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誰よりも美しく

 一度心を開いた相手にはとことん信用するタイプの人間っていると思う。

 そんな性格の2人がお互いに「こいつよく喋るな」と思うくらいには夜遅くまで色々な事を話し込んだ。


 僕の世界に一緒に行けた際にはこってりしたラーメンをリリーに3杯以上奢る事が決まった所で、僕達は月が真上に昇る前に宿屋へ向かった。

 宿屋に入る前のドンチャン騒ぎを耳にした僕は、外から一足先に部屋に行くようにリリーにお願いする。

 なんとなく、嫌な予感がする。

 僕のこのなんとなく嫌な予感っていうのは、なんとなくだけれども、今まで外れた事が一度もないからだ。


 店主に挨拶し、昨日と同じ部屋の鍵を借りて2階に行こうと1階の広間を通り過ぎようとすると、アーチャーのシビルさんその他冒険者3人の視界に入ってしまった。


「アキさーん、おかえりなさーい、遅かったですねー」

「え、えぇ…… ただいま帰りました」


 酔っぱらいながら手を振り猛烈アピールをかましてくれるシビルさん。


「アキってのはお前か! オークに襲われてる時には世話になったな!」


 いつの間にか横にいた戦士にガシッと肩を掴まれる。

 というか、オークの事については内緒にしてほしいとお願いしたような気が……

 いや、パニックでそれ所じゃなかったから願いし忘れたような気がしてきた……


「成程、と言う事は私の命の恩人さんなのかしら? 意識を失っていたからよく分からないけれども」


 魔法使いの女性は怪しく笑いながらグラスを渡してくる。


「では、救世主との再会に感謝を込めてー」

「「「乾杯ーッ!」」」


 胃に穴が開きそうなくらいのフレンドリーなオーラを全身で受けながら、こちらに選択肢を与えないまま謎の宴会が始まった。

 シラフが酔っ払いに絡まれる程うざい出来事は無いと断言できてしまう僕が、何故か中央の席へと案内される。


「僕は今日ちょっと疲れているので……」

「そうですね、疲れているのでしたら尚の事、明日に向けて英気を養わなくてはなりませんね!」

「おじちゃーん! 肉! 肉もってきてー! 山盛りで!」


 だめだこいつら全然話を聞かない、典型的な自分の世界を創り出す体育会系の能力者だ。

 俺が良かれと思ってやってる事は全て相手の為になっていると信じ込ませている宗教に洗脳されている人達だ。


「アキさんは何が目的で旅をしてるんですかぁー?」


 魔法使いのお姉さんが空になったグラスにお酒を注ぎながら


「……世界を守る為です」


 勇者っぽい事を言ったつもりが、何故か周りが爆笑の渦に包まれる。

 こんな胃を痛めるような時間があと3時間以上も続くことに、この時の僕はまだ知る術がなかった。





 いつこの世界に来たのか、年齢はいくつなのか、どんな世界から来たのか。

 当たり障りの有りそうな質問は上手くごまかしながら、明日に響かない程度にお酒を飲む事となった。

 明日は朝から同じダンジョンに潜るという情報を得られただけで、この窮屈な時間を過ごした甲斐があった、という事にしておこうと思う。


「シビルさんは、何のために旅をしているんですか?」

「私はただ、みんなを守れる力がほしいだけですよ」


 別れ際にシビルさんに聞いた質問と、その答え。

 特に深い意味もなく聞いたその言葉は、不思議と僕の心に響いていた。





 ◇◇◇◇◇





「リリー、携帯電話っていうのが僕の世界にはあるんだよ」

「……けいたいでんわ?」

「そう、この位の大きさで、例えばここからあの山の裏側からでも会話ができちゃうの。今の僕とリリーみたいにね」

「まほうみたい!」

「本当に、魔法みたいだよ。僕の世界では魔法が使えないハズなのにね」


 リリーはコボルトの肉を、僕はパンを食べながらダンジョンの前で雑談をしていた。

 早朝に冒険者達がダンジョンに入った事を確認してからずっとこの調子で時間を潰していた。


「リリーの故郷って城塞都市の方角なの? 今向かっている先と真逆の方向だよ、そっちに行ったほうがよかった?」

「……みんなつよくて、ころされちゃう」

「僕とリリーが力を合わせても、一体も倒せそうにない?」

「ぜったいむり」


 即答で瞬殺されるぞと表現しているかのような表情を見せるリリー。

 少なくともオークより強いなら僕達は手も足も出せずに殺されるに違いない。


「じゃあそっちの方角に行くのは半年とか一年後くらいになりそうだね。リリーは早く故郷に帰りたい?」

「……かえりたくない」

「あらそう……」


 いくら仲良くなったとはいえ、こういったデリケートというか、踏み込んだ質問はしないようには心掛けた。

 僕を心から頼りにしてくれたら、そのうち自分から話してくれるだろうと思い待つことにする。


「そういえば、初めて会った時にリリーがくれたアクセサリーあるでしょ? あれってどこの毛から作った物なの?」

「……おなか」


 おなか!?

