小さな知識のから揚げ階段
ダンジョンの外に戻る頃には、もうすっかり真夜中になっていた。
この場を明るく照らすものは月の光だけで、足元すら見えないくらい辺りは闇で覆われていた。
街灯がないとこんなにも世界は暗くなるのか。
24時間働き続けるコンビニや街灯、それに車や家庭の明りがどれだけ世界を照らしていたのかがよく分かった。
褐色肌が風景に溶けてしまって表情すら確認できなくなってしまったリリーに向けて別れの挨拶をする。
「じゃあ、帰るね」
「……うん」
なんだかテンションの低い、悲しそうな声が暗闇から聞こえてきた。
お腹がいっぱいになっていないのか、それとも何か不服なのか、彼女の声には覇気がなかった。
ダンジョンの淀んだ空気を吸いながらクタクタになるまで歩き回ったのだから、そこはもう少し嬉しそうにしてほしかった。
「じゃあ、また明日同じところでね」
「……うん!」
悲しい声が一変、本日一番嬉しそうな声をあげてくれた。
ご飯が食べられるからなのか、それとも再会を喜んでくれているのか、どちらかは分からないけど今は深読みをするのは止めようと思う。
さよならと手を振り、心地よい風と一緒に帰路についた。
トラップを張り周囲に警戒しつつ、月明りをでうっすら見える大地を歩く。
今日の行動が正しかったのか、リスクが高かったんじゃないのか、命をもっと大事にすべきではないのかとか、そんな事を考えたほうがいいのかもしれないけど、とりあえずそれらの思考は保留することにした。
とりあえず、お酒が飲みたい。
半年に1回は、どうしようもなくお酒が飲みたい時がある。それが今日だ。
そうでもしないと、今夜は眠れそうにない。
難しい事は考えずに、キンキンに冷えたビールを飲む自分を想像しながら早歩きで聖都へ向かった。
◇◇◇◇◇
「おーいアキ、こっちだこっち!」
おなじみの居酒屋には、ガレンさん、モルガナさん、イーショさんの仲良しおかしい3人組が既に出来上がっていた。
同じテーブルにお邪魔して、ビールとから揚げを注文した。
肉はやっぱり生ではなくて揚げたほうが美味しいと今日一日ずっと思っていたからだ。
「ダンジョンはいくつか攻略したが、最下層にあるあの扉だけはどうやっても開かねーぜ」
不思議な扉について聞くと、ガレンさんは僕の注文したから揚げを食べながらそう答えた。
「ホッホッホ。周辺の壁も魔法強化されていて、いくら勇者様でも壊せないでしょうな。誰一人として中に入ったことはありません」
「私がここに来たくだらない理由の1つがソレの解明よ。簡単なダンジョンの扉くらいなんとかなると思ってたけど、ビクともしないし最悪の気分だわ。アレは扉ってレベルじゃない、封印よ。いくつもの宝具の力が合わさったような、何の為か知らないけど神みたいな強大な力で封印してくれてるのよ。ダンジョンが現れたってより、アレのせいでダンジョンが創られたって思えるくらいよ。頭にくるわ」
めちゃくちゃ不機嫌そうにフォークをから揚げに突き刺すモルガナさん。
僕とから揚げに罪は無いのだからパクパク食べるのは止めてほしい。
「ホッホッホ、それにしても勇者様。一人でダンジョンへ行くなんて無謀は、今後おやめになったほうがよろしかと」
一番酔っぱらっているであろう、顔を真っ赤にしたセーショさんが慈悲を込めながら僕に忠告した。
「この辺のダンジョンはどれも探索済みでお宝1つ残ってねーし、魔物も全滅させてあるだろうから安心だけどな。だが未開のダンジョンはやべーぞ、一歩踏み入れたら転移トラップが発動して最下層に飛ばされちまう事もある。おまけに帰還の鈴がつかえないオマケ付きだ」
「そうね、どっかの筋肉馬鹿が先走ってトラップ踏んだおかげで死にかけた事があったわね。今思い出したわ。一発殴らせなさい」
殴らせなさいと言い終える前に、モルガナさんはガレンさんをぶん殴っていた。
「ホッホッホ、勇者様。ここは光が色濃い場所ですから凶悪ではありませんが、他の都市や魔王城に近い場所、つまり城塞都市ゲートラン付近のダンジョンは入ったら確実に死にますぞ!」
死にますぞ! と言いながら悪意なく僕のから揚げを食べるセーショさん。
さっきから黙ってたけどなんで僕のから揚げ全部お前らが食べるんだよ! 僕まだ1つも食べてないんだぞ! マジで自分で注文しろや! と心で感情を噴火させながら再度注文することにした。
