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立派な勇者の好き嫌い

 地獄の沙汰も金次第、それはこの異世界も例外では無くお金がないと満足な待遇が得られない。

 狼と山賊との闘いによってあちらこちらに散らばった硬貨を必死に集め終える頃には、僕の腰は限界に達していた。


「……帰ろう」


 冒険者と山賊との闘いより疲れる作業を終えた僕は、美味しいご飯の待つ町へと戻ろうとした。

 そんなボロボロの身体を引き留めようとリリーが服を引っ張ってくる。


「まだ人間がいるよ」


 ……すっかり忘れていた、当初の目的は人質を救出する事だった。

 今日はこれ以上トラブルに巻き込まれたくないという強い意思と、一日中子供との遊びに付き合った父親の3倍くらいに膨れ上がっていた疲労感が、今の言葉を聞かなかった事にして帰ってしまいたい衝動に駆られていた。

 ただ、このまま帰った所で人質はどうだったのか、他の冒険者はどうしたのかと根掘り葉掘り聞かれるに決まってる。

 恐らくエロ同人みたいな状況下に晒されているでろう人達を助ける覚悟を決め、唾を飲み込みながら再び隠れ家へと入って行った。


 リリーに導かれて人質のいる空間へと向かっていく。

 近づくにつれ、なんとも不快な臭いが僕の鼻を通して鋭く攻撃を開始し始めた。

 血の香りは慣れていても、他人の"致した"臭いに耐性を持つ訳ではなく、というか絶対に慣れたくないし関わりたくない。

 今すぐその辺に置いてある木材に火をつけて煙で充満させたほうがまだ居心地が良さそうな空間に、場違いな狼と人間が足を踏み入れた。



「ひぃっ! もう無理です! 来ないでください……っ!」


 複数の悲鳴と鳴き声が小汚い部屋から聞こえてきた。

 そこには牢屋があり、中には数名の女性が隅で震えながら怯えていた。

 もはや負の感情しか存在しないその場所から一刻も早く脱出したい、させたいと思った僕は迷わず牢屋の鍵を破壊する。


「山賊は残らず殺しましたので、もう大丈夫ですよ」

「……!? 助けにきてくれたんですか!?」

「えぇ、そうです。大変でしたね、とりあえず一緒に町へと帰りましょう」


 歓声を上げる者、未だ信じられない者、泣きだしてしまう者。

 さまざまな感情が入り混じる中、何の反応も示さない女性が部屋の隅で未だ震えた状態だった。


 金髪ポニーテールで、他の人とは違い立派で高そうな服を着ている彼女は、出発前に聞いていた金持ちのお嬢様だと察する事ができた。

 可哀そうに、箱入り娘のお嬢様がいきなり誘拐されてこんな場所にぶち込まれたら、一生モノのトラウマになるに違いない。

 そんなトラウマになりそうな空間と臭いを我慢しながら、気遣うように彼女に近づいた。


「1人で歩ける?」


 この人めちゃくちゃ胸がデカいな! なんて不謹慎な事を考えながら声をかけたせいか、なんの反応も示してはくれなかった。

 このまま彼女が正気になるまで待ってたら夜になってしまいそうだ、ここにいる全員がこんな所で一晩過ごす事なんか考えたくもないと思っているに違いない。


 よって、僕は彼女を無理矢理抱きかかえてそのまま町まで運ぶ事に決めた。

 結果的にお姫様抱っこのようになってしまっているが、決して下心があった訳ではなく、このような手段でしか運ぶ事ができないんだと自分に言い訳をしておいた。

 急に身体を持ち上げられた彼女は、暴れずにそのまま身を任せていた。

 服の裾をギュっと握っている所をみると、まだまだこの状況に安心できていないんだろうか。


「よく頑張りましたね、もう大丈夫ですよ」


 あまり考えずに放ったその言葉で、彼女は大声を出しながら泣いてしまった。

 それが良い事なのか悪い事なのかは理解する事はできないが、感情が死んでいなかった事を確認できただけ良しとする事にした。


 本当は彼女達全員をリリーのお昼ご飯にしようと思っていたが、心の端っこに転がっていた良心という物が「助けてあげてもいいんじゃない?」と投げやりに提案をしてくる。

 今日は十分お腹いっぱいになっただろうし、何よりこの世界にきてから勇者らしい事を一切していない。

 たまには勇者の箔をつけるのも、きっとこの先悪い事にはならないだろうと判断した。


「それじゃあ行きましょうか。僕が先頭に立ちますので、みなさんあまり離れないでついてきてくださいね」


 お、なんだか勇者っぽいセリフだな!

