嘘の歴史とイライラ勇者
三階建ての巨大な建物、大きさは東京ドーム3つ分くらいあるだろうか。
その壁には隙間なくビッシリと本が並べられていて、1つの芸術作品のような神秘的な光景が広がっていた。
本が大好きな人であればきっと天国のように感じる事だろう。
流石にそこそこの入場料を取る図書館だけはある、ここならお目当ての情報も入手できるだろうと意気揚々と確信した。
ちょうど目に入ったトラップ関連の本を1冊取り出す。
"実際に掛かって確かめた! トラップ大全集" ……普段活字を読まない僕も読みたくなるようなタイトルだ。
毒矢が飛んでくる罠、魔物が召喚される罠、踏んだ瞬間落とし穴が発動する罠、鉄すら溶かす酸が天井からぶっかけられる罠。
その中でも、踏んだ瞬間に腐ったパンが周囲にばら撒かれ、二度とパンが食べられなくなるトラウマを植え付ける恐怖のトラップが地味に一番怖そうだった。
そして最後に締めくくりとして紹介されている罠が1つ。
「転移魔法……」
そういえば聖都でガレンさん達が「一歩踏み込んだら転移魔法トラップが発動して一瞬で下層にぶち込まれて死にかけた」って話を聞いたような気がする。
もしこのトラップを習得できたら色々と幅が広がりそうだが、初日から何度かそれっぽい練習はしているものの発動する気配は一切なかった。
この莫大な量の魔法書から転移魔法の情報だけを探し出すのは血反吐を吐く思いをしそうだ。
そもそも僕はそんなに頭がいいほうではないから、とりあえずどこかで現物を見ない事には何も理解する事ができないだろう。
百聞は一見に如かず、偉い人が作った言葉にとりあえず従うことにする。
一番の目的である勇者と魔王関係の本の内容は、聖都とほとんど一緒だった。
"4人の勇者は剣と魔法で魔王を倒しました、めでたしめでたし"
この世界にきて初日から疑問に思っていた大きな壁に再び衝突する事となった。
魔王は倒されていない。正確には"魔王は倒されず封印された"のだが、何故この真実が隠されているのだろうか。
隠すという事は、真実が明るみにでると不利益があるか、隠す事で利益を得る人間がいるという事だろうか。
そもそもだ、魔王はこの世界に存在しているという事実がどうも納得いかない。
"4人の勇者に魔王は討伐されたが、その後に新たな魔王が生まれた"……そんな事が本当にあり得るのだろうか?
そりゃ剣と魔法のファンタジーなのだから、あり得る事ではあるんだろう。
けれども、理屈が分からない。
何故300年経過した今でもその魔王が存命しているのか。
300人以上の勇者が召喚されているのに、何故いつまでも倒されないのか。
魔王トランさんは勇者の数が多ければ多い程、勇者への願いが分散されて1人あたりの力は弱くなる、つまり総合的な戦力が低下すると言っていた。
数多く召喚されているのは、トランさんの持つ"触れるだけで勇者の魂を破壊するスキル【勇者殺し】への対抗策だと思っていた。
……はぁ、なんだかもう頭がこんがらがってきたよ。
ここに来て何か分かるかと思ってたけど、分からない事が増えただけだ。
トランさんを助ける糸口のこれっぽっちも見つかりそうにない。
情報を整理しよう。
魔王トランさんは確かに封印されている。
だけども、その事実を何者かが隠している。
その後、新たな魔王が誕生し約300年この世界に降臨し続けている。
勇者を300人以上召喚している理由は不明、魔王が封印されている真実を知る物がいつか来る処刑の日に備えて準備している為なのか?
「……分からない事が増えただけだよ」
まぁ、分からない事が分かっただけでも良しとしよう。
セルフサービスの黒く苦いコーヒーのような物を飲みながら、暗くて見えない目標に頭を悩ませながらそう思った。
口直しに勇者のスキル関連の本を読んでみると、属性攻撃、防御、強化弱体くらいしかかかれていなかった。
槍になる鳥や、罠消しのスキルについて調べたいのに、それっぽい事は何処にも書かれていない。
なんだかここまで徹底的に隠蔽されると、何かしらの意図を感じざるを得ない。
他に情報を調べようにも、この図書館に置かれている本の大半が魔術書で有益な情報は無さそうだった。
英語と数学がごちゃ混ぜになったような難解の本が、この空間の9割を占めている事に気づいた時には一刻も早くここから脱出したくなる思いしかなかった。
随分と偏った図書館だな、なんて悪態をつくのを我慢しながら受付の人に聞いてみる。
「図書館はここだけなのですか? もっと詳しい本がある場所は無いんですか?」
「ここより質の高い図書館は確かにありますが、魔法学部の優秀な方か貴族のみ閲覧する事が許されています」
ここも十分質が高いんですけど? と言いたそうな顔で睨みつけながらそう教えてくれた。
この世界の女は全員怖くないといけない法律でもあるのかよ、そう思いながら僕はしぶしぶと図書館を後にした。
外はすっかり綺麗なオレンジ色に染まっている。
肩を下ろしため息をつきながら地面を眺めていると、今夜お嬢様から食事に招待されている事を思い出してしまった。
……行きたくない! 行きたくない! 行きたくないよ!
