器の小さい襲撃者
「寒い…… 寒いよ……」
思い返してみれば、今まで毎晩温かい宿屋でくつろぎながらゆったりと過ごしていた。
夜中に外で行動するだなんて、このファンタジー異世界世界24日目にして初めての事だった。
2人と別れて約2時間が経過。
特に騒ぎになっていない状況を見ると、どちらも見つからずに任務を遂行しているみたいだった。
できればそのまま見つからずに、このしんどい任務を明日に引き延ばしたい、そんな考えを寒さをしのぐように三角座りで身を縮めながら待っていると、暗闇から元気なセバストさんが姿を現してしまった。
「見つかったんですか?」
「見つかりましたが、遠いですな。先ほど試した転移可能距離の数倍はあります」
「なら仕方ありませんね、今日の所は諦めますか」
「いえ、空を飛んでいきましょう」
コウモリ状態は非力だから僕を乗せて空を飛べる事ができないって言ってたような気がするけど、どういう事なんだろうか。
まあ飛べるならそれでいいや、地上にうじゃうじゃ彷徨っている敵兵に見つかる事なく移動できるなら、それに越したことはない。
「じゃあ、安全運転でよろしくお願いしますね」
逃げていても、怯えていても自然に状況が改善される事なんてない。
僕は心強いガッチリとしたセバストさんの背中に乗りながら、これから始まる潜入任務に備えて気合いを入れた。
「分かりました。では行きますぞ」
――血の槍砲台
そうセバストさんが唱えると、僕の全身が赤紫色の魔力で覆われ始める。
まるで槍を投げるような姿勢をしながら、僕の体を両手で支えた。
「は!? 何してるんですか!? 何するつもりなんですか!? 砲台ってなんだよ!? ちょっと待ってください!」
「今からアキ殿を現地までお届け致します。舌を引っ込めないと危険ですぞ!」
「黙ってたほうが危ないわ! 貴方の初めて披露する技はこんな形でいいのか!? 良くないだろ!? 今すぐ止めろ!」
足掻こうにも、既に魔力で束縛されている僕は何の抵抗もできない。
「では、現地でお会いしましょう」
「いいから止めろ! 今すぐ止めろ! お願いしますやめてください、死んでしまいます!」
――発射
心臓が止まるかの勢いで、僕はこの異世界に来て初めて、空を飛んだ。
――――。
目の前に広がるは見慣れた星空。
それが幾分が大きく見えるのは気のせいだろうか、いや、気のせいなんかじゃない。
現実を見るように視線を下ろすと、そこには江戸時代を近代化したような和風な街並みが見える……ような気がする。
建物は木材でできており、屋根は黒、建物自体は赤が象徴……のように見える。
そこら中にあるぼんぼりが、周辺を明るく照らしている……かもしれない。
高速で飛ばされていく自身、景色、そして思考。
こんな現状で冷静にいられる人物がいたとしたら、是非とも弟子にしていただきたい気分だ。
いや、弟子になんてなりたくない、むしろ関わり合いたくない。
二度とこんな状況になんかなりたくないし、備えたくもない、こんな酷い目に遭うのは僕だけでいいし、今日だけでいい。
気づけば懐かしいリリーの気配を感じる事できた。
この慌ただしく最悪な1日を終わらせる事だけを考えながら、全身から溢れる汗と一緒にリリーの元へと転移していった。
◇◇◇◇◇
視界に飛び込んできたのは、耳の長いいかにもエルフっぽい人物とその従者数名。
畳が敷かれている和式で食事中の気品溢れるエルフの首に、半ば混乱しながらもしっかりと剣を突き立てる。
「……すみません、ちょっと、お伺いしたい事、があるのですが」
命を脅かしながら放つような言葉ではない、そんな事は理解していたが冷静ではない頭ではそのセリフしか思い浮かばなかった。
まぁ些細な事だ、どうでもいい。今日という日を、さっさと穏便に終わらせて静かに眠りたい、その考えしか疲弊しきった僕の頭には存在しなかった。
「森が騒がしいと思ったら、やはりきたか狼藉者め!」
「やはり人間は愚かだな! まんまと罠にハマりやがった!」
エルフの姿が歪み、煙と共に猿の姿へと変化する。
ここ最近で一番魔法っぽい物を、一番見たくなかったタイミングで目撃してしまった。
「我らの長に簡単に近づけると思っていたか? マヌケが!」
……影武者? 影武者かよ!? 作戦バレバレじゃねーか! あのコウモリ野郎ふざけやがって!
なんて愚痴る隙も与えられないまま、襲い掛かってくる3匹の1撃を、全力で後方に跳躍する事でなんとか回避する。
僕がいた場所の畳は、見るも無残な姿に変わり果てていた。
タイミングよく影から飛び出したリリーの背中に飛びついて、僕達は窓を破壊して無理矢理部屋から脱出する。
このまま外まで走り抜けようと考えた瞬間、まるでお昼時のように上空が明るく光りだす。
……照明弾!? 光魔法!? 準備が良すぎだろ! いや準備していたんだろうけどさ!
