救世主の教育方針
「救世主様、もう出発されるのですか?」
「救世主様、お弁当をご用意しました。お昼に食べてください。
「救世主様、またお越しいただけますよね? 一同いつでもお待ちしております」
「お、お気遣いありがとうございます」
村人全員の見送りを受けながら、なんとも勇者らしい格好で16日目の冒険が始まった。
昨夜から始まった怒涛の精神攻撃は僕の心に効果抜群の傷跡を残した。
村長になってくれだの、村を導いてくれだの、うちの娘を貰ってくれだの、なんだのかんだの……。
心の底からそう思ってくれているのか、都合の良い道具として利用しようとしているのか、本心はわからない。
そんな事は分かりたくもないし、理解もしたくない。
責任感の重そうな重職に付きたくないし、導いてくれなんて言うフワフワした言葉に従いたくないし、初対面の女性を嫁にもらえる程僕の器は大きくない。
「僕はこの村だけでなく、世界を救いたいのです」なんて勇者みたいな事を言わないと誰も開放してくれなかったし、その言葉を伝えた事に対してなんの後悔も無い。
だけども、見送ってくれる小さな子供が「きゅうせいしゅさま、がんばってね!」なんて言われてみろ、流石の僕も決壊したダムから流れ出たような量の罪悪感を頭から浴びた状態になってしまう。
だけども、毎日毎日辛い現実と向き合い、時には全力で目を背け続けて来た長い旅も、今日でようやくひと段落が付く。
本日の目的地は四大都市の1つ、魔法都市マジックスター。
聖都ですらどれだけ大きかったのか把握しきれなかったのに、それより更に巨大な大都市らしい。
空飛ぶ乗り物とかあるのかな、でも貴族が馬車を走らせてる光景を見るとたぶんないのかな。
否、剣と魔法の世界なのに空を飛べないなんておかしい、きっとどこかに隠してあるに違いない。
というか無いと困る、もう歩いて移動なんて原始的な事はこれっきりにしてほしい。
魔法という便利な物は、魔法みたいに便利な物でなければならないんだ。
そんな意味の分からない思考をループさせつつ、右手に持った5人前の重たいお弁当が筋肉痛の体へ多大なダメージを負わせている現実を意識しないように、僕は死んだ目で歩き続けた。
◇◇◇◇◇
太陽が僕達を狙う絶好の位置に到着した頃、リリーのお昼ご飯を調達しに森の中へと入って行く。
リリーの後ろについて歩くと、少し離れた所の開けた場所に、何かの肉を貪っているオークを発見した。
すぐ上には複数のハーピーが綺麗な青空を舞っている。
周りをよく見れば、星形の木の実やピンクの綺麗な花があちらこちら咲いている。
それらの光景を総合すると、根拠は無いけれども、なんとなく魔法都市っぽい雰囲気がしたし、新しい土地に踏み込んだ感じもした。
光り輝く花が歓迎してくれているかのように、爽やかな風を受けてふわりふわりと揺れている
元の世界では味わえなかった大自然を味わいながら、僕はゆっくりと剣を構えた。
オークを2つのトラップで縛り上げ、勢いよく走りつけ首筋へ剣を全力で突き立てた。
両断……とまではいってくれない。残念ながら首の半分も切り裂く事ができていない。
剣が悪いのか、僕の腕が悪いのか……まぁ9割くらいは後者だろう。
連日鍛えてきたつもりなのに、僕は剣術はセンスの欠片すら感じさせて貰えなかった。
まるっきり才能がない、というよりもよく考えたら今まで僕がやっている事といえば、力任せに剣を叩きつけているだけだ。
しかも大半は動いてない相手に対して、だ。
やっている事はその辺の木こりと大差がない。
とは言え、目の前に突然剣の達人が現れて稽古してくれると言われても「いえ、僕はインドア派なんで!」とか言いながら裸足で逃げる自信がある。
それくらい本来の僕は体を動かす事が嫌いなんだ、等と言い訳を考えながらオークの斬り口にトラップを仕掛け、大砲のように頭を吹っ飛ばした。
……いやまてよ、魔法都市なら、魔法都市ならなんとかしてくれるんじゃないだろうか。
どんなに硬い相手でも豆腐のように斬れる魔法剣とかあるのかもしれない。
ひょっとしたら剣じゃなくて銃とかあるんじゃないか!?
