絶対に働きたくない心と絶対に殺す刃
何度も何度も死にかけた事があったけど、努力の甲斐あってなんとか12日目の朝を迎える事ができた。
日常的に命のやり取りが行われている世界にポンと放り出されて12日も休み無しで冒険し続けて生還している、なんとも恐ろしい奇跡と現実である。
そしてここが現代日本なら軽く過労認定されるくらいの激務を今まで弱音を吐きながら続けてきたが、それもそろそろ限界に近づいてきた。
一昨日のようにリリーに倒られても困る、それは僕自身だって同じ事でいつの間にか体力と精神の限界に来て倒れちゃいました、なんて事は絶対に避けたい。
……という事で、今日はこの世界に来て初めての休日にしようと心に決めた次第だ。
それを聞いた絶賛成長期真っ最中のリリーが起きろ起きろと全体重を使って体を揺らして安眠を妨害してくる。
働いたら負けだと最後まで抵抗を続けるつもりの僕だったが、疲れで昨日晩御飯が食べれなかった体が食事を採れと内側から攻撃を開始し始めた。
一日中ベッドの上でゴロゴロしていたい所だったが、残念ながら体の内側と外側の同時攻撃には降参せざるを得なかった。
まるで、休日に子供から無理矢理起こされるパパにでもなった気分になりながら、節々が痛い体に鞭を打ちながら眩しい外へとくり出す事となった。
口内の水分を全て奪い去るスキルを持つパンを食べながら、コボルトを探しに森の中へと入っていく。
今までは僕が殺してから死体をリリーが食べるという流れだったけれども、今では僕が束縛してからそのまま相手の喉を噛み切り絶命させるくらいの力を発揮できるくらいにリリーは大きく成長していた。
……主従関係を結んでいなかったら、一歩間違えばこの時点で殺されていた可能性があった。
そう考えると背筋が凍る思いだ、契約を勧めてくれたセバストさんには感謝するしかない。
成長したのは何もリリーだけではない。
僕も冒険者3人、そして勇者を殺して力を奪った事である程度パワーアップする事ができた。
コボルトくらいならトラップ1個で呼吸を困難にさせるレベルで縛れるし、3個集めて直撃さえすればコボルトを消し炭にできるくらいの火属性魔法を創り出せるようになった。
……丸コゲにしてしまうと食べる部分が無くなるとリリーからは大不評であり、二度と使わないでほしいと涙目で直談判された為、今後使用する機会は限られてしまうはめとなってしまったが。
コボルト相手に無双を繰り返していると、音と臭いに釣られたのかご立派なオークがのそのそと姿を現した。
でかい。3メートルくらいある身長と改めて対峙すると、その大きさと威圧感に圧倒されてしまいそうだった。
ご挨拶がてらに警戒しながらこちらにゆっくりと近づいてくるオークの左足にトラップを丁寧に3つしかける。
ちょうど右足をあげたタイミングで思いっきり力を込め、トラップを発動させる。
全体重を支えていた左足が爆発すると、面白いようにそのままぐにゃりと左側へ倒れ込んだ。
――グォギァァァ!!
何が起こったのか理解できていないオーク相手にそのまま3個の束縛トラップで縛り上げる。
10秒……20秒……30秒……
罠が解かれる気配はないが、少し油断すると力任せに解除されてしまうレベルだった。
勇者を殺して力を得たとしても、こいつを縛り上げるのに3個必要という事は相変わらず今の僕にはオークを攻撃する手段はないという事になる。
束縛せずに火属性で攻撃なんてしたら、火だるまになりながらも死に物狂いでこちらに襲い掛かってくる事が考えられるし、間違ってもそんな場面に遭遇なんかしたくない。
だとすると攻撃手段は右手に持つ剣しかない訳だが、こいつの皮膚が硬すぎる事は既にシビルさんパーティーの戦いを見て学習済みだった。
「リリーの牙で噛み切れそう?」
彼女にそう聞くと、慎重にオークの腕や首に噛みつくものの、やはり皮膚が硬すぎて牙を突き刺す事はできなかった。
狼姿のままでも分かるくらいのしかめっ面をしているリリーは、物凄く悔しそうに見えた。
残念ながら今の僕達にオークを殺す手段は火属性魔法で丸焼きにする以外に無かった。
このまま動きを封じながら目や口を攻撃し続ければいずれ死ぬかもしれないけど、この束縛だっていつ効果が無くなるかわからない。
たかだか魔物1体倒す為だけにそこまでリスクを背負いたくは無かった。
まぁこの辺りで一番強そうな魔物との戦闘を回避できる事が分かっただけでも良かったとしよう。
そもそも今日は休日だったはずなのだから ……そうだ、心の建前は休みとなっているんだからこれくらいの情報を得ただけでも大収穫と考えないとやってられない。