そんな天気の良い夜空の中、豪雨のように降り注ごうとしている矢を見つけるのに大した労力は必要なかった。
流石にもうだめだと思ったが、死に物狂いで走りゆくリリーの俊足ですんでのところで回避する。
轟音と共に崩壊した建物を確認する余裕も無く、前へ、ただ前へと逃げ続ける。
そんな状況を更に想定していたかのように、目の前にはトロールのような何かが突如目の前に現れ、少しでも触れれば殺されるような殺意が込められたパンチが正確無比に放たれた。
――火属性の罠!
巨体を後ろに吹き飛ばし、殺意の軌道をずらすことで間一髪で避ける事ができた。
さすがのリリーも少し驚いたのか、最高速度を保っていたスピードに大きくブレーキがかかる。
その隙を逃さないように、大量の魔法のまるで流れ星のように飛んでくる。
――闇の剣!
ハイギアでアクセルを踏み込みながら、剣を左手に持ち替え、周辺を闇で覆い魔法を飲み込んでいく。
……熱い! 冷たい! そして痛い!
絶え間なく降り注ぐ魔法全部を吸収できる訳がなく、飲み込み損ねた火と氷の破片がバンバン体に突き刺さってくる。
足止めを喰らっていると、上空から巨大な何かが隕石のように降り注ぎ、逃げ場のないように僕達の四方を囲んだ。
前方には腕が4つもあるゴリラ 左右には殺す気満々の狼と虎、後ろには切れ味のよさそうな剣を持った猿がそれぞれ立ち塞がってくれた。
どいつもこいつもキマイラ程ではないにしろ、馬鹿みたいにでかすぎる。
こんなに統率のとれた魑魅魍魎の軍隊、どうせなら映画館でポップコーンでも食べながら観客として眺めたかった。
……つーか、どうして僕が毎回被害者のような形で絶体絶命の場面に陥るんだよ! 神様これはあまりにも酷すぎません!? 僕が何か悪い子をしましたか? いやしましたけども!?
リリーから飛び降り、とりあえず剣を構えながら状況を確認しようとすると、目の前のゴリラが高く飛び上がった……と思いきや、背後から大きなゴリラの背中を蹴り飛ばしながらセバストさんが乱入してきてくれた。
わあ! なんて心強いんだ! と喜びたい所だが、前方の視界が開けた先に、数百匹規模の軍隊がこちらを睨んでいる風景を目撃してしまう。
この日一番見たくない物を見てしまった、見なくても現実と状況は変わらないんだけども、せめて、せめて心の準備をしてからゆっくりと覗き込みたかった。
「……だからゆっくりと説得していけばいいって言ったじゃないですか! 無理だったんですよこんな作戦!」
「今それをいいますかな! はっはっは! 何年かかるかわかりませんぞ」
「……怒ってる場合でも、笑っている場合でもないですよマスター」
3人で背中合わせになりながら文句を言っていると、痺れを切らした敵兵さんが武器を構えながら怒鳴ってくる。
「何を笑ってやがる! 狂いでもしたか? 貴様らはここで死ぬんだよ!」
「……グルヴァァ!!」
リリーの眼と牙が紫に染まり、視る物全てに死を直観させる。
「若造如きが調子に乗るでないわ!」
セバストさんの牙が伸び、翼を生やした吸血鬼が辺りの空気を凍えさせる。
「死んでたまるかこの野郎!」
左手の剣を地面に突き刺し、辺り一面を闇で染め上げる。
……絶体絶命の状況、というか殺される、絶対に死ぬ、ひょっとしたらこの2人が上手くやってくれるかもしれないけど、僕はソレに巻き込まれて高い確率で死んでしまうだろう。
なんとなく剣を闇にして脅してみたけど、ちょこっとしかビビッてくれない。
なんで恐れないんだよ、コレ自体に殺傷力無いから怯えて逃げてくれないとすごく困るんだけどどうしてくれるんだよ……。
というかどうして2人は殺る気満々でいるんだろう、相手の数を見ればどう考えても無理でしょこれ!?
僕はもう知らない、逃げるよ、でもどうやって逃げよう、建物の中に入って籠城すればいいかな、でもお構いなしに建物ごとバンバン撃ってきそうだしな! くそ! くそ! なんてこった!