 思わず大事にしまってあるアクセサリーを袋から取り出し、状態を確認してみる。

 確かにモフモフっとしてて、お尻のあたりから思ったけど見方を変えればお腹っぽい気もしてきた。

 なんとなく、なんとなくだけど、衝動的にアクセサリーの状態を確認する為に、そしてリリーをからかう為に"くんかくんか"してみる事にした。


「なにしてるの!?」

「……品質チェックかな」

「やめて!」

「これもう僕のだし、止められないし止まらないよ」


 ポカポカと叩くリリーをからかいながら、僕はお腹の毛をくんかくんかし続ける。

 そんな平和な時間を送っていると、ダンジョンの前に置いたトラップが何か異変を感じ取った。


 リリーも同様に気づくと、瞬時に狼へと姿を変える。

 嗅覚か聴覚か、それとも第六感が働いているのかはわからないがこういう時のリリーは本当に頼りになる。

 昨日の夜から現在までずっと顔を合わせて話をしてきたけど、やっぱり戦闘モードに入ったリリーの姿が一番綺麗だと思った。


 狩りに関してだけ言えば、お互いに言葉は必要なかった。

 素早く木に登り、冒険者達が現れるであろう場所の真上に位置取りをするリリー。

 僕は少し離れた木影から冒険者達が現れるのを待つ。


 覚悟なんてものは必要ない。

 例えトラップが発動しなくても、石を落としたのが僕だとバレなければそれでいい。

 仮にばれたとしてもどうにでもなる。


 リスクなんて存在しない、一方的な殺戮行為。


 空間が歪み、冒険者4人が計画通りに現れる。

 咥えていた石を冒険者達のいる位置に落とすリリー。


 トラップが仕込まれた石が冒険者達の頭上に到着する瞬間、殺意を持って火属性魔法を発動させる。

 ただ爆発させるだけではなく、相手を殺すという明確な目的を持って発動させたその魔法は轟音と共に熱気を辺りに拡散させた。

 まるで人の血液のように生暖かい熱を感じながら、木陰から飛び出し状況を確認する。


 服装から察するに、首から上が吹っ飛んでいるのは僧侶。

 左手を失って悲鳴を上げながら転げまわっているのは魔法使い。

 右手と顔半分の皮膚が焼きただれ、必死に空気を体内に送り込もうと頑張っているのは戦士。


 ――肝心のアーチャーの姿が何処にも無い


 まずいまずい、まずすぎる。

 一番殺しておきたい、一番逃がしちゃいけない人間がこの場に居ない。

 物事というのはどうしてこう上手く事が進まないんだろうか、毎回毎回本当に不思議でしょうがない。


 戦士の顔に束縛トラップを仕掛け、懸命に呼吸しようとしている口に思いっきり剣を差し込む。

 マーライオンのような吐血が僕の下半身を色鮮やかに染め始めたが、そんな感傷に浸る場合でないのが残念でならない。

 突き刺した剣をグリッと捻りながら男の口から引き抜くと、男はそのまま仰向けに倒れて動かなくなった。

 魔法使いを見ると、既にリリーの刃によって首と胴体はお別れを告げていた。


「グギャオ!」


 リリーがダンジョンに向けて大きく吠えた。

 ダンジョンの奥へと続いている血痕が、それを意味する事を教えてくれた。


「リリーはここで待ってて! アイツが出てきても戦わなくていい、追跡して絶対に逃がさないようにしてくれればいいからね!」


 まったく、なんで僕はハンターというキーワードにこれでもかってくらい嫌われているんだろうか……なんて考えている暇はない。

 面倒な事にここからは殺しではなく、殺し合いだ。

 命の駆け引きがここからスタートする事になる。


 なるべく慎重に、そして急ぎながらダンジョンの中へと駆け走る。

 地面を彩る血液の量を見るに、かなりのダメージを負っている事は間違いない。

 だからこそ、そんなに早く遠くへは行けないはずだ。


 だとしたら、相手が何を考えるか。

 僕だったら曲がり角で相手が出てきた瞬間を弓で射抜いて殺すだろう。

 そう、間違いなく反撃に打って出てくる。


 トラップが効かないから場所の認識ができない、どこで待ち構えているかわからないんだからとんでもなく相性の悪い戦いになる。

 ここで慎重に行き過ぎても、今度はポーションやら魔法やらで回復されてしまう可能性が出てくる。

 完治されればトラップが効かないアーチャー相手に戦う事は圧倒的に分が悪すぎる。


 だから攻めるしかない。

 相手は負傷を負ったアーチャーだ。

 一発、そう、最初の一発だけなんとかすれば僕の勝ちだ。



 ダンジョンに入って約1分が経過した。

 負傷しているとはいえ、2日連続で入ったダンジョンの構造を理解している人間と、初めて入る人間とでは勝手が違い過ぎるようだ。

