歩み寄る夢
ダンジョンから宿屋までの道のりは約1時間だったが、帰りにはその2倍ほどの時間がかかった。
原因は何でしょうと問題を出せば、幼稚園児ですら僕の背中で寝息をたてていた人物のせいだと口をそろえて答えるだろう。
いつまでも起きない眠り姫と化したリリーの頭を膝にのせて、静かに彼女が目覚めるのを待っていた。
事の発端は居たってシンプル、ダンジョンから冒険者が居ない事を確認した後に町に向かっていた僕達だったが、5分ほど歩いた所でリリーが急に気を失い前のめりに倒れ込んだ。
目の前でそれを見た僕の慌てっぷりを動画サイトにアップすれば10万再生は堅いんじゃないかってくらいのリアクションをかましながら急いで彼女の身体を確認する。
僕は医者でもないし博士でもないから彼女の身に何が起こっているのかまったく分からない。
ハッキリしてるのは医者や博士に彼女を見せれば間違いなく大問題に発展する事くらいだ。
このまま町に戻れば魔獣使いとして通報されるか児童ポルノで御用になるか、まあどちらにしろ平和的に解決できそうにない。
呼吸と心臓のリズムを確認する事でなんとか生きている事だけは確認できた。
村から少し離れた木陰で、後は神か悪魔にでも祈りながら待つことしかできない。
木陰といっても、既に辺り一面が黒で染まる一歩手前の時間になっているけれども。
何度確認しても、相変わらず膝の上では気持ちよさそうに眠っているリリーが見える。
ひょっとしたら原因は過労なのかもしれない、なんて事をふと思ったりした。
思い返してみればリリーと出会ってから休む暇なんて無かった気がする。
そんな事を言い出せば僕だって勇者や野盗に襲われたり殺されかけたり、寝る時は枕元に剣を置いていつでも対応できるようにしたりと気が抜けない毎日を送っている。
……小さな子供がそんな大変な目に遭っていると考えれば、急に倒れだしても不思議ではないような気がしてきた。
心配りというか、優しさみたいな物が足りていなかったのかもしれない。
その優しさとやらを振り絞りながら考えてみると、シャドーウルフって名前からして夜行性っぽいし、昼間に連れ出す行為そのものがまずいような気がしてきた。
お互いがコミュ障だからか普段ろくに会話すらしてない。
というか、お互いの事を何も知らず、知らせずに一緒に居る事に今更だけど気づいてしまった。
二回りくらい年上の僕から話をきりだすべきなのかもしれない。
そんな軽そうで重そうな考えをしながら、僕も少しだけ目を瞑って休む事にした。
◇◇◇◇◇
「お母様、今日のお昼ご飯はなんですか」
既視感のある紫色の髪をした紅い目の小さな女の子が、両手をパタパタとさせながら聞いた。
「今日は貴方の大好きなバニーボアの丸焼きよ」
優しい目をした腰まで伸びた黒髪の女性が、腰に手を当てながら自信満々にそう答えた。
「母様、そろそろ丸焼き以外の料理も覚えたらいかがですか」
人形を片手に持ちながら、ぷくーっと口を膨らませながらこの場で一番小さな少女が不満げに言う。
「……数百体の失敗の上に成り立っている奇跡の一品だ。お前達、味わって食べなさい」
魔王のような凶悪な体つきをしている大男はゲッソリしながら俯いていた。
幸せ家族を幽霊のように空から眺めている僕、どうやらここは夢の中らしい。
更に言えばトランさんの記憶から作られた子供の頃の夢だ。
このシーンだけ切り取ってみれば、普通の仲睦まじい家族のようだった。
とてもじゃないけど世界を脅かす存在には到底見えない。
「リーチェ、外で遊びましょう」
「はい、お姉様」
元気な太陽の下で走り回る魔王の子供が2人。
どうやら明るい場所が弱点なんて事はないようだ。魔族なのに。
「お姉様、将来の夢ってありますか?」
「そうね…… とりあえずこの世に存在する全ての食材を手に入れる事かしら」
「お姉様らしいですね」
とてつもない食欲は300年絶食してきたせいではなく、元からだったみたいだ。
小学生くらいの子の夢が「美味の掌握」だなんて、魔王はやはり人間とは格が違っていた。
「リーチェの夢はなにかしら?」
「私は母様と父様、そして姉様といつまでも一緒に暮らせたらそれだけで幸せです」
トランさんとは対極的な天使みたいな考えを持ったリーチェちゃん。
血は繋がっていなくて、実は川から流れてきた子供なんですって言われれば素直に信じてしまいそうだ。
自然と一体になったような感覚で楽しそうに遊ぶ彼女達を眺めていると、青かった空が徐々に赤黒く染め上げられる。
草木は枯れ、花は散り、飛んでいた小鳥の肉は一瞬にして腐り始める。
急にホラーゲームのような空気になった物語、逃げ出したい気持ちがフルスロットルで込められるが残念ながら身動きが取れない。
「姉様、姉様姉様姉様、どうして私を助けてくれなかったんですか」
