貴重な休日を台無しにする不思議な手順
この世界に来て何を成し遂げましたか? という質問を面接官から投げつけられたら、軽く1時間はしゃべり続ける自信がある。
感想文であれば20万文字以上は堅い。この世界に来てまだ一ヵ月も経過していないが、改めて考えると僕は働きすぎだと思う。
調べものをしているセバストさんとアリディラさんには悪いけど、今日くらいはのんびりさせていただこうと思った。
時には休息、そして立ち止まる時間も必要なはず。気分は曇りだが空は快晴、太陽の下をゆっくりと歩いて少し元気でも分けて貰おう。
……と思っていたのだけれど、どこを歩いても四面楚歌のように鋭い視線が僕の体に突き刺さってくる。
よくよく考えてみれば、昨日の夜に殴り込んで殺し合い目前まで行った人間が今こうして無防備にのんびりと歩いているという大変奇妙なこの景色。
ここは異種族の大都市アクアコット。今現在、僕だけが唯一の人間であり、昨日まで全住民から倒すべきターゲットとして認識されていた、なんとも面白くない状況だった。
そんな好奇な視線をなるべく気にしないように暗示をかけながら美しい庭園をリリーと散歩していた、その時だった。
「アキ様ー!」
背後から聞こえた声に反応し、体が向き終わる前に横っ腹へとてつもない衝撃が僕に襲い掛かってくる。
ついさっき食べ終えた朝食が行ってはいけない方向になだれ込みながら、受け身も取れない勢いと共に地面へと押し倒された。
「こんな所で会えるなんて奇跡ですわー!」
僕もリリーも十分周囲を警戒していたハズなのだが、その警戒網をいとも簡単に抜けてきたその正体は白銀の髪にツインテールの美しい女性だった。
砂まみれになった体でなんとか彼女を押しのけ、喉元までお出かけしていた朝食を飲み込みながら僕はすぐさま反論した。
「僕の記憶が正しければ、貴方とは面識が無いはずですけども……」
背後のリリーから放たれてるであろう怖い気配に対して誤解を解くように、シンプルで分かりやすく彼女に伝える。
すると彼女は空高く飛び上がりバク転をすると、一瞬で白銀の狼へと変身した。
「……ん? ……あ、あぁ! 山賊に捕まってたあの時の!」
「忘れないでくれたのですね! 先日は助けていただいたというのに何もお礼できずに申し訳ありません!」
魔法都市に行く前に、ベルさんと一緒に捕らえられていた狼達のボス。
偶然にも、いや必然かもしれないけど、どうやらここの住人だったみたいだ。
まぁそんな事はどうでもいい、どうでもいいからそろそろ僕への拘束を解いてあげてほしい。死ぬ。マジで死ぬ。君は軽いハグのつもりでキメているのかもしれないが、人間の僕にはまるでプロレスラーから殺す気で技をかけられているようにしか感じられないんだ。
「お礼とかいらないので、まずは頼みますから開放してくれませんか!? めちゃくちゃ体が痛いんですけど!?」
「あぁ! 憎むべき存在の人間なハズなのに、時間が経過すればするほどアキ様への思いが月の高さまで積みあがっていくのです。そして今改めて気がつきました! これが愛なのですね!」
理解した、こいつ人の話を聞かないタイプのアレだ。善意で人に迷惑を振りかけちゃうようなアレな人だ。
アレを理解した僕は、命がけで転移トラップを発動させて隠れるようにリリーの真後ろに退避する。素晴らしい。体育会系的に叩き込まれた昨日の特訓が次の日には命を救ってくれるなんて。でも絶対に感謝なんかしてやらないぞ。
そんな僕の心象を知ってか知らずか分からないが、リリーとは正反対の白いワンピースドレスの裾を両手でクイッと持ち上げてお嬢様ポーズをする銀髪の彼女。
……狼って人型になるとみんな同じようなワンピースドレスを着ているのかな? それは大変好都合な情報だ、つまりこれと似たような姿を見たら迷わず逃げろって事なのだから。