 剣を鞘に収め、運動不足の身体に鞭を打ち、まるでマラソンランナーのように両手を上下に振りながら追跡する。

 何の殺気も感じない何回目かの曲がり角を曲がった瞬間、約15メートル程の距離にアーチャーが殺意を纏いながら待ち構えていた。


 その姿を捉えた時には既に無言の動作で、迷いなく矢を放っていた。

 歴戦の英雄でもなければ防ぐことができないであろう無慈悲な一撃。

 正確無比なその一矢は、ぶれる事なく空を切りながら僕の額に打ち込まれた。




 ――束縛する盾リストリクションズ・シールド


 左手に仕掛けたトラップがアーチャーが放った一撃を受けとめる。

 しかし強烈な一矢の衝撃を全て防ぐ事ができず、手のひらを僅かに貫通する。


 確かに標的を射止めたと確信していたアーチャーが慌てて第二射の準備を始めるが、それを許すほど僕は優しくはない。

 ポケットにしまった石に火属性魔法をしかけ、相手に思いっきり投げつける。

 小さな空間に爆発音が鳴り響き、煙が晴れたその場には壊れた弓と右腕をボロボロに壊されたアーチャーのみが存在していた。




 涙目になりながら、左手に思いっきりぶっ刺さっている矢を引き抜きながらアーチャーの方へ歩み寄る。


「……どうして?」


 先ほどの覚悟を放った雰囲気から一転して諦めムードを身に纏っているシビルさんは、低い声で僕に聞いた。


「それは、さっきの攻撃で仕留められなかった事を聞いてるのでしょうか、殺そうとしている理由を聞いているのでしょうか?」

「両方です」


 キッパリと間髪入れる事なくそう答えた。


「あんなに血痕が残るくらいの傷を負っているんですから余裕がある訳もない、だから一撃でこちらを殺しに来る事は分かっていました」

「……それで?」

「最初に会った日の事を覚えていますか? 僕がオークを怯ませた瞬間、迷いなく正確にオークの目を射抜いた貴方は間違いなく優秀なアーチャーだと思いました」


 誰もが動揺していた中、ただ1人攻勢に転じて放った矢は芸術的なまでに美しかった。


「心優しい貴方がみんなを守る力が欲しいという理由で危険な旅に出る。こんな危険なリスクを負っているんです、絶対に死ねない理由があるに違いない。だから、貴方は自分が窮地に追い込まれた時、迷いなく殺しにくると確信していました」

「……」

「狙うなら一撃で確実に仕留められる心臓か頭。だけども心臓は鎧を着ているかもしれないし、服の下に何か防具を仕込んでいるかもしれない。だとすれば目視で何も防ぐ物がない事を確認してからヘッドショットを狙う選択肢しか残らない。貴方なら確実に、正確に射抜いてくれると信じていましたよ」


 首元に剣を突き付けながら、彼女の疑問に答える。


「僕は、手のひらサイズの盾をそこに置いておくだけでよかった」


 小さく自虐的な笑いを発しながら、シビルさんは続けて僕にこう聞いた。


「……獣人と一緒に居る所を見られたから、私を殺そうとしたんですか?」

「やっぱり見られてましたか。だいたいその通りですよ」

「という事は、何ですか? 私が貴方と獣人を目撃してしまったばかりに、仲間は殺されたという事ですか?」

「まぁ、そういう事になってしまいますね」


 先ほどの爆音に負けないくらいの絶叫を上げながら泣き崩れるシビルさん。


「父と母は私を庇い死に、今度は仲間が私のせいで死んだという事ですかッ!!」


 無傷の左手を何度も何度も床に叩きつけ、赤黒い小さな池を作りだす。

 その光景を、僕はただじっと見つめていた。


「私が生まれなかったら! 父も母も! 仲間も死ななかった!」


 骨が剥き出しになっても自傷を止めないシビルさん。

 血だまりに大きな涙の粒を流しながら、彼女は生きる事に対して深い後悔を続けていた。


「……僕を殺せさえすれば、魔王復活を阻止する事ができたんですよ。貴方はあと一歩の所で、仲間どころかこの世界を救う事ができたんです」

「え?」

「貴方には、確かに勇者としての素質があった。それだけは誇ってもいいとは思いますよ」


 できるだけ優しく、ゆっくりと、右手を彼女の頭に置いた。


「さようなら、シビルさん。貴方は今まで会ったどの勇者よりも清く、正しく、そして美しかった」


 目から生気が消え、そのまま血だらけの床に倒れ込む姿を僕は一生忘れないだろう。

 開いていた穴が塞がった左手が、彼女が息絶えた事を僕に直接教えてくれた。

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