偽りと真実
僕はRPGでは過剰なくらいレベル上げをするタイプの人間だ。
何故かというと、ギリギリの戦いという状況があまり好きではないからだ。
圧倒的な戦力をもって確実に敵を倒す。そこに爽快感を覚えるし、楽しみでもあった。
苦戦が確実であろうラスボスまではエリクサーを温存するし、仲間が死んだり敵に寝返る可能性も考慮し、ステータス強化系のアイテムは全て主人公に使った。
何が言いたいのかと言えば、つまり、昨日のチャラ男との闘いは理想的ではなかった。
相手のほうが強かったし、体はボロボロになったし、なんというかもうこれがゲームだったら速攻でリセットして売却してネット掲示板に糞ゲーと連呼するくらい理想的ではなかった。
十分強くなってから敵を倒そうと考え、安全な場所でスキルの練習していたらこのざまである。
この世界についてなんとか4日目の朝を迎えた僕は憂鬱な気分で宿の天井を見つめながらそんな事を考えていた。
肌寒い早朝ベッドの上に差し込む日差しが、僕を慰めてくれているかのように撫でてくれていた。
今日1日くらいは、神や魔王でさえ休んでも良いと言って貰えるはずだ。
疲れ果てた思考を堕落させ、しばらく惰眠を貪ろうと枕に顔をうずめたその時だった。
「聖騎士団です! シャドーウルフと遭遇した場所に案内していただきたい!」
ドカンッ!と昨日壊れた扉の代わりに立てかけておいた木の板が思いっきり蹴り壊された。
「聖騎士団です! 至急、お願いしたい!」
昨日と同じ、白銀の鎧では隠し切れないような筋肉質の男が、鼻息を荒くしながらそう言った。
僕は色々言いたいことがあったが、脳が筋肉で構成されていそうな人間に納得させる程の話術を持ち合わせていなかったので諦める事にした。
「はい、わかりました」
僕が生涯で一番多用した言葉で、一番嫌いな言葉を男に投げかけた。
窓の外で元気に昇っている太陽だけが、僕の味方のように思えた。
◇◇◇◇◇
20人の聖騎士さんを現場へと案内した。
チャラ男の遺品を焼いた後と、血で染まった赤黒い草原がその場にはしっかり残っていた。
「シャドーウルフは獲物の骨すら残さないと聞くが…… なぶり殺しにされた後に喰われたか……」
「君は運がいい。シャドーウルフに襲われたら普通は軽傷じゃすまないんだからな」
「そうなんですか。いやほんと、昨日は運が良かったみたいで助かりました」
僕は心にもない言葉を、なるべく心を込めて言った。
僕は少し離れた所から聖騎士団を見守っていると、昨日の小さな女の子が木陰からぴょこんと現れた。
夜行性だと思っていたけど、結構早起きな狼のようだ。
騒動の張本人は、僕の服の裾をクイクイと引っ張ってくる。
「あの人たちは危ない人だから今は隠れてたほうがいいよ」
「……おなかすいた」
「……パンあげるよ」
僕は食欲が無さすぎて喉を通らなかった朝食のパンを渡そうとした。
すると女の子は大きく首を横に振った。
「……お肉しか食べられない」
物凄いグルメな回答が子供から返ってきた。
なんともまあ、好き嫌いの激しいお子様だ。躾をした親の顔を見てみたい。
まぁそういう種族だったら仕方ないんだろうけどね。
「今は持ち合わせていないから、また明日持ってくるよ。今日はちょっと難しいかも」
「……わかった」
小さな褐色肌の女の子は、悲しそうな顔をしながら森の中に消えていった。
何も悪い事はしていないのに、何故か僕の心まで悲しい気持ちになってしまった。
僕はこの世界の事を知らなすぎている。
勇者は基本的に善人だと思ってたけど違っていたし、シャドーウルフなんて知らないし、人の部屋を訪問する時に扉をぶち壊すマナーなんて聞いた事がなかった。
そんなぶち壊しマナーを突き付けた聖騎士団員にシャドーウルフとは何かと聞くと「君はそんな事も知らないのか」と言われてしまった。
僕は大人なので「そうですね」と答えた。
他の優しい聖騎士さんがフォローしてくれた話によるとシャドーウルフとは一切の気配を感じさせない魔獣とのことだった。
闇に紛れ標的を暗殺する危険な魔物。
本来であればこんな所に存在するはずがない凶悪モンスターだからこそ、こんなに大騒ぎになっているということだった。
だからこそ朝早くに調査し、日が落ちる前に帰還する計画だったのだ。
