人殺しによる一朝一夕な剣技
ダンジョンに一歩踏み出すと、湿った土のような臭いと重々しく肌寒い空気が僕を歓迎してくれた。
ランタンのように光る石がダンジョン内を明るく照らしていた。
その光景は、ダンジョンというよりは人工的な迷宮と例えたほうがいいのかもしれない。
装飾された石壁は、こちらをジロリと見つめ、威圧しているように感じた。
細い通路が入り組んでおり、いくつかの大きなフロアにたどり着くような構造は想像以上にファンタジーっぽいダンジョンのようだった。
足元に転がる細いコボルトの死体がより一層雰囲気をかもし出してくれている。
あとはミノタウロスとか、ガーゴイルとか、そんな感じの魔物がいればご立派なダンジョンに仕上がると思うけど、願わくはそれだけは勘弁してほしいと軽く神に祈ろうと思う。
想像以上にファンタジーに違いはないけど、想像とは違う。
なんと言うか、絶え間なくモンスターが襲ってきたリ、もっと凶悪な魔物が住み着いていたりとか、そんな怖い想像をしていた。
だけども足元に転がるソレは、確かに外で出会うガッチリとしたゴブリンとは違って、少し細身でヒョロっとしているように見える。
何者かから力を奪われたのか? 終われていたのか? 下っ端の中の下っ端なのか? ダンジョンにはそういった効果があるのか?
等々、理由は分からない。分からないっていうのは良くない事だ。
分からない理由が分からないと、自分の立ち位置が把握できない。危ない場所にいるかどうかすら分からないのだから。
リリーの嗅覚と、僕のスキル認識範囲ギリギリで冒険者達を追跡する。
ダンジョンに入る前もそうだったが、こいつら4人は何処かおかしい。
それはダンジョンの中に入って躊躇に現れていた。
男2人は戦士、女2人は僧侶と魔法使い。
特に男2人の方は、明らかに手を抜いているように思える。
わざと攻撃を受けて僧侶の魔力を消耗させたり、魔法使いの方にゴブリンを誘導させて余計な体力を使わせている。
まるで、女2人を疲労させるように立ち回っているような……。
こんな場所で仲間を疲労させて何か得でもあるのだろうか。
否、ある訳がない。
つまり、こいつらは仲間では無いという事だ。
シャドーウルフ騒動で外出する人が少ない。
人気のないダンジョンを潜り、男2人が女2人を疲労させる。
僕の予感とやらは当てにはならないけど、今回ばかりは頼りにしてもいいのかもしれない。
カラカラの喉に潤いを与えながら、僕は強制イベントが発生するタイミングを待ち構える事にした。
◇◇◇◇◇
地下4階まで降りると、そこは他の階層とは異なり重々しい空気は漂ってはいなかった。
まるで自然豊かな優しい空気、落ち着ける雰囲気を表現しているかのような階層はセーフエリアと表現するべきなのかもしれない。
本当にセーフかは分からない。
だけども、男からそわそわとしたような落ち着かない空気をトラップを通して伝わってくるのを感じると、ここは他階層より安全な場所だと察する事ができた。
事を起こすならこの場所、そう確信した僕はリリーと階段前で気づかれないように隠れた。
……当たり前のように、スィスィ~と僕の影に溶けるように吸い込まれるリリーの姿を見て、たぶん今日一番驚いたと思う。
これだけ事前に驚けば、これから起こる事に対しては大して動じないだろうと淡い期待を持ちながら待ち構えた。
突如、女性の大きな悲鳴が聞こえてきた。
勇者らしくない、実に不愉快極まりないイベントがとうとう始まったらしい。
慌ただしい4人に見つからないように、影に身をひそめ続け動向を見守る。
……深呼吸をして心を落ち着かせる。敵は2人だ。4人じゃない。
相手の視界外から勇者に2個、片方の男に1個束縛を仕掛ける準備をする。
……できる。できるできる、僕はできる子だ。やればできる子だ。
そんなしょうもないと思えるような自己暗示をかけながら、僕は機会を伺い続ける。
男が装備を外し、自身のご立派な剣を握りしめたタイミングで、僕も右手に剣を握りしめた。
瞬間、冷たい石でできた床を蹴り相手の元へと駆け走った。
誰も居ないハズのダンジョンで背後から強襲した事もあり、男達の反応が遅れる。
明りに照らされた剣が反射して白銀色に光り、ターゲットはようやく自分たちの置かれた状況を理解したようだった。