 ……いや、実際勇者なんだけれどね。



 ◇◇◇◇◇



 寝ている人間ってなんでこんなに重たく感じるんだろうか、なんて事を考えている内になんのトラブルもなく町に到着する事ができた。


「おぉ! みんな! 無事だったか!」


 まるでドラマのような感動の再開が繰り広げられている所を見ていると、人助けってのも悪くはないなと思ってしまう。

 そんな感傷に浸っていると、偉そうな人間が猛スピードでこちらに近づいてくる。


「おい! お嬢様は無事なのか!?」


 昼の酒場で飲んだくれてるオッサンみたいな大声で怒鳴りつけてくる馬鹿に、赤子でも分かるように説明をする。


「疲れて、寝てるだけですよ」


 それを聞くと、周りの偉そうな人間2号と3号は慌てふためく。


「旦那様に早馬を出せ! ベル様は無事だと伝えるんだ!」

「医者だ! 医者をよべ!」

「ここにはろくな医者が居ない! 馬車でそのまま都市までお運びするんだ!」


 僕は確かに寝てるって伝えたハズなのにどうしてそんな大声を出せるんだろうか、まったく不思議でしょうがない。

 腕の中で身じろぎする彼女を、僕はゆっくりと馬車の上に寝かせてあげた。


「勇者様、お名前は?」


 偉そうな人間4号が、僕の名前を聞いてくる。


「アキと申します」

「アキ様、後日魔法都市 アイオロス当家までお越しください。謝礼はその時に必ずお渡し致します」


 そう言い残すと、慌ただしく馬車を走らせ街道に消えていった。

 ……謝礼がなんなのかは知らないけど、めんどくさい事に巻き込まれそうなら行くのを辞めようと思う。


「旅の勇者様。なんとお礼を言ったら……」


 後ろを振り向くと、感動の再開に一段落ついた村人達がこちらを見つめていた。


「僕だけでは成し遂げられませんでした。他の冒険者が命を懸けてくれたおかげなのです」

「これは少ないですが、村からのせめてものお礼です」


 半ば無理矢理にお金を渡してこようとしてくる。

 それはこの世界の物価を把握しきれていない僕でも、このお金が村人達にとっては大金だという事がすぐに分かるくらいの金額だった。


「そのお金は、戻ってきた方と喜びを分かち合う為にお使いください」

「ですがそれでは……!」

「それが、僕の望みなのです。ダメでしょうか?」


 どうなっているんだと村人達は何故か混乱している様子だった。

 僕が素直にお金を貰わない行為がまるで問題があるかのように。


「……山賊の隠れ家には盗品がいくつか残っております。僕が言うのもお門違いかもしれませんが、そちらもよろしければどうぞ」


「あぁ! なんという事だ! まだこのような聖人がこの世に存在していたとは!」


 なんだかよく分からない内に物凄い勢いで崇められ始めた。

 頭を下げられたり、祈られたり、感動されたり。

 勇者から仏か神にランクアップしたかのような扱いを受けはじめる僕は、今日一番動揺していた。


「本日は宴を開かせていただきます! 救世主様もぜひ!」

「いえ、僕はメチャクチャ限界まで疲れておりますので、このまま宿で休ませていただきます! ご厚意だけいただいておきます!」


 僕のめんどくさいセンサーがMAXで警告を鳴らし始めた。

 感度が良好で助かる、今日ばかりは素直に休ませてほしいと心から願う所だ。

 というか冷静に考えてくれ、山賊退治して成人女性をここまで抱きながら運んできて疲れている人間を朝まで続きそうなドンチャン騒ぎに参加させる行為はバチ当たりになるのではないかという事を。


