デレリーと優しい心
聖都のシャドーウルフ討伐隊からリリーを逃がす為、予定を大幅に前倒しにして魔法都市に向かっていた僕達だが、神の導きかは分からないけどちょうどよかったのかもしれない。
罠を打ち消し、魔法を無効化させる魔法がある情報が生きている間に入手する事ができた。
あの冒険者達が実際どれくらいの実力なのかは分からないけど…… そう、相手は勇者ではなく冒険者だったんだ。
勇者でもない人間にトラップが軽々と打ち消された事に、僕は大きくショックを受けなければならなかった。
とんでもない話だ。
僕の狩人の罠が無効化されるという事は、攻撃手段が無くなる事と同義なのだから。
よくよく考えればシビルさんのようにトラップを無効化できる能力があるのなら、当然魔法も無効化できるような物があってもおかしくないのだが、問題は冒険者が軽々とそれを使ってきた事だ。
ならば、調べなければならない、確認しなくてはいけない。
魔法という物を、スキルという物を。
魔法都市ならきっと本や資料がいっぱいあるに違いない。
だから明日から頑張ろう! と気合を入れながら、僕は見慣れた町並みが激しい雨の化粧でいつもと違うファンタジーチックな風景を眺めていた。
久々にお昼過ぎからゴロゴロとベットに転がりながら普段の反動を利用して怠けながら体を休める。
ただ、ここにはパソコンも無ければネットも無い。
ゲーム機もなければスマホもいない。
余りに暇すぎて、本日6人の人間を食べてご機嫌状態のリリーに普段聞きにくいような事を聞いてみる事にした。
「リリーの親って誰に殺されたの?」
「……人間」
「じゃあ僕を恨んでたりしてるの?」
「してない!」
少し怒った様な顔で、リリーは答えた。
僕だったら仮にシャドーウルフが肉親を殺したらシャドーウルフという種族ごと恨みそうなものだけれど、まぁそもそも両親の事は好きではないし、親戚含め誰かが殺されても「運が悪かったですね」で済みそうな話ではあるのだが。
「……殺したのは、マスターじゃない」
隣のベッドの上に座りながら、リリーは真剣な眼差しでそう答えてくれた。
そんな眼をみていると、一回りくらい小さい子のハズなのに、僕なんかよりよっぽど立派だし大人のような気がしないでもない。
ただ、今までの暗い気持ちは今の一瞬で全てどうでもよくなってしまった。
「リリ-、あのさ……」
僕は横になった体を起こし、リリーの両肩に手を置きながら真剣にこう言った。
「もう1回言って! マスターって! もう1回!」
「……やだ! やだやだ!」
「そういえば僕を呼んでくれたのって初めてじゃない? ちょっともう1回言ってよ! 気持ちを込めてもう1度!」
そのまま軽く抱き寄せると、リリーは褐色肌を真っ赤に染め上げた表情をしながらポカポカと僕の頭を叩いた。
このイベントで僕はあと1ヵ月は戦える。
そんな誰も理解できない事を想いながら、外の豪雨とは対照に僕の心は青く突き抜けるように澄み渡っていった。
◇◇◇◇◇
翌朝、まるで台風一過のように雲一つない青空の下、僕達は元気よく魔法都市に向かっていた。
4日かかる道のりのちょうど中間の街を出発、つまり後2日で到着する計算だ。
道中何人かの冒険者とすれ違った時、リリーが僕の影で何かを訴えていたようだけど気づかないふりを貫き通した。
お昼頃にリリーのご飯を狩りに道を外れる時、草木に残った雨水でびしょ濡れになる以外はさして何もない平穏な1日。
いつもより「おなかがすいた」という申告が多い事以外は、特別何もない平和な1日だった。
大自然の風景に飽き飽きとしていた初日とは打って変わって、今では愛おしい景色へと心象が変化している。
争いの無い時間がどれほど儚く、そして大切な事なのかを噛みしめながら、次の町へと確実に歩んで行く。
◇◇◇◇◇
まだ太陽が沈み切っていない時間に余裕を持って町に到着した僕達だったが、何やら町全体がとても騒がしい様子だった。
どうやら少し前に山賊がこの町を強襲し、若い娘数人を誘拐したらしい。
その中には魔法都市に住む富豪の娘も居たらしく、傷だらけの兵士が怒号を立てながら何かを言い争っていた。
……攫われた人はきっとえっちな同人誌みたいな事をされてしまうに違いない!
