正義のヒーローVS悪の秘密結社
自分より遥か格上の強敵に勝つ為にはどうすればいいのだろうか。
弱点を狙う、不意を突く、多人数で囲みボコボコにする、なんて都合の良い言葉だけがスラスラと頭上に浮かんでくる。
これから戦う相手は、残念ながら弱点なんて分からない、一対一で隙を見せてくれる相手でも無い、リリーに手を出すなと言ってしまった以上1人で戦うしかない。
ギリギリな勝負が大嫌いな僕がこんな危なげな状況に身を投じてしまった訳だけど、これからはもっと先を考えて行動していかなくちゃいけない。だけども、時には譲れない戦いがある。
……なんて事を考えても何も進展なんかしない、とりあえずは久々に自分の状況を整理してみる。
――復讐者の進化
戦闘時、対象への憎悪が大きいほどスキル所有者の能力が強化される
対象を殺害した場合、対象の能力の一部を奪う。対象への憎悪が大きいほど、奪う力が強化される
――狩人の罠
魔力に応じた魔法の罠を生成する
トラップ周囲の気配を察知することができる
――魔王の宣告
勇者を対象に発動
頭に手を触れ、死を宣告することで魂を破壊する
僕の能力は3個もある訳だけど、その中の魔王の宣告はコイツには通用しない。
となると、直接的な攻撃手段は狩人の罠だけとなってしまう。
凄い、いつもと何も変わらない戦いだ、状況を整理した意味がまるで無い。
せっかく唾を飲み込みながら中2病全開の能力を思い出したのに、なんの進展もない。酷い話だよこれは。
夜の冷たい風が僕を冷やかすように吹き付けている最中、セバストさんが長い髭を整えながら問いかけてくる。
「では、どのように決着をつけますかな」
「お互い、降参した方が負けにしましょう」
魔王の紋章がある限り、僕は目の前にいる邪悪な吸血鬼に殺される事は無いだろう。
その保険は、今の僕にとってだいぶ心強い唯一の味方だった。
吸血鬼なくらいだから、ひょっとしたら「血を吸った物の行動を操る」なんて洒落にならない能力を持っているかもしれないが、最悪な状況をいくら考えたってきりがない。
石橋を叩きすぎて壊れてしまっては本末転倒なんだ、どんどんネガティブな事ばかり考える癖はそろそろ治さなきゃいけない時期なのかもしれない。
――血の固定砲台
こちらがグズグズしている隙を見て、セバストさんは見る限り隙の無い、まるで正拳突きでも繰り出しそうな構えをする。
その所作はまるで年季の入った1つの芸術のようにさえ感じた。
――発射
そこから黒い砲弾のような物が正確無比に超高速で放たれる。
当たったら痛いでは済まなそうという事は、一目見るだけで判断する事ができた。
……つーか迷いが無さすぎるだろ! 少しは迷うか戸惑えよ! 悪魔か! 悪魔だったなそういえば! とびっきり偉い悪魔だったわ!
――復讐者の転移!
セバストの背後に転移し、光の剣を真横から力任せに斬りつける。
それを確認して超反応で前方に回避したそのセバストさんの足元には、転移する前から仕掛けていたトラップが置かれている。
――業火の罠!
周囲の冷気と共に焼き尽くす。憎悪と共に勢いを増すその炎の大きさをみると、僕は思っている以上にイライラしてたんだな、という事が分かった。
5階建てくらいの高さまで上り詰めた炎に、追加で薪をくべるように次々と火属性トラップを送り込む。
……本来転移する場合は時間をかけて集中する必要があるが、魔王の紋章で繋がれた場所であるならば話は別だ。
そんなのは、今日の夕方から泣きたくなるまで叩き込まれた事だ。
更に復讐者の進化による強化があるんだから、今なら食事をとりながら片手間に転移できる自信がある。
完全に隙をつく事ができた僕は、意気揚々と燃え盛る炎を眺めながら勝利に酔おうとした。
「人間相手に少々大人げないですが、少し本気を出しましょう」
……魔王直属の部下なんて肩書は、中ボスの中でもトップクラスの勲章。
そんな大層な物をぶら下げている存在がそんな簡単にやられる訳がないだろう? とでも言いたそうな雰囲気を辺りに漂わせながら、業火の渦からゆっくりと姿を現してきた。
――血の重装鎧
傷口からあふれ出た大量の血が、西洋のお偉いさんもビックリするような赤黒いフルアーマーを形成する。
業火の罠を受けてもビクともしないような鎧は、まるで要塞の周りをさらに固める鉄壁のような存在だった。
すぐさま転移し背後から頭を叩き割るように剣を振り下ろすが、鎧に触れた瞬間に反発し合う磁石のように弾かれてしまう。
ホッホッホと薄ら笑う声と共にこちらを向いた不気味な老兵は、両手を空に掲げ追い打ちをかけるように言い放つ。
――そして集え、眷属達よ
この言葉が合図となり、辺りに潜んでいた数多くの小さなコウモリが1つの空間に集い始まる。
気がつけばソレは1つの生命体となり、牛のような大きさになったコウモリは目の前に置いてあった石像を軽々と一口で跡形もなく噛み砕いた。
まるで次はお前だとでも言わんばかりの紅く光った眼は、完璧にこちらを視界に捉えている。
冗談だろ!? という言葉を発しようとしたその瞬間、その大きさとは裏腹にとんでもないスピードでコウモリが襲い掛かってくる。
明日に訪れる筋肉痛の事なんか考えずに、全身に力を駆け巡らせて後方に逃げる……のではなく、戦略的撤退を試みる。
――発射
羽虫が泣いているような音量だったが、確かに嫌な言葉が僕の耳を訪問したかのように感じた。
いつの間にか左方向の建物に飛び乗ったセバストが、最初にくり出した冗談で済まされない砲撃を僕の逃げようとする方向へと打ち出していた。
前に進んだら死、それ以外の方角を進むと後ろから追ってきている凶悪なコウモリに食べられて死。
まさに八方塞がりの危機的状況、唯一の逃げ道は敵兵への瞬間移動しか残されていないが、十中八九それを誘っているに違いない。
――復讐者の転移!
