反撃の狼煙
「ダンジョン最下層に存在しているのは魂じゃ。単純に魔力の塊と呼ぶべきものなのかもしれん」
昨日の晴天とは一転して小気味良いリズム音を立てながら雨が降り注ぐ。
僕は昨日1日かけて調べてくれた調査内容を2人から食後のお茶を味わいながら聞いていた。
「ダンジョンの中で息絶えた命、規模を考えればダンジョン外の魂も一定範囲から回収しているようにも思える」
「紋章に追加の紋を加えるなぞ、並大抵の魔力ではありませんからな」
「問題はあの各地のダンジョンをどうやって創り出したかじゃが、そこまで辿ると話の次元が違ってくる。当時の勇者達による能力が何なのかを知らなければこの問題は解決せぬ」
「とりあえずはこれで勇者を数多く召喚している事に理由がつきますな。力が拡散され弱体化しているとは言え勇者を殺すことで良質の力が手に入る」
「魔物を倒し力を得た勇者の魂ほど美味そうな魔力はなさそうじゃの。ま、それだけの理由では無いとは思うがな」
「同時期に出現した偽りの魔王も当然、勇者を鼓舞しおびき寄せる罠と考えるべきですな。当時の勇者達が何らかの手段を用いてダンジョンと同じように創り出した存在と考えるのがしっくりきます」
徐々に激しくなっている雨音の中でもハッキリと聞こえる2人の話を聞いて、僕は命がけでもこの場所に来てよかったと心の底から思った。
僕だけでは何年かかってもたどり着けないような真実を、たった1日でここまで暴いてしまうのだから。
「僕には勇者の身でありながら、まるで悪魔のような所業をしているように聞こえます…… が、理由が見えないですね」
「なんだと思う?」
「集めた魔力を吸収してから魔王を倒す…… だと思っていたんですけど、だんだんと分からなくなってきました。当時の勇者が300年も生き続けられる力と経験があるならば、こんな長い時間を必要としなくても魔王を殺せると思うんですよね」
300年前の時点で対等以上に渡り合う事が出来た4人の勇者、そんな奴らなら少なくとも数十年あれば軽く魔王を凌駕する力を手に入れられるハズだ。
ましてや数多くのダンジョンを創り出したり、高度な封印を施したり、魔王の眼を用いた剣を創り出すようなチート性能を持っているなら尚更だ。
「その勇者達が人間と変わらない寿命を持っていたとしたらどうじゃ?」
「前提がおかしくなりますよ。だとしたらとっくの昔に死んでいて封印は解かれている事になります」
「魔王様を封印、正確には戦闘態勢の魔王様を封印する力を持った勇者。そんな存在が自ら望んで自身を封印していたら? しかも時の流れに干渉されないような高度な封印だとしたらどうでしょうかな」
「……つまり魔王を封印した後に自分達も封印。ダンジョン奥にある魔力がある程度溜まったら封印を解いて回収し、確実に魔王を倒す計画だって事ですか?」
「アキはその莫大な魔力を既に5つ手に入れている。過小評価しているのかもしれんが1つでも取り扱いを間違えれば巨大な爆発と共に周囲を巻き込む魔力暴走を引き起こすレベルじゃ。今無事でいられるのは、魔王の紋章が庇ってくれているだけじゃ」
「これだけの魔力量、魔王様を倒す事だけが目的では無いようにも見えますな」
知らない内に僕はこの左手にずいぶんと助けられていたらしい。
とんでもない魔力を秘めているようだが、僕には何の恩恵も受けられていないように感じる。
ちょこっとくらいは影響しているのかもしれないが、そんな危ない橋を渡っていたのなら全てを圧殺する重力魔法くらい習得しても罰は当たらないような気がした。
「人間の間では魂を刈り取る死神 デストースが現れたと伝達があったらしいな。昨日儂の所にもその情報が届いた」
「気づいていますかな?これは魔王様から受け継いだ【魔王の宣告】の能力によって勇者を殺すだけでなく、魂まで破壊しているアキ殿の事ですぞ」
「本物が最後に現れたのは230年前。当時の空は闇で覆われ、雨が血のように紅く染まり降り注ぎ続けた。今それらの現象が見えないという事は、現れたと言う話はデマという訳じゃな」
窓の外を見ると、終末が訪れたと言われたらすんなり納得するくらいの雷が鳴り響いている。
どうやらこれ以上の酷い天候がこの世界には存在するらしい。
大統領に用意されているようなシェルターが用意されてくれるならば、是非ともその光景を一度くらいは見てみたいものだ。
「……難しいです」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら目を丸くしたリリーが90度に届きそうなくらいにまでクビを大きく傾けていた。