「神なんて信じていませんが、これはもう運命と言わざるを得ません!」
「……さっきから何を言ってるの?」
「アキ様、いますぐ結婚しましょう!」
人生で初めてのプロポーズがこんなにも嬉しくない場面で放たれるなんて女神様でも予測できなかっただろう。
男としてプロポーズするのではなく、されるってのも如何な物かと思うけど、どうやらそんなくだらない事を悠長に考えてる時間はないらしい。
「マスターどいてください。そいつ殺せません」
「リリー、殺すのはダメだよ。相手と場所をよく考えてよ……」
特に場所を考えてくれと願いながら、僕は白銀の額に刻まれたマーキングを遮るように彼女達の間に立った。
なんで僕がこんな事をしているのかは分からない。分からないけど、この場から1秒でも早く逃げたい、開放されたいという願望だけははっきりと理解できた。
「結婚と言っても、僕は君の名前すら知らないんだけれど」
そうお断りすると、クルクルっと回転しながら彼女はにこやかに口にした。
「申し遅れました、私はシルヴィアと申します。向こうに美味しい茶菓子を用意してますので一緒に参りましょう!」
左手を掴まれる。痛い。握力が凄すぎて握り潰されてしまいそうだ。
「ダメ」
右手を掴まれる。痛い。負けじと引っ張るその力に僕の体が悲鳴をあげている。
そして追い打ちをかけるように周りから注がれる視線が僕の心臓を刺す。
胃が痛い。ついでに頭痛が酷くなってきた気がする。僕は死ぬのか。ひょっとして僕は今ここで殺されてしまうのか。
「退きなさい黒狼。私達の関係に入り込む隙はありません」
おかしいな、僕にはとてもガバガバに見えるんだけど。
「殺されたくなければいますぐその汚い手を離せ銀狼」
隙あらばマーキングして殺そうとするのやめてください。
……ちょっとまって? 今日は休日だよね? 休日のはずなのになんで僕は大量に変な汗をかきながらこんな酷い目に遭ってるの?
意味が分からないよ、どうして外を歩いただけでこんな目に遭わないといけないんだよ。
前世で何か悪い事でもしたのか!? いや、したな。自殺ってきっと悪い事なんだよね。参ったよ。本当に参った。自業自得かよ。なんだよ、意味分かんないよ……。
「ガキには理解できないかもしれませんが、アキ様は私の初めてを貰った相手なのです! 正真正銘の妻なのです!」
思い当たる節がこれっぽっちも存在しないシルヴィアさんの発言に、この場だけでなく都市全体がざわつき始めた。
「おいまじかよ、人間が高貴なシルバーウルフ相手に……」
「見た目と違って凶悪なのかもしれねーぞ」
「俺シルヴィアちゃん狙ってたんだけど…… 何者だよあいつ……」
言いたい放題言ってくれているが、僕は何も貰っちゃいない。
「はっ! もしかしてペロっと顔を舐めた"だけ"の事を言っているんですかぁ?」
「そうですが何か?」
……リリーそこから先は言っちゃいけない。止める間も無く、彼女はその先を口にする。
「マスターは硬いキマイラの肉を咀嚼してくださり、そのまま私に口移ししていただきましたけど?」
「なんですと!!」
「おいまじかよ、人間が高貴なシャドーウルフ相手に……」
「知ってるか? 人間と一緒にいたあの爺さん、アルディラ様の幼馴染で、更に300年前は魔王直属配下の超エリート吸血鬼だったらしいぜ」
「あの人間はそれを倒しちまったって事か!? 俺らとんでもない存在に喧嘩売っちまったんじゃねーか?」
「キマイラを素手で殺したってマジかよ、怖すぎだろ……」
言いたい放題言ってくれているが、僕は人間だぞ。
というかなんで素手で殺したって事になるんだよ、昨日ちゃんと剣を使って戦ってただろ。見ろよ、見てよ、お願いだから察してよ……。
「口移しくらい、そのうち私だってやって貰えます!」
「……11回」
「は?」
「マスターは私に11回も口移ししていただきました」