「ではせめて食事をご用意させていただきたい! ご希望はありますか!?」

「……じゃあ肉で。 肉が食べたいです」

「救世主様は肉料理をご所望だ! とびっきりの肉を町中からかき集めろ!」


 そこまでしなくてもいいから! かき集めなくてもいいから! というツッコミが更なる混乱を招きそうだったので、僕は大人しく宿の部屋へと逃げるように移動した。




 いつもと違うワンランク上の部屋に案内された僕は、そのままベッドに倒れこんだ。

 「今日はいっぱい勇者したね、よしよし」と誰かに慰められたらそのまま惚れ込んでしまいそうな気分だ。

 達成感やら、嬉しい感情やら悲しい感情やら、いろいろな思いがぐるぐると頭の中をまわりはじめる。


 そういえば、僕以外の冒険者が死んだと言った時、特には悲しんではいなかったように見えた。

 多額の税金を払っているのだから死んで助けるのは当然だ、みたいな雰囲気がでていた気がする。

 思い返せば、最初の村では税金で苦しいとか言ってたっけ。

 都市と村とでは大きな格差があるような事も言ってたな、なんて難しい事を考えていたら、とてつもなく大きい料理が運ばれてくる。


「先日、奇跡的に仕留める事ができた幸せを呼ぶ羊(ハッピー・シープ)の肉です。 本来であれば都市に献上する物ですが、これは運命かと思い用意させていただきました」


 奇跡的に用意できたと言われたその料理は眩く光り輝いており、あちらこちらから溢れる肉汁で魔法のように虹が作られていた。

 予想だにしていなかった魔法ファンタジー異世界メルヘンな料理が目の前で美味しく食べてくれとアピールしてくれているようだ。


 そのまま部屋に置かれ、料理人は退出していく。

 独りぼっちになった薄暗い部屋を、その料理は電球のように明るく照らし続ける。


 よだれを飲み込みながら、吸い込まれるように一番美味しそうな部位にナイフを入れた。

 まるでゼリーのように柔らかく切り込む事ができ、その切り口からは香ばしい香りが空間を駆け巡るように溢れてきた。


 そんな奇跡の一切れを、恐る恐る慎重に口に運び、ゆっくりと噛みしめた。

 瞬間、肉汁とうま味が爆発するように口内を満たし、一切れのハズなのに口いっぱいに頬張っているかのような衝撃を僕に与えてくれる。


 あまりの味に、僕は涙を流しながらそのままベッドに倒れ込み心を込めて叫んだ。





「僕、羊肉が大嫌いなんだよね!」


 本場北海道で食べたジンギスカンが当たってしまい、長期休暇の全てを病院で地獄を味わうハメになった思い出が走馬灯のように吐き気とタッグを組んで駆け巡りはじめる。

 そしてその思い出には"奇跡的に捕獲できた貴重な肉を僕の為に用意してくれたのに、一口食べて吐いてしまった"という最悪のシナリオが追加される事となる。


 なんという事だよ、なんという事だよ…… もう何も言葉がでてこない。

 もう信用ならない"めんどくさいセンサー"は一度ぶち壊して修理に出すとして、ひとまず目の前にある物凄く美味しいであろう羊肉をどうにかしなければならない。

 残したらダメだ。せっかく用意してくれたのに。

 はぁ、心臓が痛くなる、もう本当に何もかもが嫌になってきた。


 そんな状況に頭を抱えていると、リリーがぴょこっと影から飛び出してくる。


「……食べちゃだめ?」


 いつも食べていい? と控えめに聞いてくるのに、よほどコレを食べたいのだろうか。

 よく見ると口から涎が大量に流れ出ていた。


「全部食べていいよ」


 倒れ込んだベッドにそのまま横になり、布団をかぶって背中を向けながらリリーにそう伝えた。


「……マスター大好き」


 不意打ちを受けた山賊もビックリするくらい、鋭く愛情のこもった言葉を僕の心に届けてくる。


「……僕もだよ」


 照れ隠しに他愛もない言葉を返しながら、たった一言でおなか一杯になった単純な心と一緒にそのまま眠りにつく事にした。

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