めんどくさい命のやり取り
元の世界であれば子供の門限くらいの時間、見上げれば茜色に染まった綺麗な空が見る者全てを感動させるように広がっている。
その感動をおかずに、夕食前だというのに僕の手元には3つのシフォンが抱えられていた。
本日の成果は冒険者10人、そして魔王の紋章に加えられた4本の線。
何故か普段より魔物に襲われる回数が少なかった為、予定では2つのハズだったダンジョン攻略が4つも終わらせる事ができた。
理由を考えてみると、昨日ダンジョンから解放された反動で暴虐の限り暴れ尽くした事くらいしか思い浮かばないんだけど、たぶんきっとその理由で合っていると思う。
復讐とか報復を企てて来る魔物がいるかもしれないとは思ってたけど、無益で無謀な挑戦を仕掛けてこないあたりひょっとしたら魔物は人間より賢いのかもしれない。
アイオロス家の関係者に見つかる前に全てのシフォンを胃に収め、敷地内へと一歩踏み出す。
使用人達の「おかえりなさいませ、お待ちしておりました」という事務的な挨拶に苦笑いを浮かべていると、いつのまにか2階の部屋の前へと案内された。
言われるがままに礼儀正しくノックを行うと、中から聞きなれた声が聞こえてくる。
この先で待ち構えている人物が何を仕掛けて来ても大丈夫のように、心を構えながら重い扉を少しずつ慎重に開けた。
「アキ殿、お待ちしておりました」
左右にビッシリと隙間なく並べられた本の壁が今にも倒れてきそうな錯覚に陥りそうな部屋の奥で、ヤードさんは窓を背にしながらそう言った。
これが初見であれば並の冒険者は怯えながら裸足で逃げ出すに違いない。
目の前の存在をインテリセクハラ親父に認識を切り替え、礼儀正しく静かに扉を閉め、背筋を伸ばしながら堂々と近づいた。
「お待たせしてしまいましたか、次回があれば時間を決めておくことにしましょう」
見るからに高そうなテーブル越しに、お互いが向かい合うようにして座った。
まるで面接みたいだな、なんて事を考えながら軽く雑談をした後、直球でヤードさんへ目的の話を切り出した。
「ヤードさん、そろそろ朝にお願いした結果をお聞きしたいのですが」
「当然、調べてきましたぞ」
その言葉を待ってました! と言わんばかりの表情をし始めるヤードさんを、だったら最初に言えよと言わんばかりの表情で僕は対応した。
「人々を恐怖に陥れ悪逆の限りを尽くした魔王を、当時の勇者達は何らかの方法で封印しようと試みた。魔王を倒しても次の魔王が現れれば意味がないと考えた訳です」
「でも今、魔王は存在しています。」
「左様、絶大な力を持っていた4人の勇者ですら魔王の封印は不可能だった。そこで考えられたのが魔王を無力の状態で維持する事だった」
「……どういう事ですか?」
「四肢を切り落とし、眼球を潰してから限界まで肉を腐らせたという記録が残っております。故に、烏合の衆と化した勇者達と冒険者でも300年という長い年月を渡り合うことができた。逆に言えば魔王がその状態でも人間に抗う事が出来た、とも言えますな」
――仮にこの話が真実だとすると、僕とトランさんは偽りの存在という事になる。
愛する家族を殺され、憎き勇者に封印され、300年苦しみ続けた記憶。
ちょっと我が儘で、誰より悲し苦しんでいるはずなのに明るくて、最悪の状況でも僕に手を差し伸べてくれた彼女の優しさ。
それらが全て嘘だと否定されるかのような言葉をすらすら話し続ける男に対して、先ほど食べたシフォンを顔にそのまま吐き出してしまいそうだ。
ちょうどいいタイミングで、メイドさんが飲み物を運んできてくれた。
少し熱くなった頭を冷やそうと思い、熱々のコーヒーを口に含みながらゆっくりと眼を閉じながら考えた。
「……そうだとするとおかしいですね。魔王を倒せと言いながら勇者を召喚しているのに、まるで魔王を倒されると不都合があるように聞こえましたが」
「何故、勇者を数多く召喚し続けていると思いますかな?」
「分かりませんが、僕は余計な死人がでるだけだと思いますね。勇者の力は数で分散される事を考えると、ある程度少数精鋭にして魔王を管理したほうが効率的で安全だとは思いますが」
「儂もそう思いますが、勇者を召喚できる聖都と最前線に位置する城塞都市。この影響力の強い2つの都市は、何故か多くの勇者を希望しているのですよ」
不機嫌そうな顔つきで、そのまま熱々のコーヒーを一気に飲み干すヤードさん。
よほどこの事に対して納得がいっていないみたいだ、こちらの言い分だけを聞けば確かに不満に思う要素は数多くあるようには聞こえる。
「優秀な勇者を100人育て、魔王を転生した瞬間に殺し続け、それを転生しなくなるまで繰り返すという作戦があったらどう思いますかな?」
「なんともまあ、都合が良すぎる話だと思いますね。信仰をこじらせた奴か、脳が筋肉でできてるような人間が考えそうな事です」
「――100人計画。数十年前から聖都と城塞の馬鹿共が、馬鹿真面目に実行している馬鹿のような計画が、今の馬鹿みたいな内容です」
ヤードさんの体内からあふれ出た魔力が、左右にそびえ立っていた本をあちらこちらに吹き飛ばし始めた。