「朝に調査する事が決まってるんだったら昨日のうちに言っとけよマジで! この脳まで筋肉馬鹿野郎!」と心で叫びながら、聖騎士達と帰路についた。
◇◇◇◇◇
お昼を過ぎた頃だろうか。
「聖都では図書館を一般開放しているから行ってみたらどうか?」と優しい聖騎士さんが教えてくれたので僕は今、立派な図書館に来ている。
僕はこの世界の事を知らな過ぎている。
今更だけどあの小さな女の子が本当に狂暴で凶悪だったとしたらヤバイ状況だ。
次は仲間を連れてきて僕は頭から食べられてしまうかもしれない可能性もありえる。
漫画くらいしか本を読まない僕でも、さすがに命の危険を感じたら難しい活字が並んでいる本を読まざるを得ない。
……ファンタジー世界まできて勉強するとは思わなかった。
全てが新鮮で斬新で心惹かれる内容だろうから苦ではなさそうではあるけれども。
図書館は、聖堂と同様に大きかったが、大半は神や宗教についての本ばかりだった。
肩身が狭そうな小さな本棚に並んでいた魔物図鑑を見つけ、パラパラと読み始める。
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危険クラスの魔獣 シャドーウルフ。
影に潜むシャドーウルフは気配を察知することはできない。
対象を必ず殺せる状況でしか姿を現さない。
肉以外を食べない。獲物を生きたまま食べる事を好む。集団で狩りをする。
シャドーウルフの子供は小動物一匹すら倒せないくらい弱く、親や仲間に依存して育つ。
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捕らえようにも見つからず、目撃したと思った瞬間に殺される。
詳細な生態が不明のシャドーウルフは、なかなか厄介で危険な魔獣みたいだ。
貴重な素材なんだ! とモルガナさんが目を輝かせてた理由が少しだけ理解できた。
倒せる人から見れば、激レア素材が手足を動かしているようなモンスターなのかもしれない。
……そういえばあの子は子供で、1人だけみたいだったけどどうしたんだろうか。
親とはぐれでもしたんだろうか。
図鑑によると主な生息地は魔王城より遥か先みたいだけど、まぁここで考えても答えは出ないし、明日聞けばわかることだ。
シャドーウルフの事はとりあえず置いといて、次に過去の戦争についてかかれた本を手に取った。
「勇者と魔王の戦い」について書かれた本は、様々な著者から山ほど出版されているみたいだ。
本棚に同シリーズでビッシリ埋まっている所を見ると、かなり人気のある内容なのだろう。
何冊か読むと、どれも大筋のストーリーに違いはなかった。
当時勇者は4人のみ。
魔王を殺した、世界に平和が訪れた。
しかし、新たな魔王が生まれてしまった。それが現在の魔王。
どの本を読んでも魔王は封印されたのではなくて、殺された事になっている。
つまり、事実と異なった情報が流布されている事になる。
僕の背すじは軽く冷たくなっていた。
召喚された初日に「魔王って封印されたんじゃないんですか?」とか聞かなくてよかった。
もし聖女が真実を握る人物だったら、僕は初日に魔王の仲間として殺されていた可能がある。
……偶然の英断だった。あぶない、実にあぶない。
……色々と調べれば調べるほど、僕はよく分からなくなってきた。
触れるだけで勇者を殺す【勇者殺し】に対抗して数百人の勇者が召喚された。
ある程度勇者達が育ったら、封印を解除して魔王を袋叩きにして殺す。
……だと思っていた。
魔王ミクトラントは、死んだ事になっている。
どの本を読んでも、それは不気味なほどに変わらなかった。
当然、死んだことになってる魔王がどこに封印されているか? なんて情報は書かれていない。
これは大きな問題だ。封印場所の手がかりが一切無いという事に繋がるのだから。
閉館時間だから出ていけと守衛に怒られた。
いつの間にか日が落ちる時間になっていた。
……時間が経過する度に魔王開放までの道のりがどんどん遠のいてしまっているようだ。
夢と希望が輝いているはずのファンタジー異世界。
その輝きも徐々に薄れ始めているように感じてしまっている。
夜空の雲が、僕の目的を隠すようにもやもやと浮かんでいた。
なんというか、いやはや。
僕は本当に、この世界の事を知らな過ぎていた。




