ファンタジーマナー
「アキ殿はこの世界に来られる前は高い身分でしたかな?」
「いえ、この世界で例えるならばただの農民ですよ」
キラキラ輝く大きなシャンデリアの下には豪華な料理が並んでいる。
久々に栄養のバランスが取れた食事を、一口一口感謝しながら口に運んでいく。
「その割にはテーブルマナーが素晴らしいですな」
「……今と同じような状況が多々あったものですから」
「はっはっは! それはそれは、苦労したのでしょう」
社畜時代の接待経験が異世界にきて役に立つとは想像もしていなかった。
とは言ってもネットで少しかじった程度のマナーなのだが、貴族のおじさん相手にはそこそこ好評のようだ。
「……お父様がこんなにも機嫌がいい所、初めて見ましたわ」
向かいに座るベルさんは、まるでお姫様のような上品な所作で食事を進めていた。
「お前が他人を食事に招待する所も、儂は初めて見るがな」
「今までは、たまたま私に見合う人間が居なかっただけですわ!」
お姫様が暴れ狂う海賊へとクラスチェンジしたかのような勢いで、テーブルを大きく叩いた。
「アキ殿、こう見えてベルはナイーブな子でしてな、なかなか友達を作ろうとせんのですよ」
「それはいけませんね。若いうちに友人は作っておくべきです。大人になってからでは損得が絡みます」
「はっはっは、アキ殿はなかなか現実主義ですな。まあ儂も同意見です」
「私の話をきいてなくて!?」
性格の悪い男2人にいじられるベルさんは少し可哀そうだった。
「儂は教師をやっておりましてな。見る目はあるつもりですが、いやはや助けていただいたのがアキ殿で本当によかった」
「たまたまですよ。僕は美味しい所を掻っ攫った野盗みないなものです」
「そんなことありません! アキ様は私の救世主様ですわ!」
その場に居た全員を僕が殺したようなものだ、だなんて口が裂けても言えない。
勧められるがままにお酒を飲みながらも、そこだけは冗談でも言うまいと頑張って冷静になった。
夜も深くなり、そこそこ盛り上がったお食事会はお開きとなった。
飲み過ぎた体をフラフラさせながら、美人なメイドさんの案内に頑張ってついていく。
「アキ様、本日はありがとうございます」
「……僕は何もしていませんけど? 逆にお礼を言うのはこちらの方です」
「いえ、あんなにも明るい食事風景は、奥様が亡くなられて以来ありませんでしたから」
空気が悪くなりそうだから聞かなかったけど、亡くなられていたのか。
なんだか深い事情がありそうだけど、今はあまり深い考えができそうにない。
美味しい食事が食べられた上に感謝されるご褒美をいただいたという幸せだけは忘れずに胸の奥にしまっておく事にしよう。
……でも、しばらくは普通の生活でいいかな。
僕には質素な食事が一番似合っていて落ち着くような気がするから。
物凄い豪華な客室に案内された僕は、そのままメイドさんに別れ告げ、ベッドに倒れ込んだ。
ふっかふかだ、まるで雲の上にいるみたいに感じる。
……リリーは独りで眠れているだろうか。
瞼を閉じれば、そこにはリリーの姿が映りだされていた。
あれだけ強くなればこの辺りでは敵無しだと思うけど、やっぱりちょっと心配になる。
ちょっと、というのは嘘だ。かなり心配になっている。
左腕を眺めると、リリーとの繋がりを示す刻印がいつも通り紫色で刻まれていた。
……明日1回会いに行こう。
酒の臭いをしたゲップを吐きだしながら、そのまま思考を放棄して眠りについた。
◇◇◇◇◇
「図書館の申請はしておきますが、まあ無理でしょう。あそこにはあらゆる分野の根幹となる情報が集められていますからな」
猛烈に三度寝したくなる布団からようやく体を切り離す事ができた僕。
豪勢な朝食を楽しんでいる最中、ふと思い出した図書館についてヤードおじさんに聞いてみていた。
「今夜には許可されるかどうかが分かるでしょう。もしアキ殿の調べたい事が話せるのであれば、儂が調べておきますが」
「申請がダメだったら時はソレでお願いします」
この時点で、まぁ許可は下りないだろうなとは薄々感じていた。
例え下りたとしても、この好奇心の強いヤードさんは許可が下りていない事にして、僕が調べたがっている情報を引き出すに違いない。
そうなってくると、今夜までにどうやってその問題をかいくぐるか考えないといけない。
「お父様。では今夜もアキ様と一緒に食事ができますの?」
「問題ない。既に全ての宿にアキ殿を宿泊させるなと伝達した所だ」
……さらりと物凄い圧力がかけられている事を告白している。
そして更にさらりと、僕の知らない所で今夜僕がココに宿泊する事も決定しているみたいだった。
「さすがですわお父様!」
そしてそれをさも当たり前のようにさらりと受け入れるベルさん。
出会って日が浅いけれども、この2人は間違いなく血がつながっている事を僕は確信する事ができた。
「本日はどちらに行かれるんですか?」
「昨日まったく体を動かしていなかったので、外で狩りでもしてこようと思います」
本当はシャドーウルフに会いに行きます、なんて言えばドン引きして開放してくれるだろうか。
冗談と受け止められるか、更にめんどくさい事になるだけだと分かり切っていた言葉を頭の中で焼却する。
「でしたらその前に大通りの武具屋に向かうといい。その装備ではそのあたりの魔物に勝てませんぞ」
「ではそうすることにします。行ってきます」
「いってらっしゃいまし!」
貴族2人と大勢のメイドさんに見送られながら、17日目のファンタジーライフが始まった。
なんとも奇妙な展開になってきたが、過ぎた事を考えていてもしょうがない。
とりあえずは、アドバイス通り切れ味の悪い剣だけは買い替えようと思い、指定された武具屋へと向かう事にした。




