殺しの誓い
一難去ってまた一難 という偉い人が考えた言葉がある。
偉い人っていうのは、なんでこう苦労を表現する事が上手いんだろうな、と感心してしまう。
花瓶が飾られた四角い窓の外、雲一つない夜空には綺麗な三日月が昇っている。
そういえば、この世界にも月ってあるんだなと今更ながら気がついた。
当たり前のように太陽もあるし、ひょっとしたらこの世界は地球に近い星なのかもしれない。
僕は時々考える。
宇宙には、地球の様に人が住める星がいっぱいあるのではないのかと。
世界の偉い人は、その真実を国民に公表しないで自分たちだけの理想郷にしようとしているのではないかと。
貧民は、その為の道具として社会を回させているのではないのかと。
死後の世界っていうのは存在していて、僕みたいにちゃんと転生できるようになっていて。
だけども、死なれると社会の歯車として利用できない、だから内緒にしているんだと。
……何を馬鹿な事を考えて現実逃避しているのか、と今の僕の思考を読み取れたら誰もが思うかもしれない。
そんな頭の悪そうな事を考えさせられている事を説明する為には、1時間前に起こった出来事を思い出さなければならない。
オークと冒険者からとんずらした後、特に危険な目に遭わずに村に到着する事ができた。
道中で捕らえた鹿が大変美味しかったおかげか、ふかふかのベッドで幸せそうに眠りについているリリーを横に、僕は2階の窓から夜空を眺めながらこれからの事を考えていた所だった。
「いやー 今日は危なかったなー!」
「オークに不意打ちを受けるなんて迂闊だったわ…… まだ後頭部が痛いもの」
「まぁまぁ今日の所はみなさん無事という事で、よかったじゃないですか」
なんだか最近見たような恰好の3人が、窓の下を歩いていた。
最近というか、まさに今日オークと戦っていた冒険者だった。
「あー無事だったのか」と当事者だったけれど、どこか他人事の様に思いながら彼等をボーっと眺めていた。
そう、これが悪かった。油断したんだ。
どうしてオークに止めを刺せずに逃げ出した事になったのか? この事を晩御飯で平和ボケした僕の頭では思い出す事ができなかった。
3人の後ろで、月夜に目を光らせてこちらを見つめている存在に気付いた。
――僕を見つけた、鋭い目をしたハンターだった。
遅いと思ったが、僕はすぐに首を引っ込めた。
すぐさま扉の前に1個、内側に1個、外に1個トラップを仕掛ける。
「……なに?」
異変に気付いたリリーが目をこすりながらゆっくりと身体を起こす。
素早く現状を説明して、僕の影に隠れてもらう事にした。
今日僕は何をしたか? オークに襲われている冒険者を助けただけだ。
そう、それだけ。
名乗らず優雅に立ち去る、なんてかっこいい勇者様! それが今日の僕のはずだ。
……それだけのはずだ。
彼女が何かを疑う理由なんて何処にも無いはずだ。
あらゆる角度から状況を確認しようと足りない脳をフルに動かす。
すると突然、コンコンと控えめに扉を叩く音が僕の心臓を鋭く突き刺した。
「はぇ!?」
思わず何とも表現できない、空気が抜けたような声を出してしまった。
扉の外には気配がない。
トラップを仕掛けたのにも関わらず察知できていない。
右手で黄色く光る勇者の紋章が、誰もいないはずの扉の前に誰がいるのかを教えてくれた。
剣を近くに置き、背筋を凍らせながらおどおどと扉を開けた。
「はじめまして」
礼儀正しく、そして無防備にアーチャーが頭を下げた
「シビルと申します。本日は助けていただきありがとうございます」
心臓がドクンドクンとDJのようにビートを刻み始める。
目の前の勇者を殺せと、危険人物を殺せと理性が訴えかけてくる。
「アキです。いえ、僕が居なくてもあなた方なら倒せていたでしょう。余計なお世話をしてしまったのかもしれません」
「いえ、魔法が使えないあの状態ではとても厳しかったです。もしよろしければ、アキさんを仲間に紹介したいのですが……」
「いやいやいや! 僕は人と話すのがあまり得意ではないので、すみません」
「それは失礼しました。私達はしばらくこの町を拠点としていますので、もし困ったことがあれば言ってくださいね」
相変わらず、僕のトラップでは彼女の気配を察知する事ができていない。
もしここが人気のない廃墟だとしたら、彼女をお化けと認識していたのかもしれない。
まぁ、お化けでも怪物でもなんでもいい。
明日朝一に出発して、二度と彼女と遭遇しなければ済む話だ。
今日は早めに寝て、明日は早起きでこの不気味な彼女から顔を合わす事なく逃げ出す事にしよう。
「――ところで、隣にいた小さな女の子はどちらに?」
「……あはは、宿屋の中を探検すると言っていたので、その辺に居ると思いますよ」
「そうですか。では本日はこれにて失礼いたします。本当にありがとうございました」
最後まで礼儀正しい彼女だった。
だからこそだが、今までの言葉は彼女の本当の言葉でもないような気がしてならなかった。
シビルと名乗った女性が離れていくのを目視で確認する。
「リリー」
扉をゆっくりと閉めながら、ひょこっと現れたリリーにこう宣言する。
「――明日、あの女を殺そう」
……あぁもう! あの時に殺しておくべきだった!
どこまで見られた!? 獣耳まで見られたか!? そもそもシャドーウルフとばれたのか!?
何にせよ、絶対に殺す必要ができた。
扉の前に置いたトラップは何故か消えていた。
消えたではなく"消された"と表現するほうが正しいのかもしれない。
何から何まで分からない事だらけだけど、あいつをこのまま生かす事だけは絶対にしてはいけない。
リスクを負わない殺しだなんて、まだまだ僕には手に負えないものだった。
神は僕に試練を与えているのか、それとも悪魔が僕を邪魔して遊んでいるのか。
黒い夜空に浮かぶ三日月が、まるで僕の置かれた状況をあざ笑っているかのように見えた。




