わがまま魔獣と怖がり勇者
トコトコと小さい歩幅で走る少女の後ろをゆっくりとついていく。
第三者から見れば通報案件な光景を大自然のスクリーンに映しながら、僕達はまだ見ぬターゲットを追っていた。
しばらくすると4人組の冒険者を発見した。
男2人と女2人。見事に僕が毛嫌いするイチャラブ男女比率なご一行。
イケイケなリア充オーラが漂っていそうな人間には極力関わりたくない事を信条としているが、隣にいる少女の口元に垂れたよだれと眼は光り輝いていてそれを許してくれそうにない。
どうやらあいつらを殺して食べる事は、彼女の人生では確定事項のように決められてしまったようだ。
僕は3個までしか罠を設置できない。
仮に1人1個で拘束できたとしてもせいぜい3人が限界だ。
茂みに隠れながら、一番後ろを歩く男に縛り罠を仕掛けてみる。
――5秒
5秒だけ、束縛することができた。
束縛された男は敵襲だと叫び、4人全員が周辺の警戒を開始した。
束縛した男の左手が黄色く輝いていた。つまり1人は間違いなく勇者という事になる。
5秒あれば首を切り落とす事ができるだろうし、頭の上に手を乗せる事も可能だろうけど、問題は4人って所だ。
しかも不意打ちのようにしてようやく5秒、臨戦態勢に入った屈強な男相手なら1秒すら拘束できないのかもしれない。
こんな事ならどこか適当なパーティーに入れて貰って自分のスキルがどの程度効果があるのか確かめるべきだったと後悔する。
そんな暇はこの世界に来て一度も無かったけどね。
広い異世界 そんなに急いで何処へ行く? 僕が偉い人になったらこんな名言を残したいと思う。
「無理だよ、4人だし5秒しか拘束できないし。しかも僕は3人までしかトラップを仕掛ける事ができないんだよ。しかも勇者もいるんだよ。残念だけど諦めよう」
物凄い悲しそうな顔をするけどさ、無理だよ無理。絶対無理。
この世の終わりみたいな表情で訴えかけられてももう危ない橋は渡りたくないんだよ。
「ゴブリンも食べれるんでしょ?そっちなら大丈夫だから。ゴブリンにしようよ」
「……にんげんのほうがおいしい」
どうやら人間の味が忘れられないらしい。
子供の頃から高級食材の味を覚えたこの子を育てる人は苦労しそうだな、まぁこの場合僕の事になるんだろうけどね。
「ワガママ言わないでよ。そんなに人間が食べたいって言うなら僕達はここでお別れだよ」
駄々をこねる子供を突き放すような物言いをすると、彼女の目は口元のよだれと同じくらいうるうると輝きだしてしまった。
なんなんだよ、まるで僕が悪いみたいじゃないか。
あれ? 僕が悪いのか? 彼女の悲しそうな泣き顔を見ていると、意味の分からない罪悪感があちこちから湧いて出てくるような感じがしてきた。
そんなやりとりをしているうちに、冒険者一行は再びどこかへ向かって動き出した。
それを見て僕の袖をギュっと引っ張る少女。
「リリー」
僕は少し大きな声で、初めて彼女の名前を呼んだ。
相手が魔獣だとしても、女の子相手に名前を言うだなんてなかなか慣れたものではない。
そのたった一言は僕の喉をカラカラに乾かしてくる。
「……分かったよ。僕の負けだ。隙があったら殺す感じでいくから、もう少しゆっくり行こう」
リリーと一緒に、左手に浮かぶ魔王の紋章も喜んでいる様に光っていた。
◇◇◇◇◇
命がかかっているのに、なんだか判断甘くない? と自問自答しながら冒険者の後ろをこっそり追跡している僕達。
じゃあ何が正解だった? 大人しくゴブリンを狩ればよかった? じゃあ何時になったら勇者を殺すの?
