我慢は体によくないよ
「リリーはその食欲を少し抑えたほうがいいんじゃないかって思うんだけど」
「食べ物は残すなとマスターも言っていたじゃないですか。だから全部食べますよ」
「……今まで肉以外の全てを残し続けてきたのは誰だっけ?」
1個目のダンジョンを攻略し終えた僕達、次のダンジョンに向かう最中にいつのまにか軽く言い争いになっていた。
お題目は"リリー これ以上大きくなったらマスターとしての威厳はどうなるんだ"という一見くだらないと思われる討論会。
しかしよく考えてほしい、この勢いで成長するとオークやトロール、更にはキマイラのような大きさになっても不思議ではないんだ。
そんな存在が地鳴りを鳴り響かせながらついてくる所を想像してみてほしい……
ホラ、分かるだろ? 想像すらできないんだよ!
そんな悪夢のような出来事が現実味を帯びてきているんだから、そりゃ危機感の欠けている僕でさえ対策や保険を掛けたくなるのも仕方がない。
「目の前に美味しい食事が置かれていれば、食べない理由は無いとは思いませんか?」
「リリーは少し、我慢を覚える時期に入ってきていると思うんだ。もう完全に常識が分かる大人に見えるけど、僕の勘がそう言ってる」
そんな暴論を投げつけると、リリーはキャッチせずにそのまま何処かに放り捨てた。
「そもそもこんなに急成長できたのはキマイラを食べたおかげですよ。だから安心してください。しばらくはこれ以上大きくなりませんから」
「しばらくってどういうこと!? 僕が聞きたいのはソコなんだよね!」
「何ですか!? やはりマスターは小さな女の子にしか興味が無い異常な性癖の持ち主だったという事なんですか!?」
「異常って言うなよ! まるで僕が変態みたいじゃないか!」
なかなか痛い所を付いてくれる、流石はこの世界で一番僕を理解してくれている存在だ。
一ヵ月も経たないでコレなんだから、もう一ヵ月後には完全に尻に敷かれる所か赤くなるまで叩かれそうな未来が見える。
そんな劣勢に追い込まれた所に、ちょうど良いタイミングで1人の冒険者がこちらに向かって歩いて来てくれた。
「こんにちはー!」
笑顔で元気よく挨拶するかわいい冒険者さんは、挨拶をし終わった直後にそのまま前のめりに倒れた。
念のため、首から上が無くなった彼女に向けて闇の剣をツンツンとつついた。
この行為は"爆発するような魔法具なんて持ってたら大参事になりかねない"と言う、最初の4人を殺した時に回収した正体不明の丸い魔法具を意味もなく投げてみた直後に決定した大事なルールだった。
安全確認すると、そのままリリーは右腕へ鋭い牙を突き立てる。
「大きくなるなとはもう言わないよ。だけども僕にだって心の準備ってのが必要なんだよ。他に隠してる事とかないよね? 翼が生えるとか炎を吐くとかさ」
小柄な冒険者をあっと言う間に食べ終えた彼女は、口の周りに付着した血液を拭いながらこう答えた。
「逆にお聞きしたいですよ。そもそもこの牙だってマスターとの契約が無ければ成し得なかった事なんですから」
普通の人間がどうやったらトラップなんて創り出せるの? 魔法が使えるの? 魔力を扱えるの?
