貧弱勇者とコボルトさん
「なんかめっちゃ怖い魔物がいる……」
木の枝と棘で傷だらけになりながら獣道を歩いてすぐに、狼を半人化したような生き物を発見した。
灰色の毛で全身を覆われ、大きな口と鋭い牙を持っている時点で強そうなのに、更に剣と盾を持ち歩いているその狂暴な風貌はまさにコボルトそのものだった。
「ギャウウ!」
この世で最も聞きたくない鳴き声が僕達に発せられた。
ちゃんと隠れていたつもりだけど、嗅覚か聴覚が鋭いからだろうかあっけなく発見されてしまう。
子供の頃に犬に追いかけられたトラウマが徐々に蘇ってくるように、僕の心臓はキュンキュンと大きく締め付けられてくる。
警戒しながらゆっくりと向かってくるコボルト2匹をそれぞれトラップ1個づつ配置して束縛を試みる。
全身から変な汗を流しながら神に祈った甲斐があったからか、なんとか1個で束縛されてくれるコボルドさん。
「……はー、なんかもう帰りたくなってきた」
毎回思うけど、遭遇する存在全てが僕を殺しにくるって状況は本当にどうなんだろうかと思ってしまう。
目の前の凶悪極まりない存在がトラップ1個でどうにかなってくれたから良かったものの、2個必要になった時点で僕はもう圧倒的劣勢に追い込まれる事になる。
肉食系の獣、剣を持った素人 これがコロシアムだったら獣の方に20倍くらいのオッズが乗っかりそうだ。
おろおろと剣を構えるものの怖くてコボルトに近づけない、勇者兼魔王の友達の僕を憐みの目で見つめ始めるリリー。
「じゃあさ! リリーが殺せばいいじゃん!? 怖くてやだよ近づくなんて絶対に無理だよ!」
「……できない」
「じゃあそんな目で見ないでくれないかな!?」
しんどい。
なんで魔王は勇者限定の即死スキルしかくれなかったのだろうか。
なんで神は強靭な肉体を与えてくれなかったんだろうか。
1日1回、周期的に考えてしまうこの項目をもっと深く掘り下げたい所だけど、今はそうも言ってられない。
冷静に考えれば、どこかのアホが静かな森の早朝に馬鹿出かい爆発音を起こしてしまったんだ。
どんな屈強な精神の持ち主だってビビって飛び起きるに違いない大音量だ。
つまりさっさとこいつ等を殺さないと次の魔物が乱入してくる可能性がある。
見えない未来に怯えながら、足元に転がっている石に火属性魔法を付与してコボルトに投げつける。
上手い具合に腹部に当たった石は爆発しながらコボルトの内臓を引きずり降ろしてくれる。
もう一匹の方に放り投げると今度は右足に辺り、千切れはしないものの骨が見えるくらいの傷を負わせる事ができた。
「ギャヴァァ!!!!」
痛みによる絶叫なのか、それとも仲間を呼ぶ為の遠吠えなのか。
まぁどちらと分かったとしてもやる事は変わらない、素早く殺して移動するだけだ。
「リリー、少しでも気配が近づいて来たら絶対に教えてね。全力で逃げるから」
「……うん」
不甲斐ないご主人で申し訳ないけど、これが僕にできる全力だ。
安全な場所から石を投げ、コボルトをゆっくりと殺していく。
卑怯と思われるかもしれない。
でも僕は断言する。平和ボケした日本人が魔物を目の前にしたら、きっと同じような行動をとるはずだ。
「人々を脅かす魔物め! 俺達勇者が成敗してくれる!」
「俺は悪には屈しない! 彼女の為に戦い続けてやる!」
せっかくファンタジー異世界に来たのだから、こんな歯の浮くようなセリフを1回でもいいから言ってみたい。
だけども、こんなセリフが吐ける人間ってのはゲームや漫画の主人公か頭のネジが外れた馬鹿だけに違いない。
もし本当にそんな勇者が存在するのであれば、是非とも会ってみたい。
「どうして他人の為にそこまで頑張れるんですか?」と、今後の人生の為にも繰り返し何度も聞いてみたい。
そしてやっぱりこいつらは頭がおかしいと認識する事で、自分が正常な人間だとハッキリさせたい。
そんな事を思っているうちに、目の前にはあちこちの内臓や骨がむき出しになったコボルトはようやく息絶えた。