嫌な予感と共に振り返ると、そこには首が無くなった血だらけのリーチェちゃんがトランさんに向かって何かを言っていた。
「ごめんなさい」
そんなスプラッターで残酷な光景を目の前にしても、子供のトランさんは顔色一つ変えずに相手が求めていなさそうな言葉を返していた。
こんな状況で物怖じしない所をみるとまるで魔王みたいだな、なんて思ったけどよく考えれば魔王だった。
「何をシテイル!? ハヤク我が家族の復讐ヲ果たすのだ!」
「ミクトラント、お母さんは貴方をそんな貧弱に育てた覚えはアリマセン。手足が朽ち果てても体が燃え尽きても、人間達を復讐の憎悪で肉体を切リ裂キ、魂ヲ喰らいつくしてヤルノデス」
黒い光だけになった父親と、骨と僅かにこびり付いている腐肉と化した母親が、いつのまにかトランさんの後ろに立っていた。
「ごめんなさい」
何に謝っているのだろうか。
復讐できなかった事だろうか、のうのうと生き延びている事にだろうか。
人間に苦しみを与えよ、血の一滴も残すな、世界を闇で包め。
考えられる全ての憎悪を並べた言葉がトランさんにぶつけられる。
そんなトランさんだったが、何故かその顔には笑みが零れているように僕には見えた。
「お母様、お父様、としてリーチェ」
あははと笑いながら、トランさんは首の無くなった妹の肩をトントンと叩いた。
そして優雅に踊りながら、続けてこう言った。
「大丈夫、大丈夫ですよ。全ての人間はただでは殺しません。全てを奪い、恐怖で降伏させ、死の合唱と共に生こそが救いだと刻み込ませてから殺します! だからもう少しだけ待ってください」
「口だけでは何とでも言えるわ!」
「何もできずに封じられたオマエに何がデキル?」
そうだそうだといつの間にか周りに集まった凶悪な魔物も野次馬のように集まっていた。
身長5メートルはありそうな巨大なミノタウロス、どれくらい長いのか分からない大蛇、怨霊を身に纏うワイト等々、まるで百鬼夜行のように闇から現れた魔物達。
家族から大小様々な魔物まで、多種多様な種族から罵詈雑言を受けても、一体何が楽しいのか分からないがトランさんの笑顔だけは崩れなかった。
「問題ねぇって言ってんだろうが!!」
おおよそ小学生の女の子から発せられたと思えない、ドスの効いた声で辺り一面の音を殺したトランさん。
その場に居ないはずの僕でさえ、ビビって軽く漏らしてしまいそうだった。
「私と対等に渡り合える王の器を持ち、残虐非道な力を兼ね備え、人間達を皆殺しに死ながら私を救った夫がそこに見えねえのか!」
ビビッ! と見えないはずの僕を指さしながら、調子に乗った魔王は確かにそう言い放った。
全ての存在がギロリと僕の方を睨めつけてくる。
その視線に恐怖を感じて目を閉じた瞬間、いつの間にか大人の姿になったトランさんが僕をお姫様抱っこしながら宙に浮かんでこう叫んだ。
「手始めにこれから夫と共に、新婚旅行を兼ねて人間共を滅ぼしに行って来る!」
◇◇◇◇◇
「ひえぇ!?」
ビクっと身体を震わせながら目を開けると、そこには魔王も悪魔も存在しない自然豊かな森が月夜で照らされているだけの優しい世界が広がっていた。
全身にこびり付いた汗が、ホラーはホラーでも違う意味でホラーな夢を見ていたんだよと僕にしつこく教えてくれているように思えた。
落ち着いて深く深呼吸をしながら膝元を見ると、リリーは既に目覚めていたようで、顔をこちらに向けながらそのまま横になっていた。
「……だいじょうぶ?」
心配していたはずなのに、不覚にも逆に心配されてしまった。
「大丈夫だよ。リリーこそ大丈夫なの? 急に倒れたりして、物凄く心配だったんだけど」
「……ちょっとつかれただけ」
「ちょっと疲れたくらいじゃ急に倒れたりしないでしょーが……」
自然とリリーの小さな頭を撫でながら、僕はなるべく優しく伝える。
「あのね、僕は絶対にリリーを見捨てないし嫌ったりしない。これは何があっても絶対に守って見せる。リリーは僕を信用しろとは言わないけど、体調が悪かったり怪我をした時くらいは隠さずに教えてほしいな」
「……うん」
「あ、絶対に守るってのは撤回かな。僕はめちゃくちゃ弱っちいからね」
笑いながらお互いの顔を見つめる。
あぁ、なんだかこれだけで今までの疲れが数割くらいは吹っ飛んだように感じる。
月の光がまるで針の穴を縫うように僕達の所だけを明るく照らしていた。
それはちょっと幻想的で、ファンタジーな光景だった。
「リリー、さっきね、とてつもなく怖い…… いや、楽しい夢を見たんだよ」
リリーをそのまま膝の上に落ち着かせながら僕はとてつもなく恐ろしい夢の内容を共有する事にした。
月はまだまだ昇り始めたばかり。
時間が許す限り、今はこの状況を楽しみたいと思った。




