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白銀の狼

 たいした食事を与えられていなかったようで、よく見るとどの狼も少しやせ細っているように見えた。

 そのせいか、15体もの死体は肉片どころか骨の欠片1つ残さず全て綺麗に喰らい尽くされた。

 冒険者の遺品の中に会った食料は結構な量があったが、それらも全て無くなってしまった。


 尋常じゃないくらいの喰いっぷりと見ていると、よほどお腹が空いていたんだろうなと思う。

 親からも世間からも虐待みたいな扱いを受けていた僕でも、動物虐待だけは絶対にやっちゃいけない事だと理解できる。

 動物に罪は無い、それだけはハッキリと分かっている事なのだから。




 僕の後ろには総勢100匹くらいいるだろう狼達がついてきている。

 その先頭を歩くリリーはまるで群れのボスのようで、なんともまあ不思議な光景だった。


「で、結局は野盗のリーダーさえ殺せば狼のリーダーは救出できるんだね?」

「たぶん、そう」


 ……物凄く大事な事を物凄く曖昧に返答をされているこの状況を一先ず整理する。


 まず、狼達のリーダーが山賊に捕まってしまった。

 従わなければ殺すと言われた、だから仕方なく従っている。

 魔法でつくられた檻は、魔力を持たない狼達では壊せない。

 無理に壊そうとしようものなら檻に衝撃が走り、中にいるボスが死んでしまうかもしれない。


 魔力供給元である山賊の首領を殺そうとするが、狼相手に隙を見せる相手ではなかった。

 仮に殺せたとしても、救出する前にボスが殺されてしまうかもしれない、そもそも檻を壊す手段が見つからなければそのまま一生助ける事ができない。

 解決策が見いだせない毎日が続き、このまま一生飼い殺される状況が続くのかと絶望していた。


 そんな時に、山賊に命令されて嫌々ながら人間達を殺しに行ったら、なんとその中にシャドーウルフの匂いがする人間がいた。

 恐る恐る近づくと、本物のシャドーウルフが飛び出してきて、自分とマスターは人間の敵だと言う。

 そうなればもう狼にとっては願ったり叶ったりの運命であり、奇跡の出会いだった。

 この機会を逃せばもう一生リーダーを救出する事は不可能だと思い、僕というよく分からない存在に全てを賭ける事を決断した。



 ……そうして、今現在のよくわからない状況に至る訳だ。

 なんというか、知らない内にだいぶ重い使命を背負わされていたようだ。

 僕はあまり責任感とか正義感が強い人間ではない。

 あまり期待されるような事は避けて通ってきた人間なので、こういう事は事前に教えて貰わないと困ってしまう。


 というか、山賊を退治する前に冒険者を殺してしまったけど、山賊を退治してもらってから殺したほうが良かったのではないのだろうか。

 ……あぁ、どちらにしろ命令されて狼が全滅するまで冒険者を攻撃し続けろとでも命令されたらお終いなのか。

 そうなったら狼のリーダーが開放される確証はないし、まぁ山賊からしてみれば開放するメリットが1つも無いんだから100%確実に殺されるだろう。


 ……過ぎた事をぐだぐだ考えていてもしょうがない。

 目先の問題は、これから山賊を1人で殺さなければならないという現実。

 意図せずに僕が1日で殺した数のベストレコードが更に更新されてしまいそうな状況に、僕も来るところまで来ちゃったなと思わず苦笑いをしながら大きくため息を吐き出した。




 ◇◇◇◇◇




「てめぇ、一体どうやってここまで来た!? 何故狼に喰われてねぇんだ!?」


 隠れ家にしている洞窟の前までたどり着くと、慌ただしく数人の山賊に囲まれた。

 狼達に見張りを命令していたハズなのに何故ここにいるんだ!? と考えながら頭の中をサイレンで響かせている状況だろう。



「私の能力は動物たちとの対話でございます。狼には貴方方の利益になる話があると伝えた次第でございます」


 どんなキャラだよ、と自分でツッコミたくなるような感じで、まるでどこかの執事のように振る舞った。

 そんな振る舞い必要あるかとも思ったけど、これ以上いい作戦が浮かばなかったんだからしょうがない。


「我が主は、お嬢様の無事を希望しております。故に私は、身代金の確認をしに参りました」


 突然の出来事に、山賊達にざわめきが走る。

 そこでダメ押しに、持っていた剣を捨てて、山賊の目の前で大量の硬貨を地面に落とした。


「これは、皆さまへの前金でございます。 是非とも、あなた方のリーダーと直接、円滑な取引を行わせていただきたい」


 目を金貨のように輝かせながら山賊達は、嬉しそうに隠れ家の中へと入って行く。

 しばらくすると、ゴツゴツした身体をした、いかにもリーダーって感じの人間が姿を現した。


「お前が、あの金持ち女の交渉人か?」

「その通りです」

「話がわかりやすい奴で助かるぜ! 俺は難しい話をする奴が嫌いなんでね! 大丈夫、あの女には"まだ"手を出して無いからよ」


 近くにいた狼を意味もなく蹴っ飛ばしながら、良識と礼儀の欠片もなさそうな野蛮な男は、品の無い言葉でそう言った。


 僕は横眼で狼の方をチラリと見た。

 視界に入った狼達は無言で縦に頷き、僕の質問に肯定した。


「そうだな、とりあえず金貨100枚! そして胸のでかい美女を5人ほど寄越せや! 話はそっからだ!」

「いえ、話はもう終わってます」



 ――業火の罠(イグナイト・フレア)



