旅の始まり
ゴブリンを計40体ほど狩り、そろそろ日が暮れるのでリリーと別れた。
お腹いっぱいまで付き合おうとはしたけど、一向にそうなる気配すら見せなかったので少し早めに降参するはめになった。
この世界の不思議といちいちまともに向き合うと体が持たないので、もうあまり深く考えないようにした。
聖都に帰ると門番さんが笑顔で出迎えてくれた。
「無事でよかった。今日は17人しか通行者は居なかったよ。1人で通ったのは君だけだ」
シャドーウルフは1匹じゃない、集団で行動しているらしいと噂が流れ始めた事を教えてくれた。
そりゃおっかなビックリな話だ。
それが事実なら僕は怖くて一歩も外に出られないだろう。
街を歩いていても何処もかしこもシャドーウルフの話題で持ち切りだった。
「明日にでも聖騎士団が討伐にでかけるそうよ」「安全を確保してもらわないと物流が止まって、このままじゃ食べ物が高騰しちゃう」「勇者や冒険者は何をしている!さっさと殺しに行け!」
とてつもなく物騒な話にレベルアップしている噂は、尾ひれどころか別の生命体に進化しているように思えた。
それはともかく討伐隊の情報が本物だとしたら、これは明日の朝一に聖都を離れないとリリーが危ない。
予想外で想定外だけど、今日の内に、店が閉まる前に出発の準備をしなければならない事態になった。
急いで世界地図を買い、広げて眺める。
ここ聖都は4都市の中でもっとも西に位置しており、ひし形のように位置している各都市への距離は
城塞都市ゲートラント 北東に徒歩3日
魔法都市マジックスター 南東に徒歩4日
集合都市アクアコット 東に徒歩8日
馬は眼玉が飛び出るくらい高いし、維持費かかるし、近くに狼がいたら逃げてしまいそうで色々な意味で僕には手が出せそうにない。
馬車に乗ろうにも今この騒動で出発する所なんかない。
店主にワープ魔法とかないのか聞くと「有ったら物流は止まんねえ!」と答えられた。確かにその通りだ。
……剣と魔法のファンタジー異世界にワープが無いとかありえるか? 本当に?
僕はまだその望みを捨てきれなかった。
いつ魔物や野盗が現れるか分からない危なっかしい道を3日や4日も絶対に歩きたくない。
各都市の方角を示す便利なコンパスが売っていたけど、とりあえず今夜行先を決めてからにしよう。
僕は宿に帰る前に、色々と情報を聞いてみようと思いギルドを覗いてみた。
お酒と笑い声が充満しているその空間には、期待通りの3人がいつもの光景で飲んでいた。
「アキ大変だ! シャドーウルフのせいで物流が止まっちまう! 今のうちに酒が無くなる前に、飲みためるんだ!」
ガレンさんは両手にジョッキを持って飲んでいた。
「素材が手に入らなくなったらどうしてくれんのかしら? 普段働いてねーんだから聖騎士団仕事しろってーのっ! 勇者とやらも何やってんだよ! こういう時に役立つために勇者やってんじゃねーのかよ! あ、アキはまだ日は浅いからこれっぽっちも期待してないから役立たずでも許すわよ?」
モルガナさんがガンッ! と思いっきりジョッキをテーブルに叩きつけながらそう言った。
その渦中にいるシャドーウルフとは主従関係になりました! なんて言ったら最後、僕は標本にでもされそうなくらい怒りを買いそうだ。
「勇者様、あぁ勇者様! また一段と強くなったとお見受けいたします! たかだか狼如きに怯えながら生活する冒険者とはやはり何かが違います! いいえ、違うに違いありません! 勇者様は私たちが認めた勇者なのですから、そんじょそこらの冒険者とは比べてはいけません! 私は感涙しております! 来たばかりのこの世界、まだまだ不安がありましょう! そんな中怯える民を導くように一人修行に明け暮れる! おぉ! なんとも勇ましい! 私には眩しくて勇者様を直視できません!」
僕を正面から直視しながら叫ぶセーショさんのご高説は、僕もだいぶ受け流せるようになった。
周囲から「やっときたか、そいつらの手綱をしっかり握っとけ」オーラが僕の全身を突き刺しているような気がした。
この空気も、初日と比べればだいぶマシになった。慣れって本当に凄いと思う。
多少居心地の良くなった席に腰を下ろし、一緒にお酒とご飯を食べることにする。
「すみませんみなさん、ちょっとご相談したい事がありまして」
「あぁ? なんだー? 女関係ならモルガナだけはやめとけよ。こいつ過去に男を何人も再起不能にしてるからな。なんて言われてるか知ってるか? 性器の捕食者 だぜ? こえーよなー!」
「なーに言ってんの? どいつもこいつもろくでもない男だったから世のため人の為、そして女の為にアソコを凍らせて叩き割っただけよ。あんたもいい加減にしないとその残念な頭をかち割って二度と生意気な口を利かせなくするわよ?」
あまりに恐ろしい出来事に僕のタマタマが大きく怯えた。
「勇者様、あぁ勇者様! それに皆さま、聞いてください! 今、私の目の前には皆さんと同じ格好をした人がもう1人見えます! これは神が私に授けてくださった慈愛なのでしょうか? あぁ! 皆さま聞いてください! 勇者様が3人になりましたァー!」
「うっさいわよ脳内天使野郎! そんなに神に感謝するなら今すぐ教会に行って祈って来なさいよ!」
モルガナさんがそう言うと「神よー!」と大声で叫びながらセーショさんは夜の街に消えていった。
「ガッハッハ! これであいつはまた1つ、教会を出禁になる訳だ! で、相談ってなんだっけ?」
お酒のおかわりを飲み干したガレンがご機嫌そうに聞いてくれた。
「次の都市に行きたいと思ってるんですけど、そもそもこの世界には移動手段って徒歩と馬しか無いのかなと疑問に思いまして」
「転送魔法ならあるわよ。人間が住んでいない集合都市アクアコット以外なら魔法で飛べるわ。ただし使えるのは領主と金持ちくらいね。大がかりな術式と莫大な魔力を消費するもの」
やっぱり徒歩か、僕の期待はいとも簡単にぶち壊された。
ここ最近かなり運動して体力が付いてきたとはいえ、この世界に来る前の僕は無職で、ダラダラと一日中部屋で過ごしていた人間だ。
何が現れるかわからない道を一日中歩くだなんて、なんというか本当に勘弁してほしい所である。
「シャドーウルフが出たって話は外にも伝わってるはずだ。今なら野盗も大人しくしてるんじゃねーか? シャドーウルフを取るか、野盗を取るか。覚悟を決めれば今はいいタイミングかもな」
「そうね、大都市にいくならアキの場合は魔法都市一択ね。城塞都市は魔物が強すぎるし、集合都市の野蛮種族は人間を嫌っているから近づけば基本殺されるしね」
なるほど、確かにそう考えれば確かに魔法都市しかない。
「まぁなるようになるさ。それでダメなら、それまでの運命ってことさ」
「死ぬときは死ぬのよ。死ぬときに後悔しないように好きに生きなさい」
なんだか今日は、お父さんとお母さんって感じに教えてくれている。
この2人は意外といい親になれそうだ。というかこんな親が僕は欲しかった。
僕らはこの日、ちょっと遅くまで飲み明かした。
外から「私は無実ダァー!」とセーショさんの叫び声が聞こえたが、ギルドにいる全員が他人のふりをした。
この妙な一体感が、僕はたまらなく好きだった事に気づいた。




