必殺料理人
「魔物とまったく会いませんでしたね」
「我々の前に現れるような魔物がこの辺りに住んでいればよかったですな」
集合都市から一番離れたダンジョンに到着するまで、豪雨で全身お風呂上りのようにベチャベチャに濡れてしまった以外には特に大きなトラブルは無かった。
抜いても抜いてもどこからか湧き出てくる水が靴に侵入していき、歩く度にペチャペチャと不協和音を奏でながら奥へと進んでいく。
不快極まりない状態だが、それも今日までの辛抱だと割り切れば意外となんとかなりそうだった。
「アキ殿、最短ルートで行きましょう」
セバストさんの影から無数のコウモリがダンジョンの奥に向かって羽ばたいていく。
率先して歩くセバストさんの後ろを、僕とリリーは保護者に連れられるようにして歩いていった。
「マスター、この先にどうやら人間がいるようです」
先ほどから僕の隣で殺気を放っている理由を述べるように、少し興奮気味にリリーは言った。
1時間くらい前にお腹いっぱいになるまで朝食を食べたはずなのだが、一体どんな胃袋をしていたらそんな食卓に座った直後のような顔ができるのだろうか。
そんな彼女に僕は「じゃあ気を付けないとね」とだけ言って、ペチャペチャとリズムを刻みながらダンジョンの奥へと進んでいった。
大剣を弾く鋼鉄の皮膚を纏った怪人、ガリオン。
火属性魔法を扱うカボチャの魔物、パンプキンジャック。
集団で行動し、敵に抗う隙を与えずに殺す亜人、ゼノーガ。
どれも人間が恐れるそこそこ屈強な魔物。
そんな魔物達が、先ほどから道の端っこで土下座をしていたり、壁と同化するように全身を張り付けてこちらの歩む道を妨げないようにしていた。
「物わかりの良い魔物で助かりますな」
これ以上無いくらいに怯えている魔物に同情を覚えてきてはいるが、いちいちそれを気にしていたらこの先やっていけないだろうと確信し、一切気に留めないようにする事を僕は数分前に決めた。
「なんだかお腹が空いてきました」
「私も分身を飛ばしすぎて少々喉が渇きましたな」
ビクビクッと電流が走ったかのように魔物達が体を大きく震わせながらこちらを向いた。
続いて狂暴な2人が僕の顔を見ながらゴクリと喉元を動かした。
「……お好きにどうぞ」
広いダンジョンのあちこちから阿鼻叫喚の叫びが響き渡る。
僕は初めて、魔物に可哀そうだなと心の底から同情した。
◇◇◇◇◇
デパ地下のように魔物の試食をしながら階段を下りていくと、見慣れた空間が目の前に広がった。
通称セーフルーム。最初は罠だと思っていたけど、事情が分かれば休憩している冒険者から気づかれないように魔力を吸い取るダンジョンの胃袋のような場所だと分かる。
ちなみにここにたどり着くまでの道は人間だけに見えるようになっていて、魔物だけが見えるセーフルームが別に存在しているらしい。
「7人ですか、意外と大量ですね」
そんな豆知識を悠長に思い出していると、目の前で冒険者グループが束の間の休息を取っていた。
「何者だテメェら!」
強面の男の声を聴きながら、僕は左手に持った闇の剣を床に突き刺し、辺り一面を黒く染め上げる。
「僕は今喋った男だけでいいので、残りは分け合ってください」
その言葉を言い終える前に、横にいた2人は嵐のような静けさで冒険者へと襲い掛かった。
右胸から先が無くなった人、首が足元に転がってしまった人、お腹に巨大な穴が空いてしまった人。
ようやく全身が渇いたというのに、2人は血液を豪雨のように浴びながら血肉を喰らっている。
「ヒィィィ! 許してくれェェ! お願いだァア!」
僕は足元からペチャペチャと音を立てながら、戦意を喪失した男を罠で縛り上げ足元に転がっていた短剣を右足に突き刺した。
久々に感じる血液の生暖かさを右手に感じながら、ぐりぐりと血肉をえぐりながら絶叫を上げる男へ言葉を投げかける。
「どうして大荒れの中にわざわざここへ来たんですか? 誰かに命令されて来たんですか?」
「何が聞きてえのか分からねぇが俺らはこの嵐なら集合都市の奴らに見つからずに済むと思って来ただけなんだ! あ、あんたらが何者かは知らないが、決して邪魔をしようとした訳じゃねぇ!」
……しまった、この人が本当の事を言っているのかどうかを確認する為に後2人くらい生かしておけばよかったのかもしれない。
辺りを見回すと首と胴体がお別れをしている人間以外は、既にどちらかのお腹の中に引っ越してしまった後みたいだった。
「本当の事、言ってくれませんか?」
左目を眼球に向けてナイフを突き刺すとゼリーが潰れるような感触が指先に伝わってくる。
本当に何も知らないのか、それとも僕のやり方が甘いのか。
何も知らないの一点張りな男を足元から火属性トラップで炙りながら、僕は答えの分かりそうにない拷問をしばらく続けていた。