 一瞬で男は炎の渦に飲み込まれる。

 とりあえず全力を出した火力が、男の生を軽々と消し炭に変えた。


 男の断末魔を合図に、狼が一斉に反旗を覆す。

 あちらこちらから苦痛が混じる悲鳴が上がった。

 何も警戒していなかった背後から100匹くらいいるであろう野生の狩人達からの強襲に、山賊達は成す術もなく殺されていく。


 偶然抵抗できた人間には片っ端から束縛を仕掛け、狼たちの手助けをしてあげる。

 そのまま殺してもよかったが、今までやられた分を返してやりたい気持ちを汲んであげて殺しは全て彼等に任せる事にした。


 守る者が居なくなった、山賊の隠れ家に多くの狼が突入する。

 まるで灰色の波が雪崩れ込むように突撃する様は、圧巻としか例えようが無かった。

 中から響いてくる悲鳴が、なかなか楽しそうな想像を駆り立ててくれる。



 抵抗を続ける山賊の動きを縛りながら、中に突入した狼の報告を待つ。

 すると数分も経たない内に1匹の狼が隠れ家から僕に向かって大きく吠えた。


「……見つかったって」


 なんとも迅速丁寧な仕事っぷり、僕が上司だったら部下に欲しいくらいだ。

 既に悲鳴すら聞こえなくなった隠れ家を、案内されるように後ろについていった。




 あちらこちらに浸みこんだ血液が、なんとも言えない不気味な雰囲気を漂わせている。

 壁に飾られた松明が、辺りをより不気味に演出していた。

 入り組んだ洞窟をしばらく進むと、そこには銀の毛色、そして蒼い目が印象的な1匹の狼が檻の中に囚われていた。

 痩せ干せて弱っている姿からは、想像もできないくらいの威圧感が心臓を射抜くようにその眼から放たれている。


 檻には魔力が込められ青白く光っており、物理的に開けるのは難しそうだった。

 そんな檻の鍵穴を爆発で無理矢理破壊すると、鈍い音を立てながら重い扉が開く。

 白銀の狼は自らの足で歩いてきたが、バランスを崩して僕のほうに倒れこんでしまった。


「大丈夫?」


 どう見ても大丈夫ではない衰弱した身体を抱きかかえると、見た目以上に体重が軽すぎていた。

 そのまま強く抱きしめれば風船のように破裂しそうな存在からは、死ぬ事を拒み、どんな手段を用いようと生きる事を強く望む意思が伝わってくる。

 そんな眩しすぎるオーラを放つ狼に、効くかは分からないけどとりあえずポーションを口元に運んでみると、ごくごくと喉を鳴らしながら美味しそうに飲み込んだ。


「ちょっと誰か、食べ物をとってきてくれない?」


 リリーが通訳すると、見守っていた何匹かが疾風のような勢いで外に向かった。

 いつのまにか僕と白銀の狼を、多くの狼が囲みながら見守っていた。

 このリーダーは仲間からどれほど信頼されているのかがハッキリと理解できる。


 視線を戻すと、白銀の狼はじっとこちらを見つめ続けていた。


「……僕は食べちゃだめだよ、食べ物が届くまではこの干し肉で我慢してよ。あんまり美味しくはないけど」


 僕は苦笑いしながら、保存食だった干し肉を狼の口元に持っていく。

 そのパサパサした肉を、パクパクと味わうように食べてくれた。

 ここまで自力で食事ができるのであれば、とりあえず命の危険は心配ないだろう。


 3個程食べ終わった時には、人間の上半身だったものが外から運ばれてきた。

 少し回復した白銀の狼は、新鮮な肉を美味しそうに食べ始める。

 狼の言葉は分からないけども、ここにいる全員が嬉しそうな感情をしているのはなんとなく分かった。



 ◇◇◇◇◇



 山賊の食料を全て平らげた戦友を、僕は外で見送っていた。


「ありがとう、この恩は忘れない だって」


 リリーを通して伝わってくる言葉でも、なんとなくその温かさが伝わってくるような気がした。


「困った時はお互いさま」


 僕は笑いながらそう伝えた。

 誰かに感謝されるというのも、たまには悪くないのかもしれない。

 その相手が狼というのが、きっと嫌でも忘れ無い思い出の鍵となってくれそうだ。


 別れ際に、白銀の狼が僕の足元にトコトコと移動し、小さく吠えた。

 何事かと思いながら同じ目線になるように僕がしゃがむと、狼はペロリと僕の顔を舐めた。

 その行為に満足したのか、そのまま大群を連れて森の中に消えていった。


「……なんだったんだ」


 そう言いながらリリーを見ると、顔を真っ赤に染め上げながらこちらを見ていた。


 ……あぁ、ひょっとしたらあの狼は女の子だったのかもしれない。

 女の子がキスするシーンをまだまだお子様なリリーが見てしまったら、そりゃ顔を赤らめてしまってもそれは自然な現象だ。


 ……いやまてよ?

 ひょっとしたら相手は男だったのかもしれない。

 何かの間違いで、リリーは僕にホモ疑惑をかけているのではないのだろうか。

 だとしたら心外な出来事だ、心象が固まる前に僕は誤解を解かなければならない。


「リリー、僕は男には興味ないよ」

「……意味わかんない」


 リリーは目を細めながら、僕の影に飛び込んだ。

 良かった、どうやら相手は女の子だったみたいだ。


 ひょっとしたら、キスではなくて別の意味があったのかもしれない。

 そんな意味わかんない事を考える前に、とりあえず身体と心を休める事にした。


 気づけばもうお昼を過ぎている頃だ。

 道具袋からお昼ご飯を出そうとした時、食料を全て狼に上げてしまった事を思い出す。

 ……どうやら今度は僕が空腹に耐える順番らしい。

 その現実から目を逸らすように、悲しみを抱えながら自らばら撒いた大量の硬貨を1人で拾い集める事にした。

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