小さな子供の成長期
綺麗な死に顔をしたシビルさんをお姫様抱っこで運びながらダンジョンの外に出る。
「……おかえり」
「ただいま」
バラバラに吹っ飛んでいた3体の死体は、お行儀よく綺麗に横にならべてあった。
その横に、動かなくなったシビルさんを隣に綺麗に置いた。
「先に食べててもよかったのに」
「……いっしょにたべる」
天国のお母さん、お父さん、貴方達の娘はいい子で育ってますよ、なんて事を伝えたくなる心境だ。
僕は隣に座って、木の実が練りこまれたパンと林檎を道具袋から取り出した。
リリーは獣型になり、一番端に置かれた戦士の頭から一心不乱に喰らいついていく。
どうやらシビルさんは最後のメインディッシュとして食べるみたいだった。
僕と同じで美味しいものは最後にとっておくタイプなのかもしれない。
いや、ひょっとしたら美味しくない物を先に食べるタイプなのかもしれない。
どちらにしろ僕と同じタイプだなと少し吹き出しながらパンに噛り付いた。
パサパサのパンを食べていると、急激に、そして猛烈に白米が恋しくなってきた。
猛烈に白米と味噌汁、そして焼き魚が食べたい気分が襲い掛かってくる。
可能であれば今すぐ定食屋に駆け込んで漫画を眺めながら喰らいつきたい衝動だ。
そういえば300人召喚されたという勇者の中に1人くらいは日本人というか、僕と同じ世界からきた人間がいるんじゃないかとふと思った。
そうなれば、誰かがお米とか味噌の作り方を広めてくれているのかもしれない。
僕はご飯を炊いたり味噌汁を作る事くらいはできるけど、残念ながら原料から作る知識は一切持ち合わせていない。
なんだかこういう困った時の為に、畜産系は勉強しておくべきだったのかもしれないなと後悔した。
こういう困った時、なんて事は想定できるわけがないのだけれども。
これから向かう魔法都市なら、そりゃもう魔法って名前が付くくらいの都市で、ファンタジーの代名詞のような響きなんだから、なんかこう凄く便利でご都合主義な魔法を使って味噌とかお米を栽培しててくれないだろうか。
先人達の偉業に全力でお祈りしながら、この世界にきてすっかり主食と化したパンを嫌々口にした。
リリーが最後の1人、シビルさんの体を食べている頃には、もうすっかり日が落ちかけていた。
いつものように殺した冒険者の道具袋からお金を強奪……ではなく、押収することにする。
昨日の飲み代は奢ってもらったけど、よく考えれば最終的に全て僕のお金になるんだから奢ってもらった意味なんかなかった。
そんな昨日の記憶を懐かしみながら、遺品を燃やす事で暗闇に片足を突っ込んでるような森を明るく照らしていく……その時だった。
――グギィィヴァヴァヴァ!
例えがたい悲鳴が突如、黒い森に響き渡った。
まるで猛獣の断末魔のようなえげつない声の発信源は、先ほどまで楽しそうに食事をしていたリリーに間違いなかった。
リリーの姿は、まるで体の内部から蹴られてるような衝撃を受けながら不気味な動きを繰り返している。
背中がとがったり、顔が歪に変形したり、前足が曲がってはいけない方向に曲がってしまったり、まるでこれから別の生物になっていくような過程を全身で表現しているかのように。
「リリー!!!」
頭が真っ白になった僕は、迷わずリリー駆け寄った。
苦しみながら地面を転げまわるリリーに近づいた瞬間、鋭い爪で右腕を浅く切り裂かれた。
身内に仕掛ける事はないと思っていた束縛トラップを1つリリーに仕掛け、暴れる体を抑えながら無理矢理ポーションを飲まそうとするが、全て吐きだされてしまう。
――ギガァァヴヴィァァアアア!!
声を出す事に全神経を使ったような激しい咆哮を空に上げる。
その残響が森の中から消える頃には、リリー暴走は徐々に収まり始めていた。
「……リリー?」
体の伸縮が収まったかとおもいきや、目の前の狼はたしかにリリーなのだが、元々柴犬くらいの大きさだった体が突然シベリアンハスキー程のサイズへと大きくなっていた。
……でっか! 猟犬じゃん! いや狼だけどさ!
リリーには言ってないかもしれないけど、基本的に噛みついてくる動物って苦手なんだよ。
一体リリーの身に何が起こってるのかわからないけど、本当に勘弁願いたい所だった。
全身をぐーっと伸ばした後に、華麗にぐるっと空中で1回転すると、リリーは人型へと変身した。
美しい黒髪をなびかせながら、サラッと直立に僕の目の前に立つ。
腰までしかなかった身長が、僕の胸あたりまで成長していた。
肩までパサッっと伸びた髪の毛を見ていると、一体どんな魔法を使ったんだろうかと不思議に思ってしまう。
よく見れば見慣れた黒のワンピースも少し大人っぽく装飾されているようで、まるで魔女っ子が変身したかのようにあちこちが色々と変わっていた。
「……大きくなった」
心なしか言葉も少し大人びたように聞こえる。
「お、おう……」
あまりの驚きに、僕はそれしか言葉がでなかった。
リリーがそのまま全身をポキポキ鳴らしながら背伸びをすると、今まで存在しなかった胸元が大きく強調された。
小学生が急に中学生くらいにまで成長したその体は ……なんと表現したらいいか分からない。
とりあえず、毎回毎回足と腰を曲げて目線を合わせながら会話していた手間が、今度からは首を少し曲げるだけで済むようになり、今後は足腰の負担が多少軽減されるようになった事だけは確かだった。
「おめでとう……?」
動揺しながらも、とりあえず言葉を返してみるが
「……眠たい」
そう言い捨てながら、相手の心境お構いなしにぴょんと僕の影に飛び込み、静かな寝息を立て始めた。
体が成長しても、この辺りの身勝手さは成長してくれてはいないみたいだ。
驚いた衝撃で地面に落としてしまったパンを見つめながら、白米もいいけどまずは赤飯が欲しいなと僕は思った。
というか、赤飯ってどうやって作るんだろうか。
そもそもなんでお祝いごとに赤飯なのか、いまいちよく分かっていない。
この世界は分からない事だらけだけど、元の世界も大概知らない事だらけだなと思いながら、まずは綺麗な夜空を見上げて心を落ち着かせる事にした。




