酒は言葉の潤滑油
「5日間もダンジョンに閉じ込められていたという事ですかな? はっはっは!」
宿屋から護送された犯罪者のように連行された僕は、治癒魔法を扱う多数の魔法使いから治療を受けた。
あまりの心地よさに気づけば眠ってしまい、目を覚ませば明るかった空は美しく流れる星空へと移り変わっていた。
「危険と書かれたダンジョンに入ったんですか!? 一体どういう神経をしてらっしゃるんですか!?」
アイオロス家で晩御飯をいただいている僕は、ダンジョンでの出来事をかいつまんで話している所だ。
ベルさんがステーキにフォークをお行儀悪く突き刺しながら、僕にごもっともな言葉を投げかけてくれる。
「ベル、お前は男というモノを分かっとらん! 穴があったら入れたくなるのが男ってもんだ!」
かなり酒が回っているのか、このおじさんは実の娘にセクハラまがいな事を言ってくれている。
リリーにはどんなに性格が変化しても、こんな下品な言葉だけは口にしないように後で神にでも祈っておこう。
「言っている意味がわかりませんわ?」
……純粋に育っているベルさんの今後も、ついでにお祈りしておこうと思った。
「アキ殿、中にはどんな魔物がいましたかね」
なかなか単純明快で、難しい質問が飛び出してくる。
嘘を付いても教師らしいヤードさん相手には見抜かれそうだし、嘘と判明した時に何を勘繰られるか分からない。
とりあえずフェイクを混ぜながら説明する事にした。
「キマイラっぽい魔物がいましたよ。何度か死にかけてしまい、せっかく戴いた装備があのようになってしまいました」
「まぁ! キマイラって獅子と竜と蛇の頭をした凶悪な魔物じゃないですか!」
「僕が見たのは蛇じゃなくて山羊でしたね」
その言葉を聞いたヤードさんが難しそうな顔をしたのを僕は見逃さなかった。
そして早速後悔する。
どうしてキマイラの事を喋ってしまったんだろうか、最下層じゃなくて適当なフロアに飛ばされた事にしておけばよかったのに。
もはや取り返しのつかない事をさせた原因の美味しいお酒を飲みながら、僕は深く反省した。
「それはアキ殿がおひとりで?」
「いえ、僕ともう1人凄腕の冒険者さんが居まして、ほとんどその人が倒したようなものです。いただいた装備が無かったら確実に死んでましたよ。そういえば装備のお礼をまだしていませんでした、本当にありがとうございます」
「それは私を助けてくれたお礼なのですから、感謝なんていりませんわ!」
そのボロボロになった装備を明日の朝までに修復せよ! というブラック企業ばりの指令が下った職人さんに少しばかり同情しながら、目の前のグラスを空にする。
「アキ殿、キマイラはその後どうしましたか?」
「息絶えた後はそのまま燃やしました。治癒能力が高かったので念には念を込めまして」
「キマイラは全身魔法具の高級材料になるので、ちょっともったいないことをしましたわね。でも身の安全が第一ですわ!」
僕の口には合わなかったが、ある意味キマイラは高級食材だったらしい。
ナイフの切り口から溢れんばかりの肉汁を滴らすステーキを味わいながら、また倒す機会があればリリーには少し我慢してもらおうと思う。
「アキ殿、その後はどうやってダンジョンから脱出を……」
「ちょっとお父様! さっきから暗い話題ばかりですわ! 少しは無事を祝ってはいかがですか!」
「……それもそうだな。失礼、これは性分なものでして、勘弁していただきたい」
そろそろ酔った勢いで変な事を言い出しそうになった時、ベルさんの心優しいフォローに救われる。
なんだか久しぶりに人から優しくされたような気がした。
「いえいえ、気にしていませんよ」
「それにしても、大の勇者嫌いだったベルにここまで言わせるとは、なかなか大したものですな! はっはっは!」
「ちょっとお父様、私は飾りの称号ではなくて、中身で人を判断しているだけですわ!」
残念ながらその判断は大きく間違っていますよ、なんて言葉で伝える手段がない事を残念に思う。
悪い男にだけは捕まらないようにと、寝る前に更に追加でお祈りくらいはしようと思った。
◇◇◇◇◇
「勇者様、貴方は神を信じていますか?」
夜も更け、ベルさんが大きな欠伸をした所でちょっとした晩餐会はお開きとなった。
眠気眼をこすりながら部屋を後にした彼女に続こうとすると、後ろからヤードさんが奇妙な問をかけてきた。
「宗教の勧誘ですか? ……まぁ、僕は存在しないと思っていますけども」
「ほお、それはどうして?」
「本当に人々の想う神がこの世に存在するのであれば、こんな残酷な世界になっていないと思うからです」