可哀そうだけど、ここはファンタジー異世界だからしょうがなく、きっと日常的にそんな事が行われているんだろう。
残念だけど、僕ができる事は何もなさそうだ。
何もなさそうというか、絶対に何もしたくないし関わりたくない。
こんな分かりやすいイベントに片足突っ込む程僕は愚かではない、これからはできるだけ平穏に、そして避けれるリスクは全て避けていきたい。
そう思いながら耳を塞ぎながら宿屋につくと、部屋を案内する最中に親切な主人がご丁寧に今の町におかれた状況を教えてくれた。
「山賊のボスが獣使いらしくてよ、この町を襲った時も狂暴な狼を操ってたんだよ」
「へぇー、獣を操るんですか、めちゃくちゃ怖くて恐ろしいデスネ」
まるで芸人がアニメキャラに声を当てるような感じで、僕はそう答えた。
夜中になっても、あちらこちらから悲しみの声と怒号が聞こえてくる。
「うちの娘が攫われたのは金持ちのお嬢様がいたからだ!」「お前達に巻き込まれたんだ!」
「たかだか狼数十匹に何を怯えていたんだ!」「こういう時の護衛だろうが!」
僕は我慢できるけど、隣でなかなか寝付けないリリーがブチ切れる一歩手前のようなオーラを放っているので、少し早めに黙って貰わないと犠牲者が倍に跳ね上がる事を可能であれば彼等に伝えたかった。
寝る前のトイレに向かう時、宿の主人から明日朝一で衛兵団がここに到着するらしいという情報を何故だか僕に教えてくれた。
どうやら懸賞金も出たみたいで、賞金稼ぎの冒険者も何人か魔法都市から向かっているみたいだ。
あまり興味がそそられない情報を頭の片隅に放り込んで、僕は明日朝一の誰も起きていない時間に出発する為に急いで眠りにつく事にした。
◇◇◇◇◇
――――。
――。
「みんな、私を先頭に続け!」
前を歩く勇者2人の大声がぼーっとしている頭を無理矢理覚醒させてくる。
しんどそうに山賊討伐隊の一番後ろについていく僕は、今日の夕食の事だけを考えながら重い体を動かしていた。
……何故こうなったか、それは30分程前の出来事を思い出さなければならない。
いつものように爽やかな朝日を浴びながら目を覚めた僕達は、朝一で朝食を食べて早めに魔法都市へ向けて出発するはずだった。
「魔法都市から応援が到着したぞー!」
そんな景気のいい声が町のあちこちから聞こえてくる。
欠伸をしながら、なるべく関わらないように気を付けようと心に誓いながら宿の食堂で朝食を取ろうとしたその時だった。
「討伐隊の者だ! すまないが至急15人分の食事を用意していただきたい!」
ガタンと大きな音を立てて入ってきたのは鉄仮面を身に着けた強そうな重装戦士。
その後ろから更に強そうな人達がぞろぞろとなだれ込むように僕の方へと向かってくる。
調味料が中央にしか置いていなかったから僕はそこに座っていた、まずそれがいけなかった。
暑苦しい男達が僕を囲むように席に座り始める。
「やぁ! 君も勇者かい? 奇遇だね、こんな所で何をしているんだい?」
勇者の刻印を見せながら、むさ苦しい男がテーブルと見つめ合っていた僕に気安く声をかけてくれる。
「聖都から魔法都市に向かっている最中なんですよ。山賊退治大変そうですね、僕はまだこの世界にきて10日程なので、お力になれそうにないです」
「あぁ分かった! 君の言いたい事は分かったよ! そんな正義感を見せられたらこっちが何もしないって訳にはいかないな!」
もう1人、勇者の刻印を見せびらかしながら僕を挟むように陣取ってくる。
「君には特別に私達2人の、勇者の雄姿という物を見せてあげよう! 勇者としてきっといい経験になるはずさ!」
「いや、別にいいです。そんなご迷惑をおかけする訳にはいきません」
「遠慮はするな! 同じ勇者じゃないか! 俺の一撃を見て震えなければ一人前だぜ! はっはっは!」
なんで冒険者って人種はどいつもこいつも我が儘で自分勝手で善意の押し売りをしてくるのだろうか。
たまには大人の対応をする人間と遭遇してみたい気分になる。
そんな思いが通じないまま、僕は朝食を食べ終えるまで延々と勇者道とは何かを聞かされるハメになった。
何故かついでに討伐隊の人から冒険者の心得についての説教も受けるハメにもなった。
朝から憂鬱でおなか一杯になるとは思っていなかった僕は、既に精神力の9割を削られていた。
宿屋からこっそり逃げようとしたけど、コイツらの集合場所が何故か宿屋の前だったので逃げるに逃げられない状況だった。
「兄ちゃん、怖いんだったら一番後ろで隠れててもいいんだぜ?」
「じゃあそうさせて貰います……」
「勇者の癖に根性が無ぇなあ! おい!」
討伐隊の人たちにバンバンバンと背中を順番に叩かれる。
……今日の夜に確認するけど、絶対に背中が痣になっている、それくらい痛い、というか叩くんだったらせめてガントレット外して叩いてくれよ!