「つまり整理すると、トランさんを封印した勇者は自身も封印し、今も何処かで生き続けている。その理由はダンジョンの奥で永年かけて集め続けた魔力を手に入れて万全の状態で魔王を倒したいからさ。死神が現れたぞーって面白くもない嘘を知らせたのは、本当に現れたと勘違いしているのか、勇者の魂が壊されたので安易に死神のせいだと思い込んでいるのか、それとも本当は現れてなんかいない事を知っていてこれを言っているのであれば、それは勇者を殺し続けている僕への警告なのか……」
「さらに重要なのは、魔王を倒す気なんてない癖に多数の勇者召喚に賛同していた聖都ヘブリーン、城塞都市ゲートラント。こやつらは魂を破壊されている事実にどういう訳か気づいているという事じゃな。つまり300年前から起きている事の真相を知っている者がいるという事じゃ」
改めてよく考えれば、それが一番の障害になる。
この世界の何処かに、どういう訳か魂という次元で管理をしている奴等がいるって事だ。
勇者として召喚されてきたタイミングになにかされているのだろうか、現時点では何も分からない。
……今までは身を潜めながら魔王を復活させればいいと思っていたのに、どうやら巨大な都市国家なんかを相手にしなければならない可能性がでてきた。
「アキ殿、今までの話が全て真実だとは限りません。しかしながら各地のダンジョンで魔力を奪い、その後に直接、偽りの魔王を問いただす以外に道は無さそうですぞ」
「そうじゃな。人間側はまだこちらの意図と存在に気づいていない。 ……もしくは気づいていないふりをしているのかもしれんが、まぁそれしか選択肢はあるまい」
仕事前に栄養ドリンクを飲んで気合いを入れるサラリーマンのように、僕は目の前の熱いお茶を一気に飲み干した。
綺麗に洗われた鎧のような服の裾をビシっと伸ばし、席の後ろに立てかけた剣を腰に携えながら僕は言った。
「そうと分かれば今すぐにでも行きますか」
「そうですな、私も参りましょう」
「当然マスターについて行きます」
黒色から一瞬にして海の底でも燃え盛るような紅い眼を光らせながら、2人は僕に続くように席を立った。
改めて思うけど、この2人本当に敵じゃなくてよかった。出会ってたら一瞬で殺されるか命乞いするに違いない。
そんな事を考えていると、ジト目でアリディラさんが僕の事を不思議そうに眺めていた。
「……いや、お前の事じゃから雨が降っているので晴れてから行こう! とでもぬかすのかと思ってな」
「僕ってそんな怠け者に見えてました?」
基本的に僕はたとえ電車が止まったとしても、猛吹雪だったとしても、大地震が起きたとしてもあらゆる手段を用いて必ず出社する程の社畜魂が宿った働き者だ。
……いや、そんな当たり障りのない言葉よりも「愛する者を救うのであればたとえ地獄の業火が燃え盛っていたとしても僕は助け出します! こんな天気へっちゃらです!」みたいなそんな歯の浮きそうなセリフを期待していたのかもしれない。
そんな心拍数が上がりそうなノルマを期待していたのであれば、この世界のどこかにいる純粋で真っ当な勇者さんにでも任しておきたい。
「アキ殿、これが現在判明しているダンジョンが示されている地図です」
「この辺りに10個、魔法都市に10個、聖都に5個、城塞都市に1個…… 思ってたより少ないですね」
「奥に封印の扉がない物は記載されておりません。一番奥まで行けていない物はセーフルームの有無によって判断されているようですな」
「マスター、この数なら私の足を使えば1日で1都市分は余裕で回れますよ」
「とりあえず今日はできるかぎりダンジョンを攻略して、その結果を見て明日からの計画を立てようか」
雲をつかむような旅から一変、ようやく宝地図を元に財宝を探し出すような夢のある明るいファンタジー異世界冒険記になりそうだ。
冒険と言うのはこうでなくちゃならない、もし人生に二週目があるならば神様には最初からこんな感じの盛り上がりでお願いしたい所だ。
「アリディラさん、図々しいのを承知でお願いなのですが今夜もお世話になってもよろしいでしょうか?」
「あぁ分かった、温かい食事と温泉を用意しておく。しっかり者のアキがいればすぐに終わるだろうから早めに準備させよう」
敵は勇者だか聖都だか城塞都市だか何だか知らないが、自ら望んで召喚した勇者にズタボロにされる己の姿を想像した事はあるのだろうか。
恐らくした事なんてないだろうし、していたとしてもそれを現実と信じる人はいないだろう。
僕と魔王の復讐協定。
豪雨と共に雷が鳴り響く中、ようやく世界に牙を向ける事ができた3人の冒険がようやく始まった。




