血の気の多い交渉手段
「リリー、いくよ」
顔を真っ赤にしたリリーをなんとかなだめながら、ようやく獣型になってくれたリリー。
恥ずかしがるリリーに無理矢理馬乗りになる。文字だけで見ればなんだかとても卑猥な表現だ。
いや、この場合は馬乗りではなく"狼乗り"とでも表現したほうが正しいのかもしれない。
なんて事を考えていると、リリーがゆっくりと歩き出した。
いつもより一段上の光景を眺めるだけで、世界の全てが変化したかのような錯覚を覚える。
なんて快適なんだ! これなら一生乗ってられる! このまま行ったれ集合都市! 等と調子にも乗ってしまった考えをしたその時、いきなりスピードを上げたリリーに身体がついていけず僕は大きくバランスを崩した。
慌てた僕はそのままリリーの背中に倒れ込み、とっさに抱き着くような形で身体を固定させようとする。
瞬間、彼女は突然勢いよく飛び上がり、僕の事を硬い地面に放り捨てるように大きく全身をひねった。
3階くらいの高さから粗大ゴミのように捨てられた僕は、そのまま受け身も取れずに冷たい地面へと叩きつけられた。
一瞬何が起きたか分からなかったが、目の前に現れた綺麗な青空、そして全身に走る激痛が僕に何が起きたのかを一生懸命教えてくれた。
「マスター! 大丈夫ですか!」
心配そうに覗き込む加害者が、涙目で僕の視界に入り込んだ。
「……死ぬわ! 殺す気か!」
鉄の味を舌で感じ取った僕は、口内炎にだけはならないでくれよと祈りながら上体をなんとか自力で起こす。
完全に油断した状態で受けた痛恨の一撃に対して謝罪を要求しようとリリーを睨むと、彼女は戸惑いながらこう言った。
「急に胸を触られてしまい、ビックリしてしまいました…… ごめんなさい……」
涙目になりながら顔を赤らめた彼女は、もじもじと恥ずかしそうに僕に伝えた。
「……いや、こちらこそ大変申し訳ありませんでした」
謝罪を要求しようとした口から、自然と謝罪の言葉が流れ出て来る。
胸ってなんだよ、狼にも胸ってあるのかよ。あるだろうな、胸くらい普通にあるだろうな……。
「初々しいですな」
初めて会った時にも言われたようなその言葉を、セバストさんは小さく笑いながら言葉にした。
気を取り直し何度も何度も挑戦しても、身体を固定する物が無いのでなかなか上手く乗りこなす事ができない。
馬のように鞍でも乗せようかとも考えたけど、そもそも物を持っていない。
それに結局は手綱を用意しなければならないし、そうなるとサルグツワ的な物をリリーに装着して貰わなければならない。
胸を触られたレベルで僕を地面に叩きつけた事実、そして僕の趣味趣向を考慮してもその選択肢を選ぶくらいだったら徒歩で歩く程度の覚悟しか持ち合わせてはいなかった。
「アキ殿、背中に束縛の罠を張り付け、ご自分とリリー殿を軽く張り付けて固定してみてはいかがかですかな」
……なるほど! ナイスアイデアですよセバストさん!
可能であればボロボロの傷だらけになる前に言って欲しかったですけども!
セバストさんの閃きのおかげで、時速60キロくらいの速さになるリリーの背中に乗り続ける事ができた。
本来であれば数百キロのスピードで駆け抜けるシャドーウルフ、瞬発力はあっても持久力はそこまで持ち合わせてはいないようだった。
だとしても、あんなに小さかったリリーが僕を乗せてここまで速く走れるようになったんだ。育ての親としては感動で涙が流れそうな気分だった。
この世界にきて初めて何かを成し遂げたような達成感を感じつつ、流れる景色を楽しみながら目的地へと向かっていった。
◇◇◇◇◇
距離的にもう少しで到着といった所で、リリーが急に立ち止まった。
爽快で快適な旅路に別れを告げながら、辺りにトラップを仕掛けながら彼女から飛び降りる。
「匂いと気配からして、近いですね」
僕の索敵範囲にはまだ誰も引っ掛からないあたり、リリーの能力はどんどんと成長しているようだ。
味方で本当に良かった、敵だったらきっと僕はこの辺りで第二の人生を終えていたに違いない。
「さて、どうしますかな」
コウモリの姿から人型へ変身したセバストさんは、投げやりな感じで僕に聞いてきた。
「人間ってどれくらい嫌われているんですか?」
「昔であれば、目と目が合えば開戦の合図になるくらいに仲が良かったですな」
つまり、悪化し続けてる現在の状況は心の友のような最高に仲が良いレベルという事になる。
残念ながら、相変わらず最悪な現状に変化は無いようだ。
「マスター以外のクズ人間は他種族の命を材料か食料としか思っていませんので、当然の結果ですね」
その言葉を君が言っちゃうの!? という消化の悪そうな言葉をそのまま飲み込み、感情を殺しながらセバストさんに救いの手を求めた。
「セバストさんは交渉とかできたりしませんか?」
「魔族、しかも魔王直属である私がですかな? 世界を巻き込んだ大戦争をご希望なら交渉して差し上げますが」
「勘弁してください」
この場に存在している3名、超が付くほどに他生命体から嫌われているという現実を再確認できた所で、次の手を考えようとする……が、思いつかない。
近づけば殺される、話しかければ殺される。交渉どころか言葉を交わし合う余地すらない。
目の前に難攻不落の要塞がそびえ立っているような気分を味わいながらも諦めずに思考するが、入り口に入る前に詰んでいる状況ではどうにもならないとしか結論が導き出せなかった。
「アキ殿、そもそもここに来た目的は何でしたかな」
その状況に救いの手を差し伸べるかのように、セバストさんは僕に問いかけた。
……僕の目的は、長であるエルフに「勇者と魔王との戦いの真相」について聞き出す事。
真実が分かればトランさんの封印場所を突き止める事ができるかもしれない。
少なくとも手がかりくらいにはなるだろう、と言うか成って貰わないと困る。
この世界に召喚されてからもうすぐ一ヵ月、毎日積み上げてきた物が全て無駄になってしまっては困るんだ。
「つまり、アキ殿はエルフの長と対話さえできればいいと考えておるのですな?」
「つまりはそういう事になりますね」
「でしたら闇夜に紛れて侵入し、エルフの喉元に剣を突き立てて尋問すればいいのではありませんか」
平然とした顔で冗談のような言葉を僕に投げつけて来たセバストさんに、僕はそのまま冗談で打ち返した。
「すごい発想ですね、まるで魔族みたいですよ」
「では、他に方法がありますかな?」
……その物騒のような冗談を、現実的に考えなくてはいけない。
日が落ちかけている空が綺麗な色に染まる頃、僕はようやくその現実に悟る事ができた。
入り口が無ければ、自らの手で創り出さなければならない。
今夜創り出すその一品は、一歩間違えば国と戦う大戦争に繋がりかねない。
既に最初の一歩ですら間違っているように思えるその作品を、今夜僕達は武力と脅迫という手段によって正当化させなければならない。
これがドラマや映画であれば観客は大いに盛り上がる場面だと確信する。
だけど、観客が見ているのであればこれだけは伝えておきたい。
当事者からすれば、地獄の釜にぶち込まれて蓋を閉められたような最高にハイな心境だという真実を。




