美人なリリーと不思議なソレ
痛い。
主に体のあちこちが痛い。
よくよく考えれば、強い鎧を装備したからって別に身体能力が上がる訳じゃない。
それをもう魔力にまかせっきりで無茶な動きをし続けたもんだから、そりゃ体が号泣しながらストライキを発動させていても不思議ではない。
アドレナリンが切れたと同時に内側も外側もボロボロの僕は、酷い疲労感に襲われ続けていた。
目の前ではすっかり元気になったリリーがキマイラを食べている。
食べごたえがあるからか、とても美味しそうに食べていた。
僕はというと、もはや皆さんご存知の干し肉だ。
そもそも、僕はその日の内に帰るつもりだったんだ。
だからたいした食料なんか持ってきてる訳がない、何も狩れなかった時にリリーが食べる干し肉くらいしか手持ちには無かった訳だ。
干し肉が嫌いな訳じゃない、むしろ最近は好きになる傾向すらある。
問題は、水分がポーションしか持ち合わせていないという1点のみだ。
口内の水分を奪い去る食べ物を砂の味がする水分で流し込んでいくという拷問で、誰の悪意か知り得ないが僕の口内では砂漠のような悪夢が創作されていた。
吐き気を催しながらしんどい体を引きずり壁に寄りかかる。
すると壁が突然不気味に光りだし、そこには見覚えのある大きな扉が姿を現した。
「もう本当に勘弁してください……」
ゆっくりと開かれる扉を前に、仏と神に祈りを捧げる。
頼みます! 閉じてください! もう今日は無茶させないでください!
そんな願いもむなしく"自称 開かずの扉"は綺麗に最後まで開かれた。
既視感のある無機質な部屋の中にある異様なソレは、殺気が混じった威圧感でこちらを脅してきている。
最初のダンジョンに有った物と同じで、ただただ不気味で恐怖な存在がそこには佇んでいた。
ただ、今ならなんとなく理解できる。あれは闇だ。
心と魂の闇。それがいくつも重なってできている命の塊。
危険だと頭では理解しているハズなのに、自然と足が中央のソレに向かって動いていく。
抗えない重力のように引き寄せられているのか、それとも僕の欲望がソレを欲しているのか、気がつけば自然と左手を差し出し、中央の鎮座していた闇は魔王の紋章へと吸い込まれていった。
一体何が起きたのか見当もつかないが、ただ1つ間違いない事は左手にある魔王の紋章に一本線が加わっている事実だけだった。
ようやく分かってきた事だが、僕はファンタジー異世界が大嫌いだ。
一歩外に踏み出せばいつ死が訪れるか分からない、誰かと会えば疑心暗鬼で殺し合い、剣は体を傷つけ、魔法は命を奪う。
戦争無くしては技術は生まれない、なんてよく聞く言葉だけど今ならなんとなく理解できる。
剣と魔法の不思議な世界なんて物は理想であるままにしておくべき品物だと、一ヵ月くらい前の自分に伝えたい。
……等と、今更よくわからない事を考えたってしょうがない。
傷だらけの体でゆっくりと後ろを振り向くと、いつのまにかリリーが食事を中断して隣に立っていた。
なんだか怒っているようで、目が据わっていてとても怖い顔つきだった。
「ごめんごめん、何とも無かったからキマイラ食べてて大丈夫だよ」
「……軽率」
「すみませんでした!」
いやほんと、その通りだと思う。
軽率な行動の末にこの状況を招いた事を反省しながら、元いた部屋に戻った。
◇◇◇◇◇
あれだけ大きかったキマイラは、小さなリリーの体に収まってしまった。
まったくもって不思議生命体だ、一言で表すならばファンタジーといった所だろうか。
硬い壁を背にそんな風景を眺めていると、急にリリーが咆哮を轟かせる。
獣型になったその姿で、いつか見た光景のように内側から骨がバキボキ動き、内臓から皮膚を蹴られているような動きを開始した。
何度みても慣れなさそうなその姿を見ながら、僕は祈った。
お願いだリリー、僕より身長は大きくならないでくれ、と。
だんだんと落ち着いてきたその体は、いつも通り大きくなっている。
僕はシベリアンハスキーやゴールデンレトリバー以上に大きな犬を知らないので、犬種に例える事に限界が来た。
他の動物に例えるならば…… そうだな、ライオンみたいな大きさだとでも言えばいいだろうか。
そんな身の毛もよだつ巨大な体をギューっと前後に伸ばした後、華麗に回転しながら人型へと変身した。
まず最初に身長を確認すると、なんという事だろうか、胸元あたりだった身長が、目元くらいまで急成長していた。
黒く美しい髪は腰まで伸び、深紫色を基調とした華やかなドレスがより一層彼女の美しさを彩っていた。
幼い頃の面影は、胸元の小さなリボンと褐色肌くらいしか残されていない。
……ちょっとまってくれ、色々とおかしい。
リリーと出会ったのはだいたい二週間前、理解できないかもしれないが二週間前はまだ子供で、僕の腰くらいの背丈しか無かったんだ。
今、目の前に立っているのは一体誰なんだろうか。
……こんな顔立ちをした女の子が学級委員か図書委員を務めていたのを僕は覚えている訳だが、きっと関係は無いだろう。
「マスター、どうでしょうか?」
何をどうでしょうなのか、あまり察してあげたくはない所なのだが、少し大人びた声と口調になったリリーに向けて、僕はこう言った。
「リリー、一生のお願いしていい? 僕より身長大きくならないで」
リリーは少し笑いながら即答した。
「それは無理です」
残酷な宣告を天使のような笑顔で放ったリリーを、僕は色々な意味で直視する事ができなかった。