「マスター、さっきから何をしてるんですか?」
「聖都と城塞都市の偉い人を捕まえた時に、こうやって情報を引きだせたらなって思ってたんだけど……。ダメだ、僕には全然向いてないみたいだよ」
"ゴブリンでも分かる! 拷問入門 ~初級編~"なんて本が図書館にあれば良かったけど、そんな本は当然存在しなかったし、そもそも存在してたとしてもそれを読んでたら危険人物扱いされそうで人目のある場所で読めそうにない。
……ひょっとしたら集合都市にならあるかもしれない。"これ1冊で全てが分かる! 人間拷問総集編!"みたいな物騒極まりなさそうな本が。
「ではこういうのはどうですかな」
ご機嫌そうなセバストさんは数メートル先に帰還の鈴を放り投げた。
「おい小僧、あそこまで辿りつけたらアレを使っても良いぞ」
下半身に重度の火傷、右足の太ももをナイフで刺され、片眼を失った男がダンゴ虫のように必死に赤と闇で染まった空間を這いつくばる。
……一歩間違えばあの場にいたのは、ひょっとしたら僕だったかもしれない。
と言うか、まさか攻略しているダンジョンの後ろからラスボス級の魔物が襲い掛かってくるだなんて普通の生活をしてたら絶対に思いつかない。
このファンタジー異世界は気を付けなきゃいけない事が物騒なくらいに多すぎる。
お母さんの言いつけを守るいい子ちゃんは、女神様からチートスキルでも貰わない限り絶対に異世界転移なんてしちゃだめだよ。
僕は元の世界に行く機会があったら、そう子供達に伝えてあげたいと思った。
「それを使う前に貴様が持っている情報を残さず吐き出さんか馬鹿者」
「ほ、本当に何も知らねえんだ…… あんた等が何をしているかも知らねぇし、何を知りたがってるかも分からねえんだ。 ……もういいだろォ! たずげてくれよオオォォォ!」
もう少しで鈴を手を付けようかとした所で、セバストさんは容赦なく男の背中を潰す勢いで踏み込んだ。
本当に何も知らずに、ただただ偶然に僕達と遭遇してしまったんだとしたら同情してしまうと言いますか、日頃の行いが壊滅的に悪すぎると言うべきか、何と例えるべきか、いや、もうこれ以上考える事は精神衛生上とても良くない事だと思うから止めておこう……。
「僕はセバストさんと敵同士じゃなくてよかったって、心の底から思いましたよ。ほら、もうその男を開放してあげましょうよ」
セバストさんが足を離すと、昼飯代くらいで購入できる帰還の鈴を伝説の宝物のように男は大切そうに握りしめた。
そのままこちらに振り向かずに魔力を込めて鈴を鳴らす……が、何度も何度も発動を試みるが帰還の魔法は発動しなかった。
「この空間って魔法だけじゃなくて魔法具も無力化するんですね」
「魔法具は単に魔法を封じ込めた道具な訳ですからな。当然と言えば当然でしょう」
非常に便利な魔王の紋章、そりゃ魔王だからね、しょうがないよね。
1人で大勢を相手にしなきゃいけないんだから、それくらいの便利なスキルを使えなくちゃやってられないよ。
「マスター、コレもう用済みですか?」
「そうだね、争わないで2人で仲良く分け合っていいよ」
「では年長者という事で私が上半身を貰いますかな」
「は? 勝手に決めないでください。新入りなのですからここは先輩に譲るべきです」
争わないでと言った直後に争い始めるこの人達は一体どんなコントを始めようとしているんだろうか。
仲裁しようとも「じゃあアキ殿を食べてもいいんですかな!?」なんて具合に巻き込まれそうで非常に怖い。
とは言えここで2人に争われて怪我でもされたら、これから先の旅で僕が困るハメになる。
「――じゃあこうすればいいんじゃないですか?」
剣を右手に持ち替え、逃げようとしている男の背後を光の剣で左右平等に両断する。
せっかく気を付けていたのに、体のあちこちにべっとりと赤い血が吹き付けられた。
その甲斐あってか、我ながら見事に切り分ける事ができたな! なんて誇った表情で後ろを向くと物凄く悲しそうな2人の表情を確認できた。
「アキ殿、貴方は魚を捌く時に何も考えず左右対称に一刀両断してしまうような人間なのですか? 卵を殻ごと調理する料理人なのですか?」
「そもそも内臓は左右対称じゃないので均等に切られてないです……」
「血がこんなにも流れ出てしまって! しかも汚物があちこちに付着してしまっているのではりませんか! まったく、二度と食べ物を粗末にしないようにして頂きたいものですな!」
「できれば生かして食べたかったです……」
ぐちぐちと文句を言いながら、2人は仲良く協力して解体を始めた。
「……ごめんなさい」
今の僕の心境を30字以内で答えなさい、という問題がテストで出されたならばきっと全員がバツを付けられるだろう。
だって、もうなんだか、当事者でもこの何とも例えがたいモヤモヤとした心境は理解できないのだから。