いつの間にか小雨が降り注いでいる夜の空を眺めながら、ヤードさんは僕に続けて話し続ける。
「300年前、4人の勇者が魔王を倒しました。その後、新しい魔王の誕生と同時に、各地にダンジョンが現れました」
「本にはそう書かれていましたね」
「そこから今までは多くても10人程度だった勇者が増え続け、今や300人以上もおります」
人々の願いによって召喚された勇者の力は、勇者の数に比例する。多ければ多い程、願いが分散され勇者1人あたりの戦力が低くなってしまう、なんて事をトランさんが言っていた。
「魔法都市と集合都市は"勇者は少数精鋭であるべき"と進言していますが、大きな権限を持つ聖都市と城塞都市はより多くあるべきと考え勇者召喚を強行しています。どちらも勇者に権力が集まりすぎる事を恐れているようでしてな」
「……まるで勇者を使い捨ての道具のように扱ってくれてますね」
勇者だからといって尊敬される訳でもなく、畏怖される訳でもない。
冒険者の中に紛れ込むレアモンスター的な存在として見られている事を、この世界に来てからの扱いでだいたい理解していた。
「アキ殿、人は大きな力と権力を持つとどうなると思いますかな? 金持ちになりたい、異性から惹かれたい、尊敬を集めたい。方向性は多少違えど大抵この辺りに力が向かい始めます」
「そのうち野心が芽生えて全てを支配、独占したいと考えだしそうですね」
暗い窓の外からこちらに視線を移動させながら、厳格な雰囲気を纏い僕に問いかけてくる。
「そこでアキ殿。チヤホヤされたい訳でもない。物欲がある訳でもない。権力を持ちたいわけでもない。……貴方は一体何を望んでいるのです?」
「人々が笑って過ごせる平和な世界を望んでいるかもしれませんよ?」
「はっはっは、そうでしたな!」
背筋が凍る思いというのはこういう事なのだろうか。
この人が鋭いのか、僕のガードが緩いだけなのか白黒つける事は一生できなさそうだ。
どちらに判定が下されるにしろ、これ以上過度に会話を進めるとどこかで取り返しのつかないミスを犯しそうに思える。
「アキ殿、魔王を倒したら次は何が起こると思いますか?」
「どうでしょう、人々が望む平和が訪れるのではないでしょうか?」
「アキ殿の思っているとおり、平和なんていうのは訪れないでしょうな。魔王への矛先がどこかに置き変わるだけです。魔王の次は異種族が住む集合都市、最終的に人間同士の争いが発生するでしょう」
こちらの瞳を覗き込まれ、心を見透かされているような気がする。
せっかくの酔い心地が台無しだ、僕が権力者だったら今すぐこいつを黙らせてシェフに口直し用のデザートを要求する所だ。
「最初の問いに儂が答えていませんでしたな。儂は神を信じています。理由は1つ、魔王と勇者という存在を創り、極めて絶妙なバランスで世界を維持しているからですよ。どちらが欠けてもこの世界は崩壊する」
余計な思考をさせない為か、畳みかけるように言葉を重ねていく。
どれもこれも確信を突く内容ではないが、僕という人間を測るための天秤のような言葉だらけだった。
「この話を聞いて、アキ殿はそれでも魔王を倒しますかね」
世界を平和に導くと同時に世界を崩壊させる覚悟もあるのか? と問われているようだが、まったくもってそんな覚悟はこれっぽっちもないし、この世界がどうなろうと別段気にしていない。
目的は魔王を助ける事だけだし、助けた後の事なんか全部丸ごとトランさんに任せるつもりだ。
本やテレビを見ている最中に「人間を滅ぼしちゃっていい?」と聞かれても「ご自由にどうぞ」とお菓子を食べながら軽く即答する自信がある。
「じゃあ滅ぼす事にするわー」と、軽く笑いながら僕の持っていたお菓子を強奪して口に放り込む魔王の姿を想像しながら、少し笑って僕はこう答えた。
「世界が崩壊しちゃうのは困りますね。じゃあその時は、魔王に共存の道でも提案してみますよ」
僕の笑いにつられてか、ヤードさんも笑いだす。
いつの間にか酒が注がれたグラスを手にしながら、2人同時に一口で飲み干した。
「その時はついでに娘とも共存をよろしくお願いしたいものですな」
「それは本人の意志を尊重したいと思います」
寝る前にメモでもしておこうかな。これ以上このおじさんに関わったら酷い目に遭いそうだぞ、と。
でも僕が目覚める前に使用人さんがそのメモを見つけてしまったらおかしな事になりそうだ。
明日の僕よ、なんとかして思い出してくれ! そう神に願いながら、僕は用意された客室へふらふらと歩いていった。




