テレポテーション
「……どうする?」
「……どうしましょう?」
長い長い時間をかけて、僕達はとうとう光射しこむ入り口までたどり着いた。
最下層に比べれば、セーフルームからの上層は大した問題は起きなかった。
ある程度出口に近づけば、外の香りを頼りに「こっち! こっち!」とリリーがもの凄い勢いで攻略していってくれたからだ。
よほど道案内できなかった事に不満があったのか、彼女のはしゃぎ様は半端ではなかった。
繰り返しになるが、現在僕達はもう数十歩だけ進めば地上に脱出できる所まで来ている。
何故ようやくここまで来ているのに二の足を踏んでいるかと言うと、至ってシンプルな言葉で説明がつく。
――移転トラップ。
全ての元凶が、見えない姿で僕達の道を阻んでいた。
「流石に二週目は無理だよ! 絶対やだ!」
「……お腹がすきました」
弱音を吐いた所でどうにもならない事なんて分かり切ってはいるが、吐かなきゃやってられない時もある。
ダンジョンの壁をぶち壊そうとしても、まるでこの世の物とは思えないくらい堅いし、おまけに修復までしちゃってくれる。
まるで目の前に人参が垂らされた馬の脚が拷問のように全て拘束されているかのような、とてもじゃないけど最悪な気分だ。
「……マスター」
「なに?」
「転移トラップは作れないのですか?」
「へ?」
リリーが突然、閃きの神様でも降臨したかのような柔軟な発想を僕に提案してくれた。
……そういえばそうだよ! あれトラップだよ! あの忌々しい転移トラップ、ひょっとしたら作れるんじゃないか!? 直に喰らった今ならどうにかなるんじゃないか!?
そうと決まれば、両手を冷たい地面に付け、全神経と欲望を集中させる。
絶対に二週目は嫌だ! 絶対に二週目は嫌だ! 絶対に二週目は嫌だ!
僕は温かいスープを飲むんだ! できたてのご飯を食べるんだ! ふかふかの布団で寝るんだ!
というかここで成功しなければ死ぬ! ここまで頑張ったのに空腹が原因で死ぬなんて嫌だ!
持ち前の妄想力と、死地に立たされた絶望を糧に、外の世界をイメージする。
魔王と勇者の紋章が争うようにお互いが強く光り、冷たい床が大きな熱を持つ。
ミスは絶対に許されない。
思い出せ、転送された感覚を。
刻み込め、怒りを。憎しみを。限界まできている欲望を。
創り出せ、明るい世界。平和な未来。そこへ導く転移のトラップを。
「死ねぇー!!」
一番気合いの入りそうな、まったくこの場に全く関係の無い言葉を叫びながら、思いっきり両腕を地面に叩きつけた。
瞬間、体が優しい光で包まれる。
――――。
――。
そのまま視界が一瞬白く染まり、気がつけば僕達の目の前には緑の景色が広がっていた。
美しい自然、心地よい太陽、懐かしく優しい香り。
少し前までは当たり前だった光景が、今では全てが新鮮に感じられていた。
僕とリリーは、大きく深呼吸をする。
あぁ、空気ってこんなにおいしかったのか! 太陽光ってこんなにも気持ちよかったのか! もう何杯でもおかわりできそうだ!
「やっぱりマスターは最高です!」
「今日ばかりは僕を褒め称えろ! 許す!」
僕とリリーは向かい合って、はち切れんばかりの笑顔でハイタッチした。
同時に、少し離れた場所から生き物の気配を感じる。
リリーも目を輝かせながら同じように方向を向いていた。
「リリーご飯だ! 絶対に逃がすな!」
「グルルルァァァ!!!!」
いつのまにか獣型になったリリーは高速で対象に向かう。
右手に剣を握りしめ、続くように僕も後を追う。
何時間狩り続けたかわからない。
大自然の恵みを噛みしめながら、オーク、トロール、ハーピーその他野生動物を片っ端から殺し続けた。
食べ物ですらない砂や泥と比べたら、血抜きのしてない、更に下処理もしてない獣肉でさえSSSランク級の霜降り肉に匹敵する味に感じた。
移動中をまるで光合成をしているかのようにわざと日陰を避けながら日光を浴び続けていると、2人の人間を発見した。
「ねぇねぇ、ダイちゃん! 今日は何処にいくの~?」
「そうだなー! 二人っきりになれる静かな場所にでも行くか!」
「も~! ダイちゃんのエッチ~!」
この辺りの生態系を狂わす勢いで狩り続ける最中、僕の心を狂わすようにイチャイチャするこのカップル。
せっかくの気持ちいい気分が台無しだ! ……と、今までの僕であったら思っていた事だろう。
しかし! 今日はご機嫌メーターがMAXを振り切ってそのまま3週くらいぶん回っているくらいに気分が良い。
目の前でリア充がラブラブしながら手を繋ぎ合っていたとしても、それを許容する心の余裕がこの無限に広がりそうな草原くらいに今の僕にはある。