……はぁ、ため息しか出ない。まるで金銀飛車角全て奪われた将棋を打ってる気分だよ、打つ手がない、あるのは死に直結する降参だけだよ。
――だけど、ここで死ぬ訳にはいかない
――この体と命は既に僕だけの物じゃない。
――返さなければいけない、果たさなければいけない約束がある。
小さく震えた体を抑え、右手でゆっくりと剣を構えた。
命を懸けたこの戦いに全てを賭ける覚悟ができた ――その時だった。
「やめぬか馬鹿共!」
雷撃の炸裂音と共に現れたのは、緑色の長髪に白銀のドレス特徴の綺麗な女性。
空に浮かんでいる所だけを見れば、まるで神の使い、そして天使のような容姿。
数秒後に戦争が起こるこの場所に、戦女神のように彼女は降り立った。
「ア……アリディラ様!」
周りで息巻いていた魑魅魍魎の軍団員全てが、彼女に向けてひれ伏した。
よく見れば美しい緑髪の間から、長い耳が姿を見せている。
どうやら僕は、この大軍と追加でラスボスとも戦わなければいけないらしい。
胃が痛い、そして心臓が痛くて仕方がなかった。
「相ッ変わらずじゃのう! セバストよ! いい加減普通に尋ねる事くらいできんのか貴様は!?」
「ホッホッホ! アリディラにはこうでもしないと会えませんからな!」
「……は?」
リリーと僕は口をあんぐりとさせながら、仲良く言葉を交わしている両方の顔を交互に見つめていた。
「知り合いなんですか?」
「幼馴染ですぞ」
「……はぁ!?」
「皆の者、そ奴らは敵ではない、武器をおろせ」
波が引いたように、統率のとれた動きで兵士達は引き潮のように次々と闇の中へと消えていった。
「夜も深い。今日はもう寝ろ。また明日話す。以上じゃ」
端的に言葉を発し、一方的に瞬間移動で消えていったエルフの長。
それに続けて侍女っぽい姿をした数名のエルフがこちらに歩み寄ってくる。
「温かいお部屋をご用意しております。どうぞこちらへ」
トコトコと可愛くお辞儀をしてくれる、まるでお人形さんみたいなエルフさん達。
……なんて、そんな事はどうでもいい。僕はセバストさんの顔を睨みながら唾を吐き出すように言葉を発した。
「セバストさん、最初から知っていたんですね?」
「アリディラを訪ねる際はいつもこのような形で、不意の来訪者に対応できているか確認しているのです」
「はぁ、そうですか……」
なんとも自分勝手な人である。
きっとこうやって周りの人を困らせ続けて来たのだろう、トランさんはなんでこんな奴と契約なんか交わしたんだろうか。
もっと他に良さそうな魔族は居なかったのかな。深刻な人材不足、じゃなくて魔材不足だったんじゃないかと心配してしまうレベルだよ。
「アキ殿、本日はもうゆっくりを体を休めてから、明日はアリディラに色々と聞いてみる事にしましょう」
我先にと楽しそうに僕の前を歩きだすセバストさん。
そんな彼に、気づけば僕は右手に全身で、全力で、ありったけの魔力を込めながら、力任せに首筋目がけて光の剣で斬りかかった。
もう少しで真っ二つにできる所まで斬り込んだ瞬間、一瞬にして全身が闇で覆われた彼は目で追えない程の速さで僕の一撃を回避した。
「……なんの真似ですかな?」
「セバストさんの真似ですよ。不意の攻撃に対応できるか確認したんです」
体の底から沸々と力が湧き出てくるのを感じる。
目の前の存在を殺せ、殺せと囁きが聞こえる。
その囁きが、心の中で木霊しているのを感じる。
「僕についている魔王の紋章でセバストさんは自由に動けている、そうでしたね?」
「そうですな」
「そんな身分で僕をおもちゃのように扱ったという事ですか」
僕自身も把握してなかったけれど、「使い捨ての道具のように扱われる事」行為は僕にとって地雷のようだ。
そこそこ生きて来た僕は今まで数えきれない程に道具として扱われてきたが、ここまで扱いがヘタな奴は初めてだった。
誰かに対してこんなにもキレた事は、今までの人生の中で無い。
……自分で言うのもアレだけど、僕を怒らせるって相当凄い事だと思う。
「ここで僕に負けるくらいだったら、お前はいらない。二度と僕の前に現れるな」
「……よろしい。ちょうどいい機会です。アキ殿の力、見せていただきましょう」
ここまで話をしても僕を見下す事は辞退してくれない、本当に馬鹿げた爺さんだ。
僕達の会話を聞いて、珍しくオロオロしているリリーに僕は笑みを作ってお願いをした。
「リリーは、手を出しちゃダメだからね」
後から聞いた話だと、この時の僕の笑顔はメチャクチャ怖く見えたらしい。
そんなつもりは無かったのだが、もしそうであれば暇なときに鏡を見ながら笑顔の練習でもしようと思った。
いや、想像したらかなりシュールな状況になりそうなので、自然に成長する事に期待して止める事にしよう。
300年待ち続けた絶対服従の吸血鬼と、300年の想いを背負った魔王と勇者の力を持った人間。
器が小さい2人の男の、この後「くだらない事で2度と喧嘩なんかするでない!」とアリディラさんから叱られる戦いが今、始まった。




