泣きっ面に会心の一撃
聖都よりも一回り大きく、あちらこちらに雲に届きそうなくらい高さのある魔法塔が連なっている。
夜空に輝く星より眩しく、青と白を基調とした光線が街を色鮮やかに彩っている。
全てが魔法で構成されているこの場所は、無機質な物質でさえまるで生命力を持ち、力強く命の鼓動を震わせているようだ。
ここは四大都市の1つ 魔法都市ヘブンスター。
冒険者と魔法使いが集う、超が付くほどの大都市である。
こんなファンタジーチックな要素満載の場所でワクワクしない道理は存在しない! いざ探索! と行きたい所ではあったけども、まずは体を一刻も早く休めたい。
今までの道のりが大変だった上に、今日は1人でも大丈夫と言っていたリリーが時間ギリギリまで僕を離してくれなくてボロボロに疲れ果てていた。
それは嬉しくもあり、別れがますます辛くなる悲しさでもあったのだけれど、まぁいざとなったらいつでも会えるんだ。
だから、あんなに涙目になるまで悲しまなくたっていいと思った。
……まぁ僕も少し涙目になったんですけれども。
お金なら殺した冒険者から根こそぎ奪って大量にある。
僕はそこそこ良さそうな宿で一夜を過ごす事に決めた。
チェックインを終えた後、早々と重い荷物を投げ捨てベッドにダイブする。
相変わらずのふかふかの布団は、いつも僕を体の芯まで癒してくれる。
リリーには悪いけど、自前のもふもふがあるから大丈夫かな。
危ない事が多々あったけど、なんとかここに辿りつけた自分を褒め称えながら、心からの安心した睡眠を朝まで思う存分楽しむ事にした。
◇◇◇◇◇
鋭い朝日が瞼を貫通して脳を刺激し始める時間。
有り難い事に毎日同じことを飽きずに繰り返してくれる太陽さんに睨みを聞かせながら、ガタついた上半身をゆっくりと起こす。
昨日は暗くて見えなかった白い壁が、より一層僕を照らしてくれちゃっているような気がした。
「おはよう」
一応自分の影に挨拶をしてみるけど、当然返事は返って来なかった。
久々の1人寂しい朝を迎えた僕は、気怠い体を動かしながらそこそこ高い宿の朝食を想像しながらまずは顔を洗う事にした。
「朝食ですか? もう既に終わってますよ」
そんな言葉を投げかけられた僕は、きっと世界が終わったような表情をしていたに違いない。
朝食を食べてから軽く探索、昼頃から図書館にでも行こうと思っていた計画が最初の一歩で穴の開いた靴下のようにボロボロになってしまった。
外に一歩踏み出すと、太陽は元気よく真上に位置取り僕をあざ笑うように居座っていた。
起きた時に感じたのは朝日じゃなく、エンジン全開の光だと理解するのにはそれほど時間はかからなかった。
だからどうした、そんな真実今となってはどうでもいい。
何処にもぶつける事が出来ないやるせなさを空に向けながら、ファンタジーチックな魔法都市の下り坂をテンションだだ下がりのまま当てもなく歩き出した。
魔法都市と名乗るだけあってか、あちらこちらで魔法使いの恰好をした人で溢れかえっていた。
困った事にそのローブを着た魔法使い全員が、脅威の強さを持った魔法使いのモルガナさんに見えてしまいちょっとしたトラウマになりかけそうだ。
なんでだろう、この都市は初日から僕を殺しにきているかのようなイベントを盛りだくさんでブチかましてくれている。
そんな気持ちを救うかのように、僕の視界に武器と防具の店が姿を現した。
腹は減っては戦はできぬ、武器が無くても戦はできぬ。
偉い人が考えた言葉をインスパイアしながら、まるでおもちゃ屋を眺める子供のような目をしながらその店に足を踏み入れる事にした。
僕が富豪の子供だったら、店の入り口に飾ってあるピカピカ光ってる強そうな鎧をキャッシュで買ってもらっている所だ。
そんな童心くすぐる武器や防具が数多く並べられている絶景を眺めながら、この世界にきて断トツ一番でテンションがアゲアゲしている僕。
そんな興奮の最中"グレネード"と書かれた魔法具を発見してしまった。
「すみません、これってどんな効果なんですか?」
「ちょっと魔力を流して投げるだけで大爆発する、使い切りのお手軽魔法具ですよ」
……!?
我ながらいいネーミングセンス シンプルイズベストだと思ったグレネードという名前がお手軽価格で店頭で売られていた。
いやいやそれよりも、僕の奥の手がこんなお手軽に魔法具として売られているのが結構、というかかなりショックだ。
投げたら、爆発する。
よくよく考えればこれ以上ないシンプルな物だった。
「じゃあこれはなんですか?」
「それはね、当てるとしばらく相手の動きを止めるの」
「じゃあこれは?」
「それは、周辺の気配を察知できるの」
「……はぇ!?」
固まった表情から変な声が漏れてしまう。
【狩人の罠】とかいうスキル、名前はショボいけど万能だよね! 凄いよ! って思ってたけど実は全然凄くない事が判明してしまった。
僕のスキル全部魔法具で代用できんじゃねーか! ふざけんな!
なんだよこれ、すごい現実を、見ちゃいけない真実を目の当たりにしてしまっているような気がするよ。
「……そのポケットサイズで超便利☆魔法障壁ってやつを3個ください」
「毎度っ!」と元気でとてもいい声をだす店員さんに、僕の元気が吸い取られていくような感じがした。
……残念ながらファンタジー魔法都市をウキウキ探索って気分ではなくなってしまった。
そうだ、今日はおとなしく夜まで図書館とか資料が置いてある場所に行って無心で調べ事をする1日にしよう。
踏んだり蹴ったりされたついでに殴られたり斬られたりされたらたまったもんじゃない。
不幸への細心の注意を払いながら看板を目印に歩いていると、屋台がいくつか目に入った。
……そういえばまだ朝も昼も食べてない。
香ばしい香りを漂わせていた屋台で売っていたケバブっぽい食べ物を買う。
腹が満たせれば何でもいいやと思っていたジャンクフードは、こちらのハードルを軽々と飛び越える絶品だった。
シャキシャキとした歯ごたえがある野菜、甘いはずなのに他の食材と絶妙に調和する果実、切り落とされた肉から溢れるくらいの肉汁がほとばしる謎の肉。
相反する存在同士がコンサートを開催できるくらいにマッチしたこのケバブは、この世界で食べた物で断トツで美味しかった。
僕の馬鹿舌が一口食べただけではっきりと分かるくらい、疲れ切った精神に潤いを与えながら感動を教えてくれた。
朝食を食べ損ね、店で不幸な現実を知る事ができなければ、この幸せにはたどり着けなかった。
そう考えると、自分の身に降りかかった不幸も今日に限っては悪くなかったのかもしれない。
そんな幸せの2口目を噛みしめようとしたその時、ケバブに意識を奪われて油断していた僕は曲がり角から猛スピードでこちらに向かってくる女性に気づく事ができなかった。
成す術もなくそのまま彼女の頭が僕の顎に会心の一撃を与えた。
変な声を出しながら無意識にうずくまってしまう。
顎がすさまじく痛い。
カラスのチャラ男以来こんなダメージを受けたことがない。
それくらい痛かったし、なにより一口しか食べてないケバブを落とした現実が僕に精神的大ダメージを追撃し始めた。
「貴様! 一体どこを見て歩いているんだ!」
「お嬢様が怪我を成されたらどうする!」
後ろから走ってきた男達がうずくまっている僕の上から何やら暴言を吐きだしている。
「……すみません」
全然すみませんじゃないんだけど、今の僕からはそれしか言葉がでなかった。
「貴様はこの高貴なるアイオロス=ベル様に傷を付けたらどうなるか理解しているのか! 世界の損失だぞ!」
「殺されたいのか! いますぐ顔を上げてその胡散臭い面を見せてみろ!」
言いたい放題頭の上からご説教を賜り光栄の極みだ。
この痛みが引いたらお前らの血の気を引かせてやろうか、そう思いながら僕は顔を上げる事にした。
そこにはどこかで見たような、金髪ポニーテールで胸の大きい気品漂う女性が僕を見下すように睨みつけていた。
「すすすす……」
そんな彼女は突然顔をりんごのように真っ赤にしながら、僕に向かってこう言った。
「すみましぇん!」
思いっきり噛んでいる女性は、よくみると先日助けた女の子だった。
「私としたことが、いいいいいい命の恩人に、大変ぶぶぶぶ無礼な事をっ!」
「お嬢様、こんな低民に頭をさげるなぞ」
「――黙りなさいッ!!」
その一言で、ざわついていた周囲の人間全てが静まり返る。
どうしてこう、僕が遭遇する女性はこんなにも強気な人ばかりなのだろうか。
少しは和やかな人にあって癒されてみたい心境になるのも、致し方ない事だと思う。
「いえ、あまり気になさらないでください……」
地面に落ちたケバブを気にしながら、僕はそう伝えた。
「お気になりますわ!?」
こちらに詰め寄った衝撃で、ケバブに土がいくらか被った光景を僕は無感情で見つめていた。
「ききき昨日あたりにご到着なさるかと思い、おおおおお待ちしておりましたんですのよ?」
「すみません、すっかり忘れていました」
なっ!と驚愕する顔を見せる彼女。
なんだかとても悪い事をしている気分になってきた。
悪い事をされているのは僕のはずなのに、この人が悪いのか世界が悪いのかよく分からなくなってくる。
「では今からでもご招待いたしますわ!」
「すみません、今から急ぎで調べものがありまして、大変申し訳ないんですけどお断りいたし……」
「じゃあ夜なら大丈夫ですわね! 晩御飯をご用意させていただきますわ!」
ビシッ! っと僕の顔を指さす。
非常にめんどくさそうな事になる事は100%分かっている事だから避けたいだけなのに、彼女には遠慮しているように見えているらしい。
ハッキリと断ろうとしようにも後ろでは無言の威圧感を放つ黒服の男たちが存在する手前、断る言葉を発する事はできなかった。
「あちらの方角に我が家があります! アイオロス家は何処かと聞けば犬でも道案内しますわ!」
マジかよ。この世界の犬は万能だな、僕より頭が良さそうだ。
「では、お待ちしておりますわ!」
返答をする間もなく、慌ただしくダッシュでその場を立ち去るお嬢さん…… 確か名前はベルさんと言ったっけ。
また誰かとぶつからなきゃいいけど、なんて思いながら僕はケバブを美味しそうに啄む鳥が完食するまで、長い時間呆然と眺めていた。




