原住民との交流日記
「女は黙って夫に従えばいいんだヨォ!」
「その言葉は黙るくらいの稼ぎを家に入れてから言うんだね!」
昨日、僕とセバストさんが戦った同じ場所で暴力と暴言をノーガードで交し合っている1組の夫婦が決闘を開始した。
虎とゴリラを足して2で割った後にゾウを足したような猛獣同士が血を流しながら戦うさまは圧巻としかいいようがない。
1つ文句を付けさせていただけるならば、目の前に防弾ガラスのような人道的な配慮をした対策をいますぐにでも取って欲しい。
「主役がいないんじゃ締まらねえ」
そう言われて捕まった僕、そして隣に目の前の夫婦から生まれたとは到底思えない小さな可愛い女の子と共に、何の遮るものの無い最前列で世紀末感溢れる勝負を怯えながら眺めていた。
「今月3回目の夫婦喧嘩だな」
「あの奥さん常勝無敗だからな。賭けが成立しなかったわ」
勝った事がないのにあんな偉そうな言葉を並べながら僕を襲おうとしたのか、恐ろしい猛獣だな。
そしてその巨体に無敗を誇る奥さんはもっと恐ろしいな。ご縁が無ければ絶対に近づきたくない生命体だよ。
今気づいたが、頻繁に決闘しているという事は隣で怯えている女の子は、夫婦にではなく、僕を見て怖がっている可能性があるのではないだろうか。
人間を見たら殺せと評判の集合都市アクアコット、そこで育った子供であれば人間がどれだけ凶悪なのか色々と盛られて教え込まれているハズ。
そんな教育を受けていた対象が隣にいたら、僕だったら号泣しながら裸足で交番に逃げ込む自信がある。
「お菓子でも食べる?」
僕がそう聞くと、彼女は少し迷った後に髪をなびかせながら首を横に振った。
こんな状況にしてしまったお詫びに何かプレゼントをしようと思ったが、どうやら彼女は受け取ってはくれないみたいだ。
僕は商魂たくましい売り子さんからお菓子をいくつか購入し、そのうち1個を口に放り込みながら彼女に聞こえるようにこう言った。
「お腹がいっぱいになっちゃったなー。でも捨てるのはもったいないなー。誰か貰ってくれないかなー?」
なんで捨てちゃうの!? みたいな驚いた表情をした彼女に、半ば無理矢理にお菓子をプレゼントした。
幸せそうにもきゅもきゅと食べる所を見ると、どうやら嫌いな食べ物ではなかったみたいだ。
僕が言うのもなんだけど、知らない人から食べ物を貰ってはいけませんとよく教えておくべきだと思った。
ようやく緊張を解いてくれた女の子と一緒にお菓子をもぐもぐ食べていると、巨大な岩の欠片が怪獣対決の余波を受けてこちらに向かって飛んできた。
隣に座っていた女の子を腕に抱え、予め建物の屋根に設置しておいたトラップへと転移する。
今日と言う残念な休日、このまま無事で済むはずがないと確信していた僕の勘が良い方向と悪い方向で見事に的中してくれた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「……うん」
お風呂で回復した体力がごっそり持っていかれたけど、その甲斐あって無傷で助ける事ができたようだ。
辺りからパチパチと拍手が沸き上がっているが、これは見世物じゃないしそんな余裕があるなら少しでもいいから助ける素振りくらいは見せてほしかった。
「貴様ァァア! 娘に何手ェだしてんじゃァァア!!」
お父さんが鬼の形相を更に怖くしながらこちらに向かって襲い掛かってきた。
その後ろから、更に四割増しくらいに悪魔のような表情を創りだしたお母さんが腕を振り回しながら後を追っていた。
「アンタのせいでしょうガァア!!!」
この世の全ての破壊音を凝縮したような音と同時に、大きな体のお父さんは目視できない位置まで流れ星のように吹っ飛んで行った。
今日という日まで、この猛獣と出会わなくて助かった。神様ありがとう。
今夜から寝る前に神様へ1日の無事を感謝してから眠る事をここに誓います。
◇◇◇◇◇
「マスターなんだかんだで楽しそうですね」
「まぁいい意味でも悪い意味でも気分転換にはなったかな。贅沢を言えば僕はずっと自分の部屋に引きこもっていたかったけどね」
僕が純粋な勇者だったら、美女との混浴ドッキリやポロリハプニングがあったに違いない。
あったらあったで困るんだけど、毎回毎回殺されかけるのに比べればそっちの方がいくらかマシだと思う。
「はて、平和に1日が終わったように聞こえましたが、では先ほどの騒動とは一体何が引き金だったんですかな?」
「あれから色々あって女の子に懐かれたんですよ。小さな祭りが終わっても離してくれなくて、お母さんからのお願いもあって家まで送ったんです。それでも僕から離そうとすると号泣しながらとんでもない力でしがみつくので、仕方なく一緒に寝る事にしたんですよ」
「ほお」
「そこまでは平和だったんですよ。……遠くまで飛ばされたお父さんが朝一番で帰って来て、僕と女の子が一緒に寝ている所を目撃してしまった所まではね」
僕はソレに気づいた瞬間、寝る前から用意してた転移を使用しそのままダッシュで逃げる…… が、いとも簡単に追いつかれてしまった。
逃げながら設置したトラップを目印に、殺意を振りまく猛獣から繰り出される必殺の一撃を喰らう直前に転移する。
一歩選択を間違えれば死ぬような選択を、僕は目が覚めた直後から涙目になりながら数分間も繰り返しやらされるはめになった。
「みんな笑ってますけど、マジで笑いごとじゃないんですよ…… リリーとセバストさんが騒動に気付いて助けてくれなかったら、そしてあまりにも不憫に思ったのか知らないけど周辺住民の方々が守ってくれなかったら僕は多分この食卓には居なかったですよ」
このファンタジー異世界の住民は日常的に命のやり取りをしているせいか知らないけど、感覚がおかしすぎる。
僕が人間だってのを差し引いても、色々な加減が大きく間違っているような気がする。
「カー! カッカッカ! そいつはとんだ1日だったのう!」
何が面白いのか分からないが、テーブルをバンバンと叩きながら爆笑しているアリディラさんは過呼吸に陥っていた。
それを無視するように平日より疲れた休日を乗り越えた僕は、ようやく用意された美味しそうな朝食を「いただきます」と地獄の奥底から聞こえるような声を出してからゆっくりと口にした。