この世界どころか自分の体でさえ分からない事だらけなのに、そんな高等な問題に応えられる訳がない。
その疑問をどう考えても僕1人では解けそうにないと素早く判断した僕は、真剣な顔でリリーにこう答えた。
「分かった、分かったよ。僕の勘が「リリーはその大きさのままでいてくれる」と囁いてるからきっと大丈夫…… 今はそういう事にしておこう」
この世で一番信用できない物に判断をぶん投げた僕を見て、リリーはなんとも言えない表情をしていた。
本当は「どんな形であろうと可愛い姿に変わりはないよ」なんてキザっぽい事を言ってみたいという欲望がほんの僅かにあった訳だけれど、この事実は墓の底まで持っていこうと思う。
そんな全方位モテモテ主人公みたいな事を言ってしまったが最後、しばらく寝つきが悪くなりそうだ。
都合よく2個目のダンジョンに辿りついた所で、緩くなっていた気が反射的に引き締まる。
もし僕が有名人になれたら「人間一度は地獄を見たほうがいい」というカッコイイ格言をこの世界に残そうと思いながら、ダンジョンの奥へと進んでいった。
◇◇◇◇◇
特に何のイベントも無くこの日4個目のダンジョンを攻略中の僕達。
深層付近で見つけた冒険者の両腕をかみ砕き、そのまま殺さず生きたまま右足から食べるリリーを見て1つ質問を思い浮かんだ。
「人間ってどの部位が一番美味しいの?」
「……大変難しい質問です」
そう口にしたリリーの顔は、これまで旅してきた中で一番難しそうな表情をしてこう言った。
「太もも…… ですかね……」
試験中の学生のように悩みながら、リリーはそう結論付けたようだ。
軽い気持ちで聞いて悪かったかな、なんて思いながら美味しそうに食べている姿を見つめていると、リリーは突然表情を曇らせながら僕に伝える。
「マスター、足先でよければ……」
「食べないよ! というか太ももじゃないのかよ! 足先かよ!」
どんなにお腹が空いていようが同じ人間だけは絶対に食べない、というか生き物を生きたまま食べる事なんてしたくない。
最近何かを考えるとソレが現実になってしまう節がある、僕はこの話題を頭の中から強制的に追い出した。
僕は止めを刺せる状況で敵に説教したり、罵倒したりする行為があまり好きではない。
ひょっとしたら反撃されるかもしれないし、突然仲間が助けに来る可能性だってある。
漫画やゲームでよくあるこのような展開が、僕は子供の頃から大嫌いだった。
そんな"とりあえず殺してから考えよう!"スタイルを貫き通そうと考えていた僕へ、少し前にリリーが待ったをかけた。
「マスター、生きている人間の方が美味しいんですよ?」
元の世界でも踊り食いとかあったし、きっとそれの延長線上みたいなものなんだろう。
という事で、今食べられている男は両腕を使い物にならないようズタボロにされた後に、全身を壁に何度もぶつけられて出来上がった料理という訳だ。
いつもよりゆっくりと味わって食べるリリーを見ていると、なんだか僕でも美味しそうに食べる事ができてしまいそうな錯覚に陥りそうでなんだか怖くなってくる。
さすがの僕も絶叫しながら歪んでいく男の姿を眺める趣味はない。
気分を紛らわす為に、部屋の片隅で絶望しながら泣きじゃくっている両足を折られた女性へ言葉を投げかける事にした。
「すみません、魔法都市でオススメの美味しい食べ物を教えてほしいんですが」
「そッ……! それを言えば助けれくれるの!?」
「僕に決定権は無いんですけど…… アレを含めると今日は9人も食べているので、お願いすれば逃がしてもらえるかもしれませんよ?」
「……ケーキ! ケーキよ! 第三公園の近くにある甘味処が作ってるデザートは最高に美味しいの! 今ちょうど持ってきているから! 食べてくれれば分かるわ!」
彼女の腰に掛けてあった道具袋を調べてみると、過剰包装された美味しそうなマフィンが2個も入っていた。
レーズンっぽい物が綺麗に彩られた可愛らしいマフィン。
血の匂いで充満した空間で甘い香りを漂わす大好物を、僕は味わうように口に含んだ。
「……めちゃくちゃ美味しいじゃないですか!」
「でしょ!? でしょ!? そうでしょ!? だから見逃してよ! 助けてよ! お願いよ!」
ろくに観光せずに今まで各地の名物とやらを全てスルーしてきた自分を説教してやりたい。
あるんじゃん! 元の世界より美味しいお菓子がさぁ! ただ甘いだけじゃなく、程よい苦みがより味に深みを出しているかのような、この世界に来て一番の絶品がさぁ!
これは是非出来立ての物を食べてみたい! 今日の夜は予定があって無理だけど、明日の朝にでも行ってみよう! というか絶対に行こう!
薄汚いダンジョンの中で、宝石のような存在感を放ち続けるマフィン。
その2個目に手を付けようとしたその時、この日9人目を完食したリリーが笑顔のまま近づいてきた。
「マスターはその食べ物を目の前に置かれて『食べるな!』って言われたら我慢できますか?」
「無理、絶対できない」
「じゃあその人間を食べる事に対して『食べるな!』なんて言えないですよね」
どこでそんな交渉技術を学んだんだろうか、こんな子に育てた覚えはないんだけれども。
なんて言いたい所だけど、自分に思い当たる節がそこそこ思い浮かんでしまう辺り、僕には育児のセンスが全くと言って無いんだろう。
「……だ、そうですよ」
「嘘つき! 人でなし! 助けてくれるって言ったじゃない! なんでもするからお願い助けてよー!!」
そのクレームが断末魔に変わるまでに、もう1つの宝石は僕の胃に収められた。
指先をペロリを舐めながら、疲れた体には糖分が一番なんだと実感する。
甘い余韻に浸りながら、明日朝一で必ず買おう、最低でも5個は買おうと強く決意した。