完璧な答えなんてものはない。行動して、上手くいけばそれがそれが結果としてベストな選択なんだ。
……よくよく考えれば、凶悪なシャドーウルフが出現してるって大騒ぎになっているのに、こいつら4人はどうしてノコノコと外出しているんだろうか。
途中で出くわしたゴブリン相手に戦う姿を見ていれば、ひとりひとりが僕より遥かに強いけどカラス野郎と比べれば大したことの無い戦闘能力。
何しに、何処に向かっている? どう殺すかより、そちらのほうが気がかりで僕には不安材料だった。
都市から一時間ちょっと歩いた場所に、彼らが目指していた場所がそこにはあった。
ダンジョン。
ファンタジー異世界、ゲームワールドでよくあるような洞窟、つまりダンジョンだ。
まるで地下鉄の入り口のような不気味な光景がそこにはあった。
なるほど、こんな感じに存在しているのか。森の中に、堂々とドカンと設置されているものなのか。
なんともまぁ不思議でしょうがなかった。
冒険者達は躊躇なくダンジョンの中に吸い込まれるように入っていった。
まるでコンビニの中に入るかのような気分で入っていったように見える。
「入りたく無いなぁ……」
寄りかかっていた大きい樹木が「今日はもう頑張ったよ、明日からまた頑張ればいいんじゃないかな?」と囁いてくれているかのような安心感を感じると共に「……なにやってるの?はやくいこ」と急かすような視線が少女から強く感じる。
ここから先は本当に未知の世界だ。
中にはどんなカラクリがあるか分からない。どんな世界が広がっているか分からない。
僕よりちょっと実力のある程度の冒険者4人がお気軽ルンルン気分で入場したそのアトラクションは、ひょっとしたら大した事なんか無いコンテンツなのかもしれないけど。
だからと言って、こんなお化け屋敷みたいな怖い場所になんか入りたくない。
僕は子供の頃から怖いゲームは無理なんだ。絶対に無理。
体力と弾丸が無限にチート設定されたバイオハ〇ードだって怖くてクリアーできなかった。
ジャキン! ジャキン! と大きなハサミの音を立てながら切り刻まれるゲームをやってしまったら、しばらく眠れない日が続いて大変な目にあった。
「残念だったねリリー。彼らはダンジョンに隠れてしまったよ」
「……おいかける」
リリーは行く気満々らしい。本当に勘弁してほしい。
「リリー、悪いけど僕はダンジョンが苦手なんだ。どれくらい無理かって例えると、リリーが肉以外を食べれないって事くらい無理なんだよ。残念だけど諦めてくれ」
「……みずなら食べれる」
「へぇ! そいつはすごいね! 僕もダンジョンはダメだけどトイレの個室なら入れるよ」
「……それはだれでもはいれる」
「僕もそう思うよ」
この日一番の、一進一退の攻防が続いた。
「……こわい?」
「全然怖くないよ。苦手なだけなんだ。死体を見るのは大丈夫だよ。でもあからさまに『ここはお化け屋敷です! 今からいっぱい驚かします!』って看板が立ってたらリリーは入るかい? 僕は絶対に嫌だよ。絶対にだ。何故なら理不尽に怖がる要素がそこにはあるからだ。回避できるのであれば回避するべきだし、ダンジョンに入る前に僕はまずダンジョン自体の事をよく調べるべきだと思う」
「……やっぱりこわい?」
「怖くないって言ってるでしょ! 危ないって話をしてるの!」
子供は怖がってないのに、大人が怖がってるみたいな空気出すの本当にやめてほしい。
僕は少し落ち着こうと思い、朝一で買った水を飲もうと道具袋に手を突っ込んだ。
チリン、と小さな鈴のような音がした。その正体はダンジョンから脱出する事ができる魔法のアイテム 帰還の鈴 だった。
そういえば商人から超まずいポーションを飲まされた後の買い物で購入した事を思い出した。
あの後散々な目にあったからすっかり忘れていた。
……そうだよ、僕にはめっちゃ便利で美しいアイテムを持っているんじゃないか。
「リリー」
僕は彼女の目を真剣に見つめながら、こう言った。
「本当はダンジョンがもの凄く怖いけど、リリーがそんなに言うならダンジョンに入って冒険者を追跡しようと思う。僕はリリーの為に、恐怖を我慢して克服するよ。その代わり、これからは好き嫌いをしないでちゃんと野菜も食べるんだよ。わかった?」
リリーは今日一番難しい顔をして少し考えた後、地面に目線を移しながら確かにこう言った。
「……わかった」
大人っていうのは、子供を騙す汚い心を持っているんだよって事を親の代わりとして教えておこうと思っているだけで、決して汚い手段を使った訳ではない事を自分に言い訳しておこうと思う。
……いざとなったら帰還の鈴を使って強制リセットをさせて逃げさせて貰おう。
途中で帰れるってだけでだいぶ心が軽くなった。
本当に効果はあるか知らないけど、不良品を売るような場所じゃなかったし、まぁ大丈夫だろう。
僕達は僅かに存在していたワクワク気分で、まるでコンビニに入店するかのようにダンジョンに潜り込んだ。