ただ、使うしかない。選択肢がない。ほんの僅かでも助かる可能性があるのであれば使わざるを得ない。
そんな無力な人間を嘲笑うかのように、気づけば転移を使わされた僕に向けて重い一撃が横っ腹に向けて放たれていた。
……ぐわんぐわんと、まるで雲に乗っているのかと思う程に視界が定まってくれない。
周りに木片がばら撒かれている所を見ると、どうやらベンチか何かがクッションになってくれたらしい。
いや、むしろ何も無かった方が受け身も取れたかもしれないし、転がる事でダメージをより軽減できたかもしれない。
何はともあれ、あんな2階程の高さから蹴り飛ばされても死ななくなったこの体にまずは感謝の意を表したい。
「マスター負けるなー! 頑張ってー!」
少し遠くからリリーが手を振って応援してくれている。
こんな酷い目に遭っているのに一切助けようとしてくれないなんて薄情だなぁ! ……いや違うな、あれは「一切手を出すな」という僕の命令を忠実にこなしてくれているだけだ。完全に僕が悪い。
考えたくはないけど、もし同じ場面に出くわしたなら「僕が死にそうになったら助けてね」という一文を次からは付け加える事にしよう。
「まだまだ勝負は始まったばかりだよ! さぁーはったはった! アリディラ様の幼馴染であられる魔王直属の実力者セバスト、そしてこの集落に無謀にも殴り込みを仕掛けてきた勇者と呼ばれている人間との闘いだ!」
「金色猪の目玉、緑鶏のスープ、他にもいろいろあるよ~! 夜食に! 観戦のお供に! いらんかね~!」
「1つずつくれ! ついでに大穴狙いで人間に3口賭けてやるぜ!」
気づけば大勢の野次馬がスポーツ観戦の観客のように集まっていた。
「お前に賭けているんだから死んでも立て!」「もう立ち上がるな、そのまま死ね!」なんて無責任極まりない言葉がどんどん僕に投げつけてくる。
「ホッホッホ、これはますます負けられませんな! ――私の名はセバスト! 魔王様の側近であーる!」
いい年こいた爺さんが戦隊物みたいなポーズで観客の期待に応えている奇妙な光景を見上げながら、僕は社畜時代に学んだとある標語を思いだした。
トラブルは 焦る時ほど慎重に 冷静沈着対処しよう。
……トラブルなんて状況は九割九分の確率でお客様が激高しながらこちらを焦らせる状況しか無いのだが、そんな口うるさい人間がいない状況でコレを思い出した今、一生役に立たないと思っていたこの社畜標語が役に立つ時が来たのかもしれない。
試しにしばらく冷たい地面で頭と体を冷やしてみると、あの調子に乗っているなんちゃって赤レンジャーを倒す簡単な方法を思いついてしまう。
つーかなんでこんな簡単な方法を最初から実践しなかったんだよ数分前の自分よ! 頭に血が上りすぎだろ! クールにいこうぜ、クールに!
「……おのれ紅き騎士め! 我輩はまだ負けた訳ではない! 悪の秘密結社がそう何度もヒーローに負け続けると思うなよ! 勝負はまだまだこれからだ!」
余裕ができた僕は火属性トラップで辺りを大爆発させ、正義の味方に向かって悪役っぽいセリフを口にしながら闇の剣をクルクルと回し、悪の総大将のようなカッコイイポーズを決める。
こちらも負けじと行った観客サービスで、最前列で眺めていたチビっ子とリリーの顔はとんでもない量の笑みで溢れていた。
「あくのていおうー! がんばえー!」 「あかきしー! まけるなー!」
……300年待ち続けた絶対服従の吸血鬼と、300年の想いを背負った魔王と勇者の力を持った人間。
いい年こいた2人のおっさんの、この後「後日、子供向けの劇をやってはくれぬか?」とアリディラさんからお願いされる戦いが今、再開する。