――狩人の罠
既に仕掛けた罠に思いっきり力をぶち込む。
下半身丸見えの男というのは、なんとも滑稽でマヌケな姿だった。
「死ね」
マヌケな姿をした勇者の頭に左手を乗せて、シンプルな言葉を投げかけた。
一瞬にして生気を失った体の横を通り抜け、もう1人の男へと駆け寄る。
2人を瞬殺、なんて都合の良い訳にはいかないようで、男の右手にはどこに隠していたのか分からないが短剣のような刃物が握られていた。
バックステップで距離を取る……なんて事をしたら転んでしまいそうなので、僕はしっかりと足を床に付けて安全に後退した。
「なんなんだよお前はよッ!」
警戒して近づいてこないのは好都合、僕は昂る闘争心を落ち着かせてゆっくりと男に向けて罠を三重に仕掛ける。
男が何かを叫んでいるようだが、そんな事はお構いなしに再度トラップを発動させる。
呼吸すら許さないようにガチガチに縛りつけた男の表情は、それまで襲われていた女性と同じように恐怖で溢れていた。
本当は酷い事をした男に対して拷問でもかましてやりたい気分だけど、この光景を2人の女性が見ている事を考えるとあまり得策ではなさそうだ。
「油断したな! 俺はこの程度の束縛なら解除できるんだぜ! 馬鹿な勇者だ!」なんて事を言われながら男から反撃されるかもしれない。
勝って兜の緒を締めよ という偉い人が作った言葉がある。
油断するなという事なのだろう、僕はこの偉人の遺したアドバイスに従う事に決めた。
男は勇者かどうか分からない。頭に手を置く好意はこちらの隙を見せるだけの行動になるかもしれない。
……なんだかんだで初めて勇者ではない人間を殺すという行為に、いささか緊張を感じているのか剣を握る手にはいつのまに汗が流れ出ていた。
――動けない男の首筋に、力任せに剣を振り下ろす。
一刀両断! とはいかなく、半分も届かない所で剣の勢いは止まった。
首元からは大量の血が溢れている。
映画みたいに噴水やシャワーのようにプシャーッ!と勢いよく出てくると思ったけど、切り傷が浅いのかそんなことは全然ない。
僕は剣を首筋から引き抜き、もう1回同じ場所に剣を叩きつけるように振りかぶる。
少しずれた場所を切り込んでしまい、致命傷には至らなかった。
……初日から感じてたけど、剣の扱いってメチャクチャ難しすぎるんだよ!
剣道の経験なんかない上に運動神経すら無いんだ!
ゴブリンの柔らかい肉質ならなんとかなったけど、ガチガチの筋肉質だらけの人間なんか硬すぎて無理だよ!
徐々に生気を失っていく男の首元に、何度も何度も剣を切り付ける。
切れろ! 切り裂け! 切り刻め! そんな怨念を込めながら力任せに何度も切り付ける。
ようやく真っ二つにできる! という所までたどり着き、一種の達成感を感じながら男の顔を見ると、残念ながら既に絶命していた。
なんというか、相手は勇者じゃないというのに、今までで一番残酷な殺し方をしてしまったのかもしれない。
……"拷問なんかできない状況"とは一体なんだったのか。
ひと段落つき、呆然と僕を見つめている女性2人を確認する。
この世の終わりみたいな表情を向けてきた彼女達の対応もなんとなく理解ができる。
そりゃ突然男2人に襲われたと思ったら、その強姦男が突然やってきた男にこれ以上ないくらい残酷な殺され方をされる……みたいな経験をされたら、もう何を言ったらいいのか分からないかもしれない。
だけども、僕は一応助けたつもりで、この場では、正義の味方でヒーローなはず。
何がどうして、こうなってしまったのか。
「……この辺りで強姦事件が多発していると情報があり、巡回していた勇者、アキと申します。お二人とも、お怪我はありませんでしたか?」
まるでどちらが犯罪者なのかは第三者から見れば分からない状況だけれど、都合の良い事にこの場には第三者なんて人物はいなかった。
当事者のみで構成されたこの空間で、僕はこれ以上悪者にならないように演じる事にした。
この女性をどうするかなんて事は、ちょっと落ち着いた後に考えても遅くは無いと思う。
と言うか、考えておけよ10分くらい前の自分よぉ!
計画ガバガバすぎるだろ!
……僕は本当に、これから先はもうちょっと慎重に行動しようと心に決めた。