末永くお幸せに! そう心でエールを贈りながら、僕は体を180度回転させて次の狩場に向かう事にした。
「今日はね~! ダイちゃんの為に、愛妻弁当を作ってきたんだよ~!」
「マジかよ! 楽しみすぎて先にミキちゃんを食べちゃいたくなってきたぜ!」
「も~! ダイちゃんのスケベ~! でもそんな所が好きッ! チュッチュ!」
体を大きく反転させ、木陰から力強く踏み込み、口付け幸せ真っ最中のカップルの首を仲良く一緒に切り裂いていく。
目の前の食材を綺麗に捌くように大きく光り輝いていた光の剣が、徐々に真っ赤に染まり始める。
ピクピクと動いている女の腰にぶら下がっていた道具袋を剣で切り離し、ガサガサと手探りで探索する。
小さい鏡やハンカチ等の細かい小物に隠れるように、2つの弁当箱らしき物を探し出す事ができた。
「お弁当 オープン!」
妙に高くなったテンションのまま、僕は叫びながらお弁当の蓋を開ける。
その瞬間、甘ったるい臭いが辺りに漂っていた自然の香りを無条件に殺し始めた。
クッキーらしきもの、果実ゼリーらしきもの、黄色く変色した食パンらしきもの。
恐る恐る口にしたパンは、フレンチトーストを極限まで不味くしたような味を口内にまき散らし始める。
久々に口にした甘味が、こんな物で済まされてしまった事を嘆きながら蓋の裏に張り付いてあった紙をめくってみた。
――付き合い始めて2年目記念の愛妻弁当だよ☆
「……2年でコレ!? 2年頑張った結果がこの弁当!?」
既に事切れている女に対して、思わずツッコミをしてしまう。
何故か一向に噛み砕けそうにないクッキーをおもむろに大木に向かって投げてみると、ブサリとそのまま突き刺さる光景を見て僕は思った。
結婚するのであれば絶対に料理だけは上手い女性にしよう、と。
料理より鍛冶の才能が有ったと思われる彼女と、数々の拷問を物ともせずに耐えてきた屈強の彼氏がリリーに美味しく食べられる。
空を見上げると、太陽はちょうど真上に昇った所に位置していた。
「リリー、僕ちょっと魔法都市に行ってご飯食べてくるよ。また明日この辺で会おう」
背後からそう投げかけると、リリーは食事を中断してくるりと人型へと変身する。
「早起きして待っていますね!」
「……今から凄いプレッシャーだよ」
物凄い早さで成長していくリリーの、少しずつ変化している性格に戸惑いながら、僕は後ろ向きで手を振った。
◇◇◇◇◇
魔法都市に到着すると、あちらこちらから好奇な視線に晒されているような気がした。
それもそのはず、ガラスに映った自分を見ると服はボロボロ、髪はボサボサ、あちこち体は傷だらけ。
ボロボロのブランド服を着た浮浪者みたいな格好は、見世物小屋でお金が取れるくらい不気味で奇妙な姿だった。
……早く着替えたいシャワー浴びたい洗濯したいお風呂入りたい! ご飯食べたいお酒飲みたいふかふかの布団で今すぐ寝たい!
考えられる果てしない欲望を頭に並べながら、ここから一番近かった宿にチェックインをする。
「すみません、1人ですが空いてますか」
「はい、空き室はございま……? 貴方はひょっとしてアキ様でいらっしゃいますか!?」
「そうですけど……?」
「しょ、少々お待ちください!」
店主が慌てて店の外に出る。
一体なんなのだろうか、とりあえず僕は疲れた体を椅子に腰かけた。
しばらくすると、遠くから慌ただしい騒音がこちらに近づいてくるような気がした。
僕は床に向けていた視線を、まるでロボットのように動かしながら入り口へと移動させる。
バタン! と大きな音と共に扉が開かれ、同時に息を切らしたベルさん僕の目の前に現れた。
「し、ししし心配しましたわ! 一体どこに行ってらしたんですか!?」
……思い出してしまった、そういえば食事の約束をしていたんだったな。
というか、全ての宿に泊まらせるな! と伝達したとか言ってたけど、あれ本当だったのかよ……。
「ああああちこち傷ついているみたいですわ! いますぐ当家で治療を!」
「だ、大丈夫ですから……」
「私が大丈夫ではありませんわ! お前達、いますぐアキ様をお運びなさい!」
後ろからメイドと執事がぞろぞろと僕の両脇に集まってくる。
「アキ様お願いです。大人しく連行されてください……」
前回と同じ、偉そうなメイドが涙目で訴えてくる。情に訴えてくるタイプだなこの人……。
「分かりました分かりましたから! ……ちょ、ちょっと! 自分で歩きますから! 歩けますから!」
神輿のように運ばれていく様を、すれ違う住民が好奇の眼で僕を見つめてくる。
今夜に実行予定だったまったりゆったりスローライフの計画書を脳内で破きながら、僕の眼からは涙があふれていた。