あの状況でよく数えられたね!? しかも端数まで覚えてるなんて僕は恥ずかしすぎて死んでしまいそうだよ。
くそ、この短時間で僕は何回死ねばいいんだよ。いっそ意識ごと殺してくれよ。
「そもそも! マスターと私は!」
くるくると蝶のように舞いながら右腕をバシッと効果音がなりそうな勢いで天にかざすリリー。
「この紋章で! 常につながっているのデス! 一心同体なのデス!」
日曜の早朝に放送されるアニメのようなモーションで、今日一番のいい顔をしながらリリーは彼女に言い放った。
今日どころか、ここ最近で一番の笑顔なのかもしれない。
あんな笑顔ができるようになったんだな、最初に会った事とはえらい違いだよ。
可能であれば、その笑顔をこの状況以外で僕に見せて欲しかったよ。
「くっ…… 今日の所は負けを認めますわ!」
甲子園で負けた高校球児のように勢いよくがくっと膝を折り、顔を天に仰ぐシルヴィアさん。
いつの間にか勝負が始まっていたらしい、僕にはまったく理解できなかった。
「マスター! 勝ちました!」
そりゃおめでとう。よく分からないけど心からお祝い申し上げるよ。
僕は何も考えず、とりあえず頭を撫でてあげた。
「アキ様! 負けました!」
そりゃ残念だったね。よく分からないけど心からお詫び申し上げるよ。
僕は何も考えず、とりあえず頭を撫でてあげた。
「アキ様、彼女をお借りしますわ」
「どうするの?」
「女には女同士にしか話せない事がありますの。リリーとやら、さっきの口移しの件とやらを詳しく聞かせてください」
その話せない事とやらを僕は聞いちゃったけど?
「仕方ありませんね。一部始終を全てお話ししてあげます」
一部じゃないじゃん。それ全部じゃん……
そんな気力のないツッコミを入れようとした瞬間、2人は忍者のように一瞬でどこかに行ってしまった。
巻き込むだけ巻き込んで、この扱い。凄いよね。僕には一生かかっても真似できそうにないよ。
……よくアニメや漫画で主人公が複数の女の子にモテるハーレム物あるけどさ、実際同じような目にあうと、すごく胃が痛くなるよ。
なんかもう、よく分からないくらい胃が痛い。胃が痛いよ。
ファンタジー異世界に到着して間もなくハーレムになってる人間が本当に存在していたとしたら、僕はその人を尊敬するね。
そしてご教授願いたい。どうすればそんな鋼のハートが手に入るんですか? ってね。皮肉じゃなく、比較的マジで聞いてみたい話だよ。
「どちらを選ぶことなく、両方を手に入れたぞ…… あいつ一体何者なんだよ……」
「さっき聞いた話だが、アリディラ様が人間のいる食堂にわざわざ出向いたらしいぞ。しかも人間の名前を口にされたらしい」
「あのお方が認めたって事か? ……とりあえず謝っとこうぜ。何されるか分かったもんじゃねーよ」
全方位から多くの気配がぞろぞろと僕に近づいてくるのを感じる。
すぐさま僕は自らの願望を足元に描き、深く息を吐きながら魔法の言葉を口にした。
――転移魔法の罠
リリーとセバストさん付近の場所以外に転移すると、船酔いのような気持ち悪い感覚と吐き気がしてしまうのは覚悟していた。
覚悟はしていたが、イコール我慢できるという事では残念ながら無い。
少し前に食べた朝ご飯を大地に還元しながら、押し倒された時に付着した砂を力の入らない両手で払い落とす。
そして目の前に存在している、昨日僕に用意された寝室へと真っすぐに入って行く。
綺麗にたたまれた布団を広げ、僕は逃げるように毛布をかぶった。
「……寝よ」
この世界に来て25日目、初めて休日らしい休日のハズだった大切な1日。
……いや、もはや何も言うまい。そして何も考えたくない。
誰とも話さず引きこもっている事こそが最良の行動なのだと結論付けた僕は、明日の朝までひたすら眠りにつく事を涙目になりながら強く心に決めた。