肩から上が無傷の状態だったコボルトの首を剣で切り裂くと、ゴブリンより皮膚は多少頑丈でできている程度だと確認する事ができた。
上手くいけば束縛させてそのまま首を切ってしまう事ができそうだ。
「……3ひき、きた」
日が昇っている方角を指出しながら、獣耳をピョンピョンさせながら教えてくれるリリー。
「いやほんと、リリーが居てくれて助かるよ。僕だけだったら怖くて絶対に1人でこんな所に来れなかったよ」
「……うん」
敵の方角にトラップを仕掛けながら、思わず僕はリリーにお礼を言った。
褐色肌を少し赤らめながら、リリーは恥ずかしそうに顔を背けた。
そういえば僕がリリーを褒めたのって初めてだったのかもしれない。
僕の子供の頃は全然褒められた事なんてなかったから正解かは分からないけど、我が家の方針は褒めて伸ばす事にしようと思う。
人間が狼の子育てに対して真剣に悩むというファンタジックな構想に浸らせまいと、空気を読まないコボルト3匹がこちらに向けて突撃を仕掛けてきた。
「上司のつまらない子育て理論を、あの時真面目に聞いておけばよかったかなぁ」
足元で炸裂したトラップはコボルト2匹の両足を胴体から引きちぎりながら空を舞った。
自分の身に何が起きたか分かっていないコボルトは両手で受け身をとれずにそのまま頭から地面に叩きつけられた。
尻もちをついているコボルトに束縛をしかけ、毛で覆われた首を目がけて剣を振り下ろす。
「生きてると硬いなぁ! 全然切れないよ!」
首に力を入れているからか分からないけど、全然切れたもんじゃない。
体毛が邪魔して上手く切り込みも入らないし、どれくらい切れたかもわからない。
何度も何度も汗をかきながら全力で繰り返し斬りつけたけど、毛のせいで傷口が見えにくく進捗がまったく確認できないこの状況に段々と嫌気がさしてきた。
「――冷静になって考えれば、首元にトラップ仕掛けてぶっ飛ばせばよかったのでは」
思いついてはいけない禁呪にたどり着いたような、なんともいえない感覚が全身を襲う。
数分後、そこにはいとも簡単に首から血が噴き出て絶命したコボルトを死んだ目で見る僕が突っ立っていた。
◇◇◇◇◇
爆発音に釣られたコボルトを殺し続けて20体目。
向かってくる方角にトラップを仕掛け、発動させる簡単なお仕事もそろそろ慣れてきた。
仕掛けた場所から外れて向かってきたとしても、爆発させて驚いている最中に直接貼り付けて殺せばいいから安全に狩りができる。
1番危険だったのは、縛りつけたコボルトに向けてまるでプロ野球選手のようなフォームで石を投げた結果、どういう訳か足元に転げ落ちた時だった。
危うくファンタジー異世界でも自殺を決め込もうとしたその姿は、トランさんが見ていれば大爆笑していたに違いない。
野球のセンスが無いという事、そして直接地面か相手に仕掛けた方が確実な点を見れば、グレネードの利点といったら魔力を予め溜める事ができるくらいしかない。
数十秒の為に死のリスクを背負いたくない、これを使うのはできれば明日きりにしておきたいと心の底から願う事にした。
沈みかけた夕日が辺りを幻想的に染め上げる前に、冒険者達の入ったダンジョンへと戻った。
綺麗にしていた地面が足跡でいっぱいになっている所を見ると、どうやら既に探索を終えてしまったみたいだ。
「明日もダンジョン探索してくれるのかな……」
魔法使いが病み上がりだから早めに帰還したに違いない。
お宝が見つかったから探索を中断したに違いない。
なんて、今日一日かけて仕上げたグレネードが無駄にならない事を祈りながら、本当にちょっとコボルト狩りが楽しくなって夢中になって結果冒険者の事をちょっと、ほんの少しだけ忘れてしまい遅れただけだから神様何卒ご配慮くださいと祈りながら、町に戻る事にした。
僕の心境とは裏腹に、一日中コボルトを美味しく食べ続けたリリーは鼻歌を歌うレベルにまでご機嫌になっていた。