なんで朝からこんなイライラしなければいけないんだろうか、人目が無ければこの場にいる全員をぶっ殺してやりたい気分だ。
「みんな、私を先頭に続け!」
そう、それが30分程前の出来事だった。
2人の勇者、13人の冒険者、負のオーラを纏った僕の合計16名の大人が山賊退治という名の遠足にくり出している所だ。
途中、魔物が襲ってくる事は無かった。
まぁこんな大勢の実力者が歩いていたらどんな魔物も裸足で逃げ出す事だろう。
襲い掛かってくる奴がいるとしたら、そいつは相当な馬鹿か、相当な力の持ち主のどちらかだ。
せっかくだから勇者とやらの戦う所を見てみたい、はやく魔物か山賊が襲ってこないかな、あわよくば1人くらい死んでくれないかなと願っていると、後ろから1つの気配が近づいてきた。
気配の発信主を確認すると、リリーと同じくらいの灰色狼が隠れながらこちらを見つめていた。
急にリリーがひょこっと飛び出し灰色狼の下へ走り寄っていく。
ちょっとトイレに行くと先輩方々に伝え、ヒヤヒヤしながら僕も近くの大きい木の影に移動する。
「助けてほしいんだって」
リリーが少し困った顔で、確かにそう言った。
朝からイレギュラー続きの僕としては、これ以上異変に足を突っ込みたくない気分がフルスロットルで踏み込まれている。
「どういう事?」
「あの人間達を殺してほしいって言ってる」
「意味が分からないよ。なんで人間である僕が狼を助ける為に人間を殺さないといけないの?」
満場一致で賛成をいただけるような質問を、狼相手に僕は返した。
「くわしい理由は教えられないって」
「なんだよそれ、ますます訳がわからないよ……」
今日は我が儘な注文ばかり飛んでくる記念日か何かなのだろうか。
だとしたら非常にめんどくさい1日だ、僕は睡魔に負けてそのままベッドの上で枕に顔をうずめておけばよかったと後悔した。
「リリーはどうしてあげたい?」
「……助けてあげたい」
先ほどから、今までで一番真剣そうな表情で伝えてくる彼女に聞くと、なかなか意外な答えが返ってきた。
「関係ない! 私はこいつをガブガブ食べてやるぜ! 命乞いをしてきた奴を平気な顔して殺す、それがリリーという生き方の神髄よ!」
なんて性格をしているかと思ったが、想像よりも心優しい思いやりを持った女の子だったみたいだ。
酷い言い草だな、なんて感じる人はいるかと思うが、目の前で生きたまま人間が喰われたり、人の姿で人肉を食べてる所を目撃したらそんな言葉はトイレの水と一緒にサヨナラする事だろう。
僕には優しい子だが、テリトリーの外に存在する生き物には容赦の無い少女、それがリリーなんだ。
「……リリーの為に、マスターは頑張ってみるよ」
だからこそ、僕は彼女の我が儘に応えてみたいと思った。
初めて自分達以外に向けられる善意を、支えてみたいと思った。
……というのは建前で、半分くらいはあの集団をなんとかして分からせてやりたいと思う気持ちが含まれているのかもしれない。
「あんまり当てにはしないでよ。危なかったら逃げるからね」
目の前にいる灰色狼と、その後ろにいる無数の気配に僕は目を細めながらそう伝えた。