……などと、まるで魔法少女に憧れる子供みたいに心がわくわく踊りだしてくるような気分になってくる。
そんな希望を抱いている隙を狙うように、上空からハーピーが物凄い勢いで襲いかかってくる。
突然だが、僕の半径50メートルだった察知距離がなんと100メートルくらいまで成長していた。
建物で例えるとだいたい30階くらいの高さ、そう考えると100メートルって凄い距離だと僕は思う。
円形の察知空間は、そのまま僕の射程距離でもある。
その空間で、僕の隙をつくように背後から物凄いスピードで接近してくるハーピーに束縛トラップを仕掛けた。
全身が動かなくなったハーピーは、流星の如き速さでそのまま地面に激突する。
上半身はグチャリと原型を留めておらず、逆に綺麗に残っている下半身が異様な光景を際立たせていた。
ピクピクと動いている体からは既に生気を感じさせない、そんな残虐極まりない事故を起こした僕は「……怖っ!」なんて、ありきたりな感想しか口から出なかった。
自分でやっといて何だけど、今のは物凄く痛くて怖そうな死に方だった。
自殺は色々考えたけど絶対に飛び降り自殺だけは無理だと思っていた、というか高い所の時点で既にダメだ、タマタマがヒュンッとしてしまう。
なんて緊張感のない事を考えていると、まるで敵討ちのように2匹目のハーピーが背後から襲い掛かってきた。
しかし残念ながら、その復讐劇は地上から放たれた紫の閃光と共に喰いちぎられてしまった。
回転しながら着地したリリーの口には、理解できないまま死んでいったハーピーの顔がピクピクしながらまるで笑っているかのように動いていた。
ようやく狩る側ではなく狩られる立場だと気づいた上空のハーピー達は、一目散に逃げていく。
出るのが早すぎた、もっと仕留めたかった、という分かりやすい言葉を、リリーが顔で表現していた。
ハーピーってどれくらい堅いんだろうか? という疑問を解消する為にぐりぐりと剣で目玉をエグっていると、地上と空が一気に騒がしくなった事に気づいたのか、遠くから地響きをあげながら何かが近づいてきた。
その巨体は、周辺の木々を薙ぎ倒しながら豪快に姿を現した。
キリンのような身長、象のような体形…… いや、象より大きいんだけどそれ以外に例えるべき物が見つからない。
武器が巨大な斧ではなくて棍棒だったらもうそりゃ想像通りだったよ、というくらい存在感のあるトロールが殺気を放ちながらこちらを捕捉していた。
まるでダンプカーのように一直線で向かってくるトロールを、3つのトラップで縛り上げる。
一瞬止まったかと安心すると、とんでもない絶叫でこの空間に存在する物体全てを震わせてきた。
隠れていた鳥や小動物が凄い勢いで退散していくのを見ると、相手は自然災害が具現化したような存在なのかと錯覚してしまいそうだ。
岩のように堅そうな皮膚、巨大な斧を軽々と振り回す圧倒的な力、ある程度知能のありそうな立ち振る舞い。
これがラスボスですと言われたらハイそうですねと即答しそうな雰囲気を、木漏れ日が綺麗な緑豊かな森で場違いに放ち続けていた。
目の前の僕をカモがネギしょってガスコンロと酒とおまけに〆のラーメンを持ってきている食料としか認識してないのであろう。
不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと無敵の巨体を動かして確実にコチラに近づいてきた。
……しかし、今まで生きてきた中で脅威と呼ぶべる物が存在しなかったからなのだろうか、こいつは致命的に察しが悪すぎた。
まるで動く霜降り肉が前菜とデザートに高級肉を持ってノコノコ歩いている光景を見ているかのような、そんな表情で嬉しそうに立っているシャドーウルフが後ろにいる事にまるで気づいていない。
数秒後、そのままトロールは成す術もなく太い首を綺麗に刈り取られた。
物理的ではなく空間ごと刈り取るその攻撃に、もはや防御力は意味を成さなかった。
こんな状況でも楽しそうにしてしまうリリーの性格はちょっと悪い傾向にあると思う。
育て方を間違ってしまったのかもしれない、いや、別段特別な事をして育てた覚えはない訳ではあるんだけれども。
まぁ、血液が緑色という点を除けばもはや見慣れた残酷な光景に鼓動一つ速めることなく眺めている僕も、色々と悪い傾向に突っ走っている気がしないでもない。
いちいち殺す毎に興奮してたら体が持たない、そう言ってしまえばそうなのだけれども、なんだか悪人になっているような気がして自分が心配になってくる。
……いや、間違いなく悪人なんですけどね。
「リリー」
自分の10倍以上ある大きさのご馳走をいただいているリリーに声をかける。
黒いワンピースドレスがすっかり緑色の血で染まっているリリーは、口をもぐもぐさせながらこちらを向いた。
「魔法都市で色々と調べないといけないことがあるんだけど、感知系の能力や魔法具があると思うからリリーは入る事ができないんだ」
「うん」
「だから、申訳ないけど今日からしばらく1人で過ごしてもらう事になっちゃうんだ。大丈夫かな?」
「……子供じゃないから大丈夫」
マジかよ子供じゃなかったのかよ、パパとしては逆にちょっと心配になってきたよ。
「寂しくない?」
「……全然寂しくない」
それはそれでその言葉は僕が寂しくなってしまうんだけど…… なんて考えていると、食べるスピードが半分以下にまで減速しているリリーがすこし涙目になっている事に気づいてしまった。
……大変申し訳ない、誠に大変申し訳ないんだけれど、仕方のない事なんだ。
魔王退治の結末や魔法スキルについてとか、色々と難しい事を調べ上げなきゃいけない。
この世界が知らない事が多すぎるのが悪いんだ、恨むなら世界を恨んでほしい。
「リリー大丈夫! 寂しくない! きっとすぐ終わる! 頑張れば1人でできる! そうだ、後でもうちょっと狩りの練習でもしよっか!」
そのままのスピードで食べてたら、日が落ちてしまって魔法都市に辿りつけない事態に発展してしまう。
この世界にきて最大の難易度"小さなリリーのご機嫌取り"イベントを攻略しないと、この危なっかしい場所で野宿する事になる。
「……別に!」
そう言い放った彼女は、ふっきれたように恐ろしい速さで食事を再開してくれた。
「別に!」なんて返答をどこで覚えたんだろうか、誰かが教えたんだろうか、だとしたら純粋な子に育ってほしいと願っている僕からして見ればまったくふざけた野郎だ。
あまりお勧めできた言葉ではない、女の子には使ってほしくない言葉使いだ、そう思った僕は今後「別に~」という言葉を極力使わない事を強く心に決めた。
トロールを食べ終わってゆっくりと街道を歩いていると、僕の左手に彼女の小さな右手が自然と触れた。
なるべく早く調べものを終わらせよう、改めてそう思う僕だった。




