神様によろしく
何かを聞き出そうとする気なんて無かったのかもしれない。
ただただ、彼女達を生かす理由が欲しかっただけなのかもしれない。
肩から腰に掛けて鋭い一撃を受けたジェラさんはうつ伏せに倒れて大量の血を流している。
このまま放っておくと、あまり長くは持たないのかもしれない。
だから、もしジェラさんを救いたければメッセさんは僕に生かす理由を教えくれなければならない。
僕がメッセさんの言葉から生かす理由を拾わなければならない。
血を流しながら倒れているジェラさんの首元に剣を突き付け、質問をした。
「この紋章の何ですか?」
「……魔王の紋章。 聖書にはそう記されています」
この場の状況を理解している彼女は、息遣いを荒くしながら答えた。
聖書という事は、聖都の住民はほぼ全て知っている事になるのだろうか。
いずれにせよ、召喚されてから今までで1回でも見られるような事があれば、僕は今頃生きてはいないだろう。
という事はやはりあの扉か、又は中に存在していた正体不明の物体に反応したという事になる。
自分では当たり前に見えて、他人には見えているかどう分からない。
なんとも厄介な魔王の紋章は、今後も予想外に僕を苦しめる事になりそうな気がする。
「……アキさんには勇者の紋章もあります。光の加護を受けているのは見て分かります。何故、私達を救ってくれた優しいアキさんがこのように簡単に人を傷つける事ができるのですか? あの時の優しい瞳は偽りだったというのですか?」
一言一言、言葉を選ぶように、僕の目を見ながら発言をする彼女の姿は勇ましく見えた。
「僕は、優しくありません」
あの時に優しく接した気持ちは嘘ではないと思う。
ならば何故人を傷つけるのか、その言葉には簡単に答える事はできなかった。
「相手の事を想えば、人を傷つける事なんてできないハズなのです。相手にも心があり、友人がおり、家族がおり、愛する人がいるかもしれない。そのような考えに至らない訳がありません! アキさんは人を想える心がありました! 感情がありました! アキさん、私には貴方が何か無理をしているように見えるのです!」
「……僕が無理を?」
「本当は誰も傷つけたくないのではありませんか? 何か理由が、目的があれば教えてください。もしかしたら他に道があるのかもしれません!」
この状況下でも僕の身を案じてくれている彼女は、まさに聖女のような存在。
……思考と感情がグルグルと搔き乱されている。元々自分がどうしたいのか、何をしたいのかが分からなくなってくる。
彼女の言うように、ひょっとしたら他に助かる道があるのかもしれない。
「――メッセさんは、1の友人と100の他人。助けるならどちらを助けますか?」
「……それは、決める事ができません」
「何故ですか?」
男に襲われてから初めて見せた、彼女の困惑した表情を見せた。
「命は皆平等です。誰にも選択する権利なんてありません。もし私が犠牲になって両方助かるのであれば、私が犠牲になりましょう」
模範解答のような答えが返ってきたが、僕が求めたモノではなかった。
「では、1人の家族、もしくは恋人でもいいです。対して100の他人とでは、どちらを助けますか? メッセさんは犠牲になると、全員が死ぬと仮定します」
「そんな事、選ぶことができません。人は命を選択する権利なんて持ってはならないのです」
その言葉を聞いて、ストンと欠けた心のピースが上手い具合に揃った音が聞こえたような気がした。
もっと彼女と早く出会えたのであれば、僕の人生は変わっていたのかもしれない。
元の世界で、僕の身体と心が壊れてしまう前に、もし彼女と出会えていたら、きっと素晴らしい人生を歩めていたんだと思う。
僕は今まで誰も信用しなかった。
だから信頼されなかったし、いつも1人だった。
僕は不幸だった訳じゃなくて、幸せに気づく事ができなかっただけなんだ。
誰かを支えたり、支えられたリ。
誰かの大切な人になれたなら、自殺という結果で彼女の説く"命の選択"なんてする事は無かったのかもしれない。
――とまあ、そんな平和な世界が存在するのであれば、どんなに素晴らしい事か。
僕は不謹慎ながら小さく笑ってしまった。
同時に、今までの疲労の蓄積か、不気味なモノを見た影響か、情が移った人間を殺そうとしているからかは理解できないけど、僕の心はかなり弱っていたんだなぁと痛感する。
心が弱った時に宗教に丸め込まれる人の気持ちが、今ならよく分かる。
「僕は、幸福とは誰かの不幸の上に成り立っていると思うんです。食べる為に動物を殺しますし、服を作る為にも動物を殺します。毎日遊んで暮らして幸せな人もいれば、その影で日々の食事にすら困っている人がいます。 なかなか難しい問題かもしれませんが、僕はその"命の権利"とやらは、その権利を作った人間の為だけにあるものだと思うのです」
「そんな事はありません!」
「僕は1人の愛する人を救うのであれば、全人類を敵に回します。貴方の考えでは自分は救えても他者は救えない」
「命を蔑ろにする行為は、神への冒涜です!」
「迫害され、絶望し自殺した人間が転生して行きついた先が魔王であったとしたら、それこそ神の啓示ではないのでしょうか?」
