじゃねーか! アンタの地獄浅すぎだろ! そうだ思い出した! アリディラさんは「アキが居ればすぐ終わるだろうがな」って言ってたの思い出したよ! なんかすっごく頼られてるなーと思ったら転移が使えるからだよ! という事は当初の予定はやっぱり転移ありきだったんじゃねーか!」
右手に剣を構え、左手には火属性トラップを三重に仕掛ける。
ダンジョンの石畳を光で馴染ませながら、僕はセバストさんへと一歩踏み出した。
「アキ殿!」
その姿を見たセバストさんは、岩が壊れるくらいの速度で額を地面に叩きつけながら、こう言った。
「この事は! この事はどうか魔王様とアリディラにはご内密にしてはいただけませぬか!」
「……二度とこのような事が無ければ内緒にします」
「ありがたき幸せでございます!」
そのまま無言でダンジョンの外に出てみると、先ほどとは打って変わって晴れ晴れとした景色が広がっていた。
この急激な天候の変化は、心の広い僕へのご褒美として神様がくださったのか、それともわざわざダンジョンを攻略しなくてもいいと分かった僕への嫌がらせなのか。
どちらなのかは知る由もないが、なんだか自然にも舐められているようでいい気分はしなかった。
「マスターは優しいですね」
「いや、トランさんが復活したら全部まとめてチクるけどね」
残念な事に僕は人間であり、仏なんかじゃない。
とりあえず今はやり場のない怒りを雑巾絞りへの力へと変化させ、服を乾かす事に全力を尽くす事した。