なんでわざわざ緊張しながらご飯食べなきゃいけないんだよ!
なんで周囲に気を使わないといけないんだよ! 僕の数少ない癒しを奪わないくれ!
……などと叫んでいる心が声が聞こえる。
わかる、わかるぞ自分。その気持ちはすごくわかる。
ただまあ、前に進むためには嫌な事もやらなきゃいけない時もあるんだ。
このまま無視してしまえば、後々更にめんどくさそうな事になりそうな予感があるのに自分でも気づいているんだろう?
「……はあ」
この日何度目か分からないため息を、僕は息を吐く度に繰り返す。
服は新しい立派な物を買ったほうが良いのだろうか。
いや、ドレスコードに引っ掛かり追い返されたらそれはそれで良しとしよう。
どんなおもてなしが待っているのかは知らないけど、なるべく穏便に対応してほしい。
というか、なんで人助けした方がこんなに苦しまなければならないんだろうか、まったく意味がわからない。
僕はもうこの世界では二度と人助けなんてするもんか、そんな重い心を引きずりながら本日のイベント会場に向かう事にした。
◇◇◇◇◇
「儂が当主のアイオロス・ヤードだ」
残念ながら犬は居なかったので、その辺の人に「アイオロス家は何処にあるんでしょうか」と聞くと「へぁ!?」と突拍子もない奇声を叫ばれた。
怯えているのか、関わりたくないのか、きっと両方の感情が込められているであろう言葉を聞く人全員から引き出す事ができた。
そうしてたどり着いた先には、巨大な屋敷と一目で権力者と分かる風貌の初老の男が僕を威圧的に歓迎してくれた。
「勇者として当たり前の事をしただけだろう? 何故貴様のような奴に礼をせねばならんのだ」
黒服の執事、そしてメイドが僕を囲むように位置取りを始める。
「ええ、仰る通りだと思います」
「では貴様は何故ここに来た?」
持っているステッキを大きな音を立てるように叩きつけながら、不機嫌そうに僕に聞いた。
「あなたの娘さんに招待されたからです」
「わが娘を手に入れたいのか? たかが勇者の皮を被った冒険者風情がか?」
「理解できないようなのでもう一度言いますが、貴方に似て礼儀正しい娘さんに招待されたから来ただけですよ」
ピリピリとした空気が、綺麗な夕焼け空の下で台風のように渦巻き始める。
ありがたい事に、僕の心の住民は満場一致で「よーしいいぞ! このまま帰ろう! こんな奴と食事をするのはごめんだ!」という意見で纏まってくれていた。
「金か? 金がほしいのか? いくらだ言ってみろ」
「お金で解決とはなかなか分かりやすくて助かります。できればお金より貴族専用の図書館とやらの入場券がほしい所ではありますが」
「一体何のために?」
「勇者の皮を被った冒険者のゲスな考えなんて、高貴な貴族様には理解できないかと」
コイツと会話をしてるとストレスしか得るものが無い。
その謝礼金とやらにケバブの代金を上乗せして渡してくれるなら今すぐ帰るのに、なにをグズグズしているんだろうか。
昼から不運続きの1日が、さらに最悪な出来事で締めくくろうとしている今日の人生に僕は怒りを覚えていた。
「貴様、勇者とは何か言ってみろ?」
馬鹿にしてるんだろうか? この場に人目が無ければ本能に従って焼き殺してしまいそうな気分だ。
突然始まったなぞなぞに、僕はおじさんに背を向けながらこう答えてやった。
「このボロボロの服みたいなもんですよ。誰も気にしない飾りのようなものです」
その答えに大変満足したのか、後ろから趣味の悪そうな大笑いが聞こえてきた。
「はっはっは! ……いやはや。お許しください勇者様。儂は金持ちですからな、色々とだましてお金を奪おうとする輩が後を絶ちませぬ」
「いえいえ、貴族様くらいになると勇者ですら試すのだなあと、大変勉強になりました。なので許してあげましょう。そして今すぐ帰らせていただきます」
「このまま返してしまってはアイオロス家の恥になります」
「それはいい事を聞きました。本望です。帰ります」
早歩きで門へと向かおうとすると、おっさんが持っていたステッキを使い、ドンッと軽く人を殺せそうな大きな音を立てた。
それを合図に、包囲していた執事とメイドが僕の行く手を阻む様に壁を形成する。
「今夜は絶対に返しませぬぞ」
……男から言われても全然嬉しくない言葉を背後から聞いた。
「勇者殿、1つ我が儘を聞いていただけるのでしたら、是非ともボロボロになっている勇者の証だけは着替えていただきたい」
我が儘が服を着て歩いているような人間が、僕の服装に何か文句を言っているようだった。
「お願いします! 言う事を聞いてください! じゃないと私達が大変なんです!」という執事とメイドさん達による涙の圧力に負けて、僕は大人しく招待されることとなってしまった。