その内に秘めた納得のいかない怒りは痛いほどこちらに伝わってくるが、是非ともそれは1人の時にやってもらいたい。
忘れかけていたが、この人は周辺住民でさえ恐れられている怖い人だった事を思い出す。
可愛いメイドさんから提供されたコーヒーカップを全力で守りながら、これ以上怒らせないよう慎重に質問を投げかけた。
「ヤードさん、今までの話を烏合の衆である1人の勇者に伝える貴方の考えをお聞きしたいのですが」
「……魔法校の教師ですら、世の中には分からない事だらけでしてな」
バラバラに乱雑化した本が、まるで見えない本棚があちこちに存在するかのように宙に浮かんだまま固定されていく。
その1冊1冊が冗談では済まされない魔力を帯びている事に、僕は囲まれるまで気がつく事ができなかった。
「儂は都合が良すぎると確信している。魔王を弱らせた事。その後300年以上も戦いが続いている事。勇者が300人以上存在してもパワーバランスが崩壊していない事。何故か魔王はこちら側に過度な進軍はしていない事。全てが都合が良すぎる」
「昨日言っていたじゃありませんか。この微妙なバランスは神にしかできないと」
「神が何の為に? 理解できませんな」
渾身の冗談は理解できなくても、僕が置かれている四面楚歌な状況は理解してほしい。
爆発するのか、レーザーでも放たれるのか、どちらだとしても致命的な状況下に引導を渡されそうな本が、何故か僕の両隣に配置され続けている。
ヤードさんにその理由を問いただそうとする前に、低いトーンで僕に向けてこう言い放って来た。
――「そこにです。富と名誉がほしい訳でもない狩人の罠を授かった勇者が、召喚されてたった23日で危険指定されたダンジョンの奥深くでキマイラを殺し、生きて帰還してきた」
――この男を今ここで殺しておくべきか? いや、こいつのことだ、この状況になる事を想定していない訳がない。
殺されたら犯人は僕、その他諸々の情報が暴露される流れになっている事に違いない。
「ヤードさんが何故こんなにも恐れられているのか、今ようやく理解する事ができましたよ」
「儂は真実が知りたいだけなのです」
もし過去に戻れる事ができるのであれば、剣をメイドさんに預けた数分前の無計画な自分に熱々のコーヒーをぶっかけてやりたい。
そしていい加減この世界の神様は、命を懸けたギリギリの戦いとかやり取りを、僕が死ぬほど嫌悪しているという事を、本当にいい加減理解していただきたい。
「つい先ほど、命を刈り取る死神デストースが現れた可能性があると聖都から通達がありましてな。この世界で神災と呼ばれる自然災害の1つ、強さだけでいえば魔王と同等のレベルを持つとんでもない存在です」
「大変じゃないですか、こんな事をしている暇なんか無いとは思いませんか?」
「こちらから手を出さなければ、向こうから何か仕掛けてくるという事はありません。なんにせよ、今まで止まっていた時間が急に流れ始めたのです。一見平穏に見えるこの世界に何かが始まろうとしている。 ……その歯車の1つが、アキ殿だと儂は見ている。儂が知っている情報はこれが全てです。これ以上は集合都市アクアコットの長であり、300年以上生き続けていると言われているエルフに尋ねるしかない」
飲み干したコーヒーの代わりに唾を飲み込み、薄暗くなった窓の外へと視線を逸らしながら僕はようやく気づいた。
このファンタジー異世界は分からない事だらけの上に、めんどくさい事が大量にトッピングされているという真実に。
これ以上話す事が無ければいますぐその攻撃で気に構えた本を下ろしてくれ! そう提案しようとした直前、ドンドンドン! と扉の外から大きな振動音がこちらに近づいてくる。
軽いノックが3回行われた後、そのノックの意味を全否定するかのように勢いよく扉が開けられたその場所には、不機嫌なベルさんが拳を作って立っていた。
「お父様! おっそすぎますわ! 食事が冷めるまでお話しを続けるおつもりですか!?」
……食事が冷める以前の問題で、まずはこの状況にツッコミを入れてほしい。
そう懇願しようとすると、目の前のお父様が行く手を阻む様にこう言い放った。
「こらこら、未来の旦那様の前ではしたないぞ」
「わわわわわ私は! はははは白馬に乗った王子様じゃないと認めませんわ!」
「アキ殿、明日にでも白馬を買いましょう」
「……エサ代がかかりそうですね」
ようやく喉元に突き立てられた本が下ろされた所で、僕はとりあえず一息つく事ができた。
安心したらなんだかトイレに行きたくなってきた、僕はそのまま立ち上がり、安心できる空間へ向けて歩み始めた。
「アキさんは王子じゃなななななないですわー!」
「じゃあ城塞の暴君でいいのか?」
「いやですわー!」
「じゃあアキ殿と結婚するかないではないか」
「ですわー!?」
なかなか愉快な会話が、僕の背後から聞こえてくる。
とりあえず"安易に他人の家に宿泊しない"という項目を行動方針に加えた僕は、明日の朝まで気を抜かないよう心に念を押しておく事を心に決めた。