「あらあら、楽しそうな話してるわね」
揚げたてのから揚げを持ってきてくれた優しい受付のお姉さん。
「たった今、1つ面白くない情報が入ったのよ」
「セーショの神様より面白くない話だったらいらねーぜ」
「あんた等の溜まったツケより面白くない話なんてないわよ」
ギクゥ! と全身で表現する3人。
一体いくら溜まっているんだろうか、今この世界の1番知りたい不思議の1つだった。
「男女4人組のパーティがまだ帰ってこないらしいの。その中には勇者も1人いたらしいわ」
お姉さんはサラッと楽しそうに言った。
「ガッハッハ! 月はもう真上に位置してるぜ。門はとっくに閉まってる。面白すぎて笑えるぜ!」
「どうでもいいわ、今頃シャドーウルフの腹の中でよろしくヤッてるんじゃない?」
「勇者様、あぁ勇者様!やはりあなたは神の導きがあるようにしか思えません!これは運命なのでしょう!」
ベロンベロンに酔ったセーショさんは涙を流しながら僕の手を握り始めた。
油でギトギトの手は、僕の手も同じようにギトギトにしてくれた。
「なあアキ、シャドーウルフってのはな、気配を察知できないってのだけがヤバイ所じゃねー。あいつらは鼻が利く、利きすぎるほどにな」
「当然よ、狼なのよ? 姿を消したって見つけてくるわ。匂いは魔法でも消せないもの」
「ホッホッホ! つまり勇者様、その4人が居なければ食べられたのは貴方だったのかもしれませんという事です。運がいいという次元ではありません! これは! 神の導きなのです!」
リリーの嗅覚が凄いのは知っていたけど、彼等から見ればそれはかなりの脅威らしい。
魔法で姿や気配は消せても、臭いは消せない。
シャドーウルフが恐れられている所は、こういう所にも繋がっているのかもしれない。
「アキ、明日からは煙玉を持っていけよ。鼻が利きすぎる分、そこが弱点だ」
脅威は同時に弱点にもなり得る、そう説明をしてくれるガレンさんはきっと今まで多くの戦いを経験してきたんだと思う。
今まで会ってきた冒険者とは比べ物にならないくらい強すぎる戦闘力を持っているこの3人と、初日で出会えて本当に良かったと思う。
彼等と会えていなければ、今頃自分が強いと錯覚して考えなしに行動していたのかもしれない。
「魔物図鑑には弱点はかいてなかったですね」
「紙とペンと虚栄心さえあれば馬鹿にでも本はかけるわ。内容は参考に、そしてそこから己で答えを導き出すの。それが知識というものよ」
説得力のあるその言葉は、まるで先生が生徒に投げかけるような安心感があった。
己で答えを導き出す。
この世界に本は、当てにはならない。
記されている事に偽りがあり、真実ではない。
真実であったとしても、言葉が足りない。
ならば今後僕がとるべき行動は、自らの足で、目で、この世界を、そして真実を見極める事なのかもしれない。
勇者を殺して魔王を助ける。
たったこれだけの短い言葉なのに、果てしなく先の見えない長い道が続いている。
なんともまあ、大変な約束をしてしまったものだと笑いながらから、僕はから揚げを口にした。
なんの肉は分からないけど、美味しい肉汁と香りが口に中に広がった。
まるでから揚げの宝石箱みたいだ! 言葉の引きだしが全く無い僕でも、そんな意味の分からない表現をしたくなるくらいに美味しい!
この世界のから揚げは美味しい。
たった今、この世界の知らない事が1つ解明された。
こういう小さなくだらない事でも積極的に知っていく事にしよう。
その積み重ねが、いつかは魔王封印解明へと繋がるのかもしれないのだから。
元の世界では全てに興味が持てなかった。
ひょっとしたら素晴らしい事で溢れていたのかもしれない。
今となっては過ぎた話だけど、もし戻る事があれば色々と調べて経験するのもいいのかもしれないね。
「あんた等ね! 神とペンさえあれば馬鹿にでも本は書けると言うけれど"体と行動さえあれば馬鹿にでもツケが返せる"って言葉を知ってるかしら? それが誠意というものよ! 分かる?」
「「「 すみませんでしたッ! 」」」
先ほどまで上がりきってた3人の頭は、額が床にくっつく程にまで下がりきっていた。
この世界でも、土下座というものがある という事を、僕はさっそく知識として覚える事となった。