「帰るよ、リリー」
人型に戻り、名残惜しそうにオークの方をずっと見つめるリリーに諦めるよう声をかける。
その呼び声を無視するかのように、ずっと標的を眺め続ける。
彼女の表情は、無視と言うよりもまるで声が届いていないかのような真剣な眼差しで標的を眺め続けていた。
いつまでもその場を動かないリリーにため息をつきながら歩み寄ろうとすると、突然リリーの鋭い眼が紫色に変色しだした。
瞬間、束縛されているオークの首筋に見慣れない紫色の紋章が浮かび上がった。
清々しい風で演奏されていた草木の音が、逃げるようにどこかへ行ってしまった。
この雰囲気は、そう、魔王の側近セバストさんが殺意を振りまいて登場した時の空気にそっくりだ。
分かりやすい殺意が僕ではない標的に向けられている事が分かっているだけでこんなにも居心地が違うのかと感心すら覚えた。
流れるように再び獣型になったリリーの周辺には紫色の光が漂う。
その禍々しいオーラの中心である鋭い牙は、いつのまにか綺麗な純白から赤黒い血の色へと変色していた。
漂っていたオーラが牙に集束されたかと思うと、リリーは一瞬にして姿を消した。
風が流れる方向に視線を向けると、そこには鋼のように硬かったオークの肉を噛み千切ったリリーの姿が存在していた。
首筋ごと食い千切られたオークは声も出せずに倒れながら絶命した。
いや、食い千切られたと表現するよりも、しばらく血すら流れないその傷跡を見ていると、まるで物体だけではなく空間ごと喰らい尽くしたような印象を受けた。
「……できた!」
むふっと自慢げに僕にアピールしてくれるリリーだったが、事前に何も聞かされてない僕は一体何が起きたのか分からずに唖然とするしかなかった。
「いまのなに?」
「硬い物を食べる時、お母さんが使ってた」
「いや、そういう事じゃなくてだね……」
ウキウキしながらオークを食べようとする所を制止しながら話を聞いていると、今の技は人型で標的にマーキングを付け、獣型で噛みつこうとするとまるで吸い込まれるようにターゲットに近づく事ができ、噛みついた場所は岩であろうと喰らい尽くせるシャドーウルフの必殺技らしい。
体が大きくなった事で、その技にも耐えられる力を得る事ができた! 直接教えてもらった訳ではなくて、父と母のやっていた事を見よう見まねでやってみたらできた! という事だそうだ。
こんな必殺技があるなら最強じゃねーか! と思ったけれど、人型でしばらくの時間無防備で相手を見つめなければならないらしく、単独で使うには不向きみたいだ。
シャドーウルフを目撃した時は死ぬときである、なんて話はこの必殺技から湧いて出たのかもしれない。
何にせよ、これは極めて大きな展開だ。
僕が敵の動きを止めて、リリーが一撃を放つ。
相手を束縛さえできれば、確実に殺せる必殺のコンボがそれとなく完成してしまった。
「……食べていい?」
「ああごめん、食べてもいいよ」
自分の10倍くらいの体積があるであろうオークに喰らいつくリリーを見ながら、僕は今後の事を考えた。
聖都から魔法都市まで4日かかる道のり、今はその2日目の町、つまりちょうど真ん中あたりに存在する町に滞在している事になる。
何か問題があっても、すぐに聖騎士団や衛兵の応援が届く距離、場所じゃない。
だとすると、僕達がやるべき事なんか1つしかない。
「リリー」
「……?」
「明日から人間狩りに戻ろうか」
やったーと叫び、目が輝かせながら僕の腕に抱き着いてくるリリーの感触を感じると、後戻りできない軽率な事を言ってないだろうかと心配になってきた。
油断させて殺す、罠を張って殺す、強襲して殺す。
大丈夫、卑怯な手口って事に目を瞑れば何も問題は無い。
そもそも相手は300人の勇者と無数の冒険者が相手なんだ。
それに対してこちらは1人の勇者と1匹の魔物。
パワーバランスがおかしすぎるんだ、もしこれがゲームであれば速攻でリセットしてディスクを割ってその写真をSNSに暴言と一緒にばら撒く所だ。
手段なんてものは選んでられないし、そもそも選り好みする権利が無い。
神様と第三者委員会から見たって不意打ちくらいは全員一致で賛成してくれるハズだ。
人通りの少ない今のうちに片っ端から通行者を殺して回ろう。
そこに勇者がいれば僕の力になる、これは二度と訪れないチャンスだと思うべきだ。
そうなると、計画を成功させる為にもリリーには力を蓄えて貰わないといけない。
今は休日出勤する事を喜んで受け入れ、明日の計画に向けて準備を整える事にした。