束縛トラップを彼女の胸元に仕掛け、軽い笑みを浮かべながら僕は彼女の名前を叫んだ。
「リリー!」
ようやく出番かと言わんばかりに、素早く影から狼の姿で飛び出す。
「貴方の言葉には覚悟が感じられない。だから説得力が無いんだと思います。貴方が今から"死ぬまでに一言でも言葉を発しなければ"ジェラさんを助ける事を約束します。他人を救う為なら自らを犠牲にできると口にした貴方なら、できるはずですよね」
恐怖した彼女の元に、リリーがゆっくりと近づいていく。
全身を固定しながら、呼吸を許す程度に束縛トラップを強めた。
「リリー、足先から味わって食べてよ」
味わって食べてと言ったのに、バクリと一口で足首まで噛み千切ったリリー。
生きている人間は新鮮で美味しいのか、それもと食いしん坊すぎて我慢できなかったのか。
どちらかは分からないけど、この辺りは僕のお願いを聞いて貰うように、後でちゃんと教えておかないといけないのかもしれない。
両足の足首まで無くなっても、メッセさんは声をあげなかった。
自らの唇を噛みしめながら、決して悪には屈しないような眼光で僕を見つめ続ける。
想像以上に我慢強い事よりも、束縛トラップを仕掛けたまま足を切り落とすとそのまま空中に身体が固定される事に僕は驚いた。
その光景は、まるで家畜を吊し上げて解体しているように見える。
なんの実益も無さそうな今までの問答にも、多少の意味があったようだ。
回復魔法の使い手だからか分からないけど、傷口から血が流れ下りてこない。
なんともファンタジーらしい現象だが、耐えがたい激痛を受けている事は周辺に漂い始めたアンモニア臭が僕に教えてくれている。
それでもまだ弱音を吐かないんだから、なんというか信仰や宗教ってのは凄いものなんだなと感心する。
このままだと本当に何も喋らないまま、ジェラさんを救った気になって死んでしまうかもしれない。
僕は約束を破る事が嫌いだ。だけども、このままジェラさんを生かして返す事は今はもう無理だ。
僕はよく考える……までもなく、メッセさんに声をかける。
「メッセさん、よく見てくださいね」
僕は思いっきり剣を振りかぶり、意識を失っているジェラさんの首を思いっきり斬りつけた。
今度は上手い角度に剣を切り込めたからか、スパっと見事に切り落とす事に成功した。
切り口から大量の血が流れ、暗い地面に吸い込まれていく光景は、僕の目にはとても綺麗な光景に見えた。
「ア"アアアァァ!!!」
人間から発せられた音とは思えないくらいの声が広い部屋に響き渡った。
彼女の美しい顔は、涙と涎と鼻水でグチャグチャになっていた。
「神が善行? とやらをちゃんと見ているハズですから、きっと彼女は救われますよ」
「絶対に許さナイ! 貴方を絶対に殺してヤル!」
今までの態度を180度変わって、狂乱している彼女はもはや聖母ではなくなってしまった。
ここまで感情を抑え込まれていた彼女も、一種の被害者なのかもしれない。
知らず知らずにコントロールされている辺りは、僕も前の世界ではそうだったから少し共感が持てる。
「神様に、よろしく」
それでも、彼女の乱れる姿は誠に勝手ながら、もう見たくない。
美しいまま、死んでほしいと願わずにはいられない。
3個重ねたトラップに力を込め、呼吸を停止させるレベルまで束縛する。
唾液やら胃液やらが混じった液体が口から零れだした。
美味しそうに太ももを食べるリリーの表情を見ていたら、なんだか僕までお腹がすいてきてしまった。
今朝買ったばかりのパンに噛り付きながら、彼女の最後を見守る事にした。
僕は彼女達を生かす理由が欲しかった訳ではない。
出会った時から、ただ殺す理由が欲しかっただけなのかもしれない。
血とアンモニア臭がなんとも言えないトッピングとなっているパンを味わいながら、彼女たちの冥福をお祈りした。
◇◇◇◇◇
小柄な女性2人とはいえ、自分より二回りも大きい人間をペロリと残さず食べたリリーは、キラキラと満足そうな表情を浮かべていた。
口元と指先が血だらけで少しスプラッターになっている事を除けば、普通の明るい少女に見える。
「じゃあ帰ろっか」
道具袋から帰還の鈴を取り出そうとすると、右腕をギュっと体で抱きしめるように止められた。
「……ダメ、まだ2人のこってる」
そういえばセーフエリアっぽい場所に残していた死体が2つあった。
……というかまだ食べられるのかよ、とてつもない食欲だなと感心するしかない。
「……ごぶりんも、まだいっぱいのこってる」
「ここへ到着するまでに30体くらい殺したけど、あれ全部食べるの?」
「たべる」
今って何時ごろなんだろうか。
きっと昼頃だとは思うけど、外の景色が見えないから時間間隔がおかしい事になっていそうで自信がない。
外に出た頃には真夜中、なんて事は避けたいんだけどな。
「……いっぱいがまんした」
拒否しようとする雰囲気を察してか、リリーは自分の権利を大きく主張した。
たしかに、彼女は今日ずっと我慢し続けた。
次は、僕が我慢してついていく番なのかもしれない。
今日一番、説得力のある意見に僕は降参して、少なくとも僕は今日の時間を全て彼女の為に使う事を決めた。
スキップする彼女の後を、疲れた体を引きずりながらゆっくりと後を追った。




